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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

無声映画のシーン by フリオ・リャマサーレス

この世にはいろいろな小説がある。どきどきわくわくするような冒険譚があるかとおもえば、未来世界を延々と描写していくものもある。そうかとおもえば使える文字がだんだん減っていく小説があったりする。そしてこの『無声映画のシーン』のように、淡々と町の描写をし、幼かった頃の記憶、体験を写真から引き出していく、ほとんど自身の回想録のような、ドラマとしての高揚感こそないものの、一個の町の形が読み終えた時にすっかり頭のなかに構築されているような、小説ともいえない小説もまた小説の中に含まれる。

著者のフリオ・リャマサーレスはスペイン産まれスペイン育ちで、1957年から1969年にいたるまでの少年時代を鉱山町オリェーロスにて過ごした。本書は鉱山町オリェーロスを舞台に30枚の写真を一枚一枚取り上げ、そこから記憶を引き出していくことによって28の短編としている。だから時代も取り上げられるトピックも人も全部ばらばらで、断片的に街の移り変わりが立ち上がってくる。これが、またなんともいえない感覚を読了後に呼び起こしてくれる。こうして思い返しながら書いていても、随分と不思議な小説だと思う。

テレビがやってきた時に、ひと目でも画面がうつるところをみようと周りに人が集まってくる。月着陸の場面をみようとテレビに人が群がっている。語り手はうっかり寝てしまい、あとには人が去ったテレビ周辺と、ザーザーという無情な音、わずかに残った人たちはまだ月が映っているかのように画面を見つめている。

鉱山では割のいい賃金を得ようと出稼ぎ労働者が集まってきて、その人たちはろくな粉塵対策もしていないばかりに肺をこちこちに硬くさせ、ぼんやりと外を観続けたまま静かに死んでゆく。鉱山で生き埋めになるものが大勢いて、何かあった時にかけつける車は全員に覚えられ不吉の象徴とされる。質の悪いテープでしょっちゅう切れるわ、テープが届かないわ、と虫食い状態の映画をみながら想像力を養っていく少年。

まあとにかくいろいろなことが整備されていない時代だった。多くの変化が一度に押し寄せて、変化に対応し安定を築き上げる前にまた別の変化がやってくるような。それも当然「今から考えれば」ということではあるのだろうけれど。この後きっと鉱山は整備され人は肺をやまない方法を学び、ぼろぼろのテープしか流せない映画館は駆逐されていく。それでもここで描かれている時代は、まだその大きな変化の前がほとんどだ。それらを劇的に書くのではなく、ただ現実にあったことを書いた、しかしただ書くのではなく、より何かが立ち上がってくるように。

なんでもないような描写でさえも染み渡ってくるような文章で、心地よく漂っている気分を味わうことができるだろう。穏やかで、読んでいるだけでほっと安心できるような。この世にはそんな文章もある。こういう文章を読み、それを自分の中に浸透させていくことは、はっきりと何かに役に立つわけでなくても、読み手の人生を豊かにしてくれるものだと思う。逃避手段というわけではなく、この世にはこんな表現もあるのだ、という驚きが、やはり肝だろう。

そしてまさに「町を立ち上げた」とでもいえそうな、町とそこに暮らす人々の描写は回想録であっても小説であっても極上の出来だ。虚構を受け入れる、自分の中に立ち上げるというのは自分の中に別の人生を持つことだからだ。どんなにがんばって自分の中でそれを構築しようとしても、下手くそだとまるで立ち上げることが出来ない。本書は特に鉱山の町に存在している様々な人たちの印象が強く、頭に残ったままなかなか離れてくれない。

たとえばそれは鉱山仕事で肺を患って、家にいてもなんにも感心を示さず、何時間でもぼんやりと外を眺めていた、肺を病んだ友達のお父さん。ほとんど返事もせず、ときどき咳き込んだり横に置いてあるかなだらいにぺっと真っ暗な痰を、肺からというよりかは魂から出てくるような着物悪い色をした痰を出す。当然すぐに死ぬ運命にある。読み終えてしばらく経ってもこの町と、そこで暮らした人々、行われた体験は僕の中でずっと残るだろう。

が、そうしたことはもうすべて語り手の中では過ぎ去ったことであって、そこに特別な思い入れもない。ただ写真にうつっていることから連想されていっただけの、彼の記憶からしてみれば、通り過ぎていって、もう戻ってくることのないものたちだ。村上春樹は『使いみちのない風景』という本の中で『人生においてもっとも素晴らしいのは、過ぎ去ってもう二度と戻ってくることのないものなのだから。』と書いた。

その意味が読んだ時はよくわからなかったが、今こうしてまさにそうした『過ぎ去ってもう二度と戻ってくることのないもの』実感して、もっとも素晴らしいかどうかはおいておけばたしかにこれはなんだかよくわからないが素晴らしいと思うようになった。淡々と、時には印象的な一人を、時には語り手にとって印象的なイベントをあげることで町の細部を書き出していく。その過程で、町が鮮やかに立ち上がってくるのだ(イメージは時代的な背景と、鉱山という場所柄もあって灰色なのだけど)。

無声映画のシーン

無声映画のシーン