読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

人類は衰退しました 平常運転 (ガガガ文庫) by 田中ロミオ

ライトノベル

シリーズの物語的な完結巻である第九巻発刊時のあとがきで触れられていた短篇集がついに出た。

書き下ろしは4割ほどで、残りはアニメのBD/DVD用に書き下ろされた短編を収録したものになる。書き下ろしは時系列を巻き戻して〜というわけでもなく普通に第九巻後のことが描かれていくので、基本はこの平常運転はシリーズ完結後のお楽しみ、ボーナストラックのようにして読むのが良いだろう。これを読んでいる人の中でまだ人類は衰退しましたを読んだことがないという人は、シリーズ総評レビューも書いているのでそちらを読んでから出直してくると良い。人類は衰退しました by 田中ロミオ - 基本読書 

僕がこのシリーズを一言で評価するなら「素晴らしく自由なSF」になると思う。社会を見、世界を見、人の動き、感情の動き、10人単位の組織内のいざこざであったり、30人単位での組織のいざこざであったり、何万人単位の争いまで見事に書き分け、時には何千年という時の流れの中で起きる文明史を圧縮して表現してみせる。マクロからミクロまで縦横無尽に視点を移動させ、事象を抽象化させ、それをゆるゆるとした、それでいて本質をはずさない語りで普遍的なエンタメに仕立て上げる技倆が卓越している。

BD/DVD特典小説

シリーズ全体についてはもうさんざん触れたのに前に自分が書いた記事を読んだり完結巻を読み返したりしていたらついつい書き始めてしまった。とりあえずこの本の話に戻ると、BD/DVD用に書かれた短編の方は、くだらない一発ギャグみたいな掌編が3つと、休暇を利用して旅に出るというていで「わたし」がさまざまなへんてこな村のような拠点を訪れる短編がメインになっている。ライトノベル読者的には「これ完全にキノの旅やん」と思うところだが、世界観がぜんぜん違うので、雰囲気は全く異なる(当たり前だ)。

でも「旅」でいろんな村をめぐるっていうのはいい案だなと思いましたね。何しろ妖精さんがいれば何でも起こせるので世界観的に「おかしな村」を量産できるわけだから。たとえな最初の『三つの村における需要と供給とそれ以外の何か』ではレビューだけ書いて生きている村と運送だけ担当して生きている村と、レビューだけ書いている村に作品を届けてその評価によって自己の承認欲求を満たす資源の豊かな村を書いて明らかな作品の需要供給の力関係を揶揄している。

次の『民族の再発見によってまつわる不都合な真実』は、「わたし」がたどり着いたのは未開の部族みたいな村だが実は──とこれまた現実世界に起こっている問題を抽象化してひねりたおしていくスタイルで、どれもかなり自由にやっている。個人的には『君主制度に果たす菓子類の役割』が好きだ。この「だいたい何でもできる妖精さんがいる」という世界観で合理的に考えると、君主制度の形はたしかにこうなってしまうかもしれないと思わせる形の制度が出てきて、これまでありそうでなかった話だ。スマートで美しく、インフレの具合も良い。

そしてなんといっても、本書のラストに収録されている『旅の手土産に最適なもの』は、このシリーズ全体を通した世界観の総まとめにふさわしい「わたし」の語りが素晴らしい。総評レビューにも書いたけれど、この現実に起こりえる様々な不幸は、奇跡によって解消されたりはしない。しかしこの妖精さんがいる『人類は衰退しました』の世界では、どれだけ悲惨なことが起ころうとも、一休みしてまた歩き出せば、この星のどこにいっても死ぬことはないと保証してくれる。

妖精さんは「悲惨なことが起こらない」ことを保証してくれるわけではない。悲惨なことはそこかしこで起こっている。なにしろ人類が衰退している世界なのだ。不足で世界が満たされている。世界は正しく見据えれば、悲観的な事象で満ちている。それでも妖精さんの無茶苦茶さは、そこから立ち直って、立ち直ればその先があるのだと、前に歩んでいくことを支えてくれる。とても優しい、人生への無条件な肯定に満ちた物語だ。

こうして最後まで読んでくると「わたし」というキャラクタの特異性みたいなものがどこから来ていたのか、ようやくわかったような気がする。悲観的な楽観主義者なのだ。特定環境が揃えばイジメは必然的に発生する。物がなくなれば人は困窮し奪い合う。賄賂を渡して有利になるなら賄賂を渡す、騙して徳が大きいなら平然と騙す。現実を正しく見据えるがゆえに可能性を列挙する時点では悲観的になりながら、それでもなお大丈夫なのだと力強く楽観的な可能性を模索してみせる悲観的な楽観主義者。

でも彼女の在り方の起点には妖精さんがいる。それがこの世界の優しいところなのだろう。

書き下ろし小説と語りの変容

書き下ろしは特別な何かが起こるわけではない。妖精さんがいるからおかしなことはたくさん起こるが、それもまたある意味ではこれまで通りだ。「平常運転」と書名についている通り、この世界はこのようにゆるゆると楽しげに超常現象が続いていくのが似合っている。多少特別なところがあるとすれば、語りがこれまでとは異なるところだろうか。これまでは概ね一人称だったし、特典小説も「わたし」が語っていくのだけど、こっちは語りが三人称だったり一人称だったりとばらばらだ。

三人称の語りがまるっきり一人称のときの語りとだぶって見えるのでなんだか1人称兼三人称(神の視点から語ることを三人称と呼称するが、その神の視点に明確な個人性=わたしがあることから一人称でもある)かなと一瞬思うが、「わたし」を白衣の女性とか調停官などと表記しているので、違うかなと思いきや……。書き下ろし最後の『おふたりさまで、業務活動記録』を読むことで、語りについてはある程度自覚的だったのかと考えるようになる。読んでいないと何を言っているのかわからないと思うけれど、まあ語りの不確定性について考えさせられる話だ。

三人称にできると話の幅も広がって、「わたし」以外の妖精さんどたばた記録が見れるようになるのが楽しかったな(これまでのシリーズ作品はほぼ一人称だったという前提で書いているけど、そうだったよね? 違ったかな?? 違ったような気もする)。またストーリー的な意味では「締め」が終わり、世界観の「締め」としてもBD/DVD特典の最終小説で綺麗にまとまっているとしたら、あとはもう「語り」ぐらい締めるものがないとはいうものの、早急にそこを埋めてくるとは物語に対して徹底的なプロ意識だと思った。

ガガガでの次回作は剣と魔法のファンタジーということだけど、これまた非常に楽しみだ。きっと、読者の頭のなかにモヤモヤと存在している「平均的な剣と魔法のファンタジー像」を粉々に破壊していくような作品になるんだろうな。

人類は衰退しました 平常運転 (ガガガ文庫)

人類は衰退しました 平常運転 (ガガガ文庫)