基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

図書館の魔女 by 高田大介

メフィスト賞受賞作。つまりはデビュー作になるが、20年書き続けてきた作家の総決算そしてそこから先へみたいな迫力が感じられる異常な傑作だ。そして何よりも、長い。分厚すぎてもって読むのが大変。外に持ち歩くなんてとんでもないというレンガ本である。いくら枚数制限がないことが特徴の賞だとはいえ、1400ページを超える大作を送りつけるのはよほどの馬鹿かよほどの自信家だろう。

せっかく書いたが送る場所も無いし、という謙虚な人の可能性もあるか。その長さにも関わらず、本書は無駄に感じられるようなこともなく、とんでもなく面白い。長いからゆっくり読もうとか考えていたら、読み始めたら止まらずに一気に読み通してしまった。それでも十時間以上かかったけど……。どうせ内容を刈り込みきれなかったぐだぐだな展開が続くのだろうといった心配は杞憂である。ひたすら図書館のごとき言葉の迷宮に入り込んで思う存分迷えばよい。

しかも良質なボーイミーツガールときたものだ。

あらすじとか

山で修行していたキリヒトという少年が、国の中枢に食い込み政治的に大きな発言力を持っている「図書館の魔女」であるマツリカの元に仕える話。ファンタジーではあるが、魔法は出てこない。図書館の魔女は言葉を使う。言葉を使って呪うのではなく、言葉を使って人間を動かすのだ。人の欲望を喚起し、誰もが気がついていなかった関係性を指摘し、世界の関連性を言葉によって導き出していく。優れた読み手は書かれていること以上のことを読み取る。マツリカは本を読むようにして世界を読む。

図書館。それは言葉が、本が、知識が集う場所。そんな図書館への偏執的な描写にはじまり、本職が言語学な著者であるが故の、「言葉」の表現への多様なアプローチがそのまま作品の広がりに繋がっている。言葉とは声で発せられるもの、文字で書き記されるもののことか、いやいやそれだけではない。その筆頭として「図書館の魔女」マツリカは声を出して話すことができない。また彼女に付き従う山で修行を重ねてきた少年は話すことはできるが文字を書き、読むことができない。

図書館の魔女マツリカは言葉のもっとも頻繁にわかりやすく表現される「声」が失われていることによって、むしろ雄弁に「言葉の表現系が多様である」ことを教えてくれる。たとえば彼女は手話で会話をするが、眉や頬、口角や顎の様子、表情や視線を使って、空間的に言葉を表現する。実際印象的な場面として、キリヒトとマツリカははじめて出会った時に、左手で指を鳴らす特定の音を「キリヒトを呼ぶ音だ」として「名付ける」。

ぱちんというその音が一人の名前を表す。これもまた「言語」だ。通常の音声言語は、発生を前提とした構造と規則があるが、手話というまったく初期条件が異なる言語はそうした構造と規則を踏襲する必要はないし、踏襲しようとしても無理やりにしかできない。当然音声言語である発話に対応するためにはそうした無理やりを行っていく必要があるのであって、大量の言葉が自身の中に渦巻いているマツリカにも関わらず、それを表現する手段がないという「多大な困難」にみまわれていくのである。

インターネットがあればたぶん一日中文章を書いているタイプのアウトプット狂になっていたに違いないが、言葉は喋れないわキーボードはないわで次第に彼女は自身の手話とその通訳に満足がいかなくなっていく。さらに高速な都合のいい伝達法を考案するようになる。こうした「言語」そのものへの多面的なアプローチが、後述していく物語に組み合わさって表現として重奏的になっていくところが、本作の大きな魅力のひとつである。

一方山から下りてきた少年は言葉を読むことができない。その彼が読むことができるようになり、言葉を理解していく過程は僕が言葉を読めるようになっていった時の感動とシンクロする。知らなかった言葉を理解できるようになっていくことは、物理的ではなく概念的に世界が広がっていく感覚だった。この世界には自分が見て、聞いて、といった「世界」とは別に言葉から想起され伝えられる世界があるのだと「実感」すること。

それが言葉を覚えていく時に起こった感覚だった。言葉とは、何なのか? ただ情報を伝達するための手段なのか? 「拳でわかりあう」という言葉があるように、そこには何かまったく別の、あらゆる表現があるのではないか? 言葉を持つもの。そもそも言葉を持たないもの。言葉を持ってはいるものの表現手段がないもの。さまざまな立場の人間が出てきて、「言葉とは何なのか」を問いかけていく。

言葉が使えるようになっていく描写も、言葉を発せるようになっていく感覚のうれしさの発露も、知の集積所たる図書館への描写も、どれをとっても「本好き」にはたまらないものだ。本読みなら描写のいちいちが骨身に染みてくるはずだ。たとえばマツリカと最初に出会うキリヒトに与えられた一つの注意は「本を読んでいる時の彼女に話しかけないこと」だ。僕はそれを読んだ時に「まったくだ! 気が合うな!」とうんうんと頷きながらあっという間に引き込まれてしまった。本好きとは、みなそうした感覚の中にいる人間の一人なのだから。

さて、ここからはネタバレ気味に、僕が特に気に入ったよかったところを見ていこう。

手を触れ合わせ続ける二人

主人公であるキリヒトは物語冒頭で山から下りてきて、図書館の魔女と巷で噂されている図書館に勤務することになる。魔女は実際には若い女の子でマツリカという。ここまではあらすじの通り。マツリカは図書館の魔女と畏れられるぐらいだから、言葉を使い知識を配列する能力は抜群である。がしかし先ほど書いたように声を出すことができないため、彼女の手話を理解し公の場に立つ際には、その通訳をする人間が必要になる。

主に手話通訳係として、その他もろもろの雑用含め特別に呼ばれたのがキリヒトであった。もちろんキリヒトはその役目をちゃんとこなしてみせるのだが(文字が読めないなりに)、その後「手話通訳」だとうまく伝えられないことが問題になる。先ほどちょっと触れたように、たとえば音声言語に手話が完全に対応しているわけではないので、ところどころで表現の限界がくる。なので実質的には、問題にはずっとなっていたのだが、キリヒトがくることで「問題を解決する」糸口が出来たのである。

手話を使う以上通訳はマツリカの方を常に見ていなければならない。それは政治的やりとりの場では大きなマイナスになるだろう。1.マツリカをみないでも通訳が行えること。2.発話に対応した表現ができる表現ができること。の2点を重点においてマツリカが考え出したのは、指と指をからめあわせて手を繋ぎ、その触感を使うことで「音をそのまま表現」することができるようになるような指話法である。これができるためには山で修行をしたキリヒトの鋭敏な感覚が必要であった。

手とは仲良くなった男女が段階を踏めば最初に到達するであろう接触部位であり、あるいはその後も手を繋いでいるというのは、その関係性が極度に親しいものであることのわかりやすい証明になり続ける。「手を繋ぐ」とは人前で見せていて羞恥心を感じない最前線のスキンシップのひとつである。だからこそ「ダブルアーツ」や「ICO」みたいな、「手をずっと繋いでいる恋人未満の男女」という物語が生まれてくるのかもしれない。

ダブルアーツは呪いみたいなもんだったと思うし、ICOはずっと手を繋いでいるわけではないから、本作の「通訳だからずっと手が触れ合っているよ」という設定はかなり現実的な線をついていてうまい。ずっと手を繋いで絆を深めていく描写が読んでいてとてもほほえましいのだ。いやあ、青春物としても素晴らしい!

本作はファンタジーではあるが、図書館の魔女のメイン武器は言葉だ。言葉によって人を丸め込み、自分の思うとおりに誘導する。必然メインの戦場は野原でもダンジョンでもなく、権謀術数うずまく政治の場である。そんな中二人で手をつなぎ、言葉で戦いながらも「触感」でやり取りしているので誰にも気づかれずにくだらない意志をも伝達できるのである。このこっぱずかしい感じがたまらんかった。

ちょっと疑問だったのは恋愛感情自体は存在しているが、性に関する描写が徹底的に排除されているところ。あまりにも違和感があるのでこの世界には生殖関係にはまったく別の理屈があるのかもしれないと疑っているぐらいだ。ポケモンの世界の住人は誰も肉を食べない種族である、みたいな。まあそこはまた別の機会に書かれるのだろう。

図書館、書物、言葉が持つ意味

本が敷き詰められた場所、叡智の場所という図書館、書のある部屋への偏執的な描写もまた見事だ。たとえばこんな描写は、読んでいるだけでわくわくしてくる。

南北の壁面をほぼ全面にわたって書架が覆っていた。見上げるような書架が入り口のすぐ脇から奥の方までずっと続き、天上の際まで高くそびえ立っている。奥は、まるで迷路をつくるように得手勝手に置かれた大小様々な書架に遮られて、戸口のところからは向こうを窺うことが出来なかった。書架のすべてを数限りない書物や夥しい書類ばさみが埋め、あるところでは棚からまろび出んばかりに迫り出し、あるところでは乱雑に横に積まれ、またあるところでは床の上にまで溢れ出ている。その真中にあたかも書物で出来たくぼみのように、全ての重力が収斂するかに見える場所があり、その場所にあったのが革張りに鋲を打った大きな肘掛け椅子で、前には螺鈿の卓が鎮座していた。キリヒトにもすぐいに、それが魔女の椅子、この書斎の梅雨新であることが判った。この椅子から席を立たずに手を伸ばせる範囲に、取り囲むように置かれた書架や袖机や書見台が常用の参考書や筆記用具を用意し、中央の椅子の周りの書物の密度は見目にもあやに高まって、この書物と言葉で織り成された巨大な巣の真ん中に、強い磁場を持った特別な空間を形作っていた。

そうそう、自分のいるところを中心にして本がうず高く積み上がっていくんだよ! 読み終えた本はぽんとおくし、読んでいるうちに別の本を参照したくなってきたらそれが手元に集まってくるし、読み終えたやつはブログに書いたりするからそれも積み上げておくし、ブログで一冊取り上げるために何冊も参照するからそれでまた増えるしで身の回りにうずたかく積み上がっていくのだ。ああ、それにしても見上げるような書架に壁面を全面にわたって覆う書架なんて、憧れるなあ!

図書館の魔女が新入りであるキリヒトに、ことあるごとに言語学講義をしてくれるのだがこれがまた読み応えがある。これ、薀蓄が物語と繋がっていなければ単なる水増し、知識のひけらかしととられかねないところだ。ところが物語は言葉と密接に絡み合っていく。なにしろ高い塔の魔女は「言葉」で周囲を操作するのだ。物理的な戦闘さえもそこには「言語バトル」と表現していいような、密接な関連性が見られる。

──図書館にある書物は、すべてが互いに関連しあって一つの稠密な世界を形づくっている。一冊いっさつの書物がそれぞれ世界に対する一片の知見を切り取り、それが嵌め絵のように集って、大きな図を描いている。未だ知り得ぬ世界の全体を何とか窺おうとする者の前には、自分が自ら手にした心覚えと、人から学んだ世界の見かたとがせめぎ合い領分を争ってやまない。そしておのれ自身の認識と余人から預かる知見が、ほかのどこにもまして火花を散らしてせめぎ合うのが、ここ図書館だ。図書館は人の知りうる世界の縮図なんだ。図書館に携わるものの驕りを込めて言わせてもらえば、図書館こそ世界なんだよ。

図書館こそ世界なんだよ! 人は何かを知ったときにそれを文字にして後世に残していく。それがまとまった物が一冊の書物になり、書物はそれとよく似た本の関連性の中に埋め込まれていく。「文化」だったり「歴史」だったり。そうして世界の見取り図としての「書物の関連図」が出来上がってくる。だから図書館もまた一冊の書物であり、マツリカはそうした図書館の結びつきを自分の中に持っている。

政治上のやりとり、戦争が発生するか否かといった状況にマツリカは挑んでいくが、彼女が駆使するのはまさにそうした「世界の関係性」そのものである。あっちをおして、こっちをおして、バランスをとって、水が高いところから低いところへと自然と流れていくように人の流れを形作っていく。もちろん言葉がすべてを表現できるわけではないように、そうした外交政策もすべてがうまくいくわけではない。言葉は伝わらない。でもそうしたうまくいかない世界でもなんとか少しずつ前へと進めていくことが出来る。

マツリカが証明していくのはそうした不可能な事態への飽くなき挑戦である。

言葉についての多様な表現

言葉、それがあつまった書物、書物が集まった図書館、そうした関係性と実際の世界との対比こそがこの物語の核であることを述べた(と思う)。面白いのは、そのとうの「言葉」が多面的に描かれていくところだ。登場人物がみなマツリカを中心にして動くので手話をしっぱなしなのは当然として(実写はともかくアニメ化は絶対にムリだろうな)、言葉を喋れないもの、文字を知らないもの(キリヒト)と様々に出てくる。言葉を喋れないものの中にも、きっと言葉はあるのだろう。

たとえば言葉がなくとも意図が通じるという現象がある。手をつないでいるだけでもいい。見つめ合っているだけでもいいかもしれない。あるいはお互いがお互いの言語を知らない状態でも、なんとなく意味がわかるということもある。詩が武闘に反映される場面があるかと思えば、言語を覚えていく過程が丹念に書き込まれていく。あらたな言葉が理解できるようになるとは、あらたな人の言っていることがわかるようになるということだ。

おわりに

この本は、結局のところただそれだけの奇跡のような出来事を書いていたのだと今こうして長々と書いていて思う。言葉が通じるという、ただ誰もが当たり前のようにやっている、それだけのことが、よーく考えてみればどれだけ凄いのかという話なのだ。この記事ではほとんど触れなかったがアクションシーンもばりっばりのキレキレだし、図書館の魔女マツリカとキリヒト以外にも魅力的なキャラクタが大勢いる。1400ページと長すぎるのが欠点だが、もしあなたが本好きならば迷うことなくおすすめしたい。

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図書館の魔女(上)

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図書館の魔女(下)

図書館の魔女(下)