基本読書

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スウェーデン・パラドックス by 湯元健治,佐藤吉宗

スウェーデンのような高福祉社会がいかにして回っているのかという詳細な制度分析を行っている一冊。いや、回っているどころではなく高い国際競争力を持つようになったのはなぜなのかといった分析まで行われている。

教育が無償という投資に手厚い失業後の復帰プロセス、女性が子どもを産んだ後も容易く戻ってこれる制度と、その設計は人間のインセンティブを基準としてどれもよく考えられている。何か一つ決めるのにも大層な時間がかかり様々な抵抗にあう日本にいると羨ましい限りだが、なにしろスウェーデンは人口が900万人ちょっとしかいないからなあ……。神奈川県程度しかいない。

福祉社会だとみんなのほほんと暮らしているように思うかもしれないが、当然ながらそれを防ぐための競争への導線が幾重にも張り巡らされており「福祉を受けるのは働くことが前提」になっている。高い女性の労働参加率や手厚い就業支援、生涯学習プログラムなどすべてが「全員が働くこと」を指向している。

また福祉についても働かなければ最低限の物しか受けれないし、競争は激しい。同じ職種なら同じ賃金が支払われる同一労働・同一賃金が前提としてあるため、平均賃金を支払えない生産性の低い企業は淘汰される。斜陽産業や倒産しかけの企業もまた救済されずに淘汰され、そのかわり生涯学習や各種手当てを充実させることによって成長産業への労働人口の移転をはかるという高福祉社会を前提として「常に変化する」ことを指向した設計になっている。

 スウェーデン型の産業政策は、サプライサイド型の政策である。これは、産業構造そのものを現在の経済条件に適応させていくもので、まさに、小国であるスウェーデン産業革命の黎明期から基本的に維持してきた路線なのである。確かに、スウェーデンは、社会保障面では「大きな政府」だが、高水準の福祉社会保障を維持するためには、常に、産業構造を高度化・転換し、持続的な経済成長を追究していく必要がある。我々は、企業活動を支える産業政策面ではスウェーデンが「小さな政府」であるという事実を明記すべきだろう。

すべてにおいて出来る限り働く方向へとインセンティブを与えるように制度設計が構築されているわけだけど、スウェーデンが実施している中でもいくつかは日本でも当然ながら行われているものもある(失業者が手当を受け取るには就職する意志を見せなければいけないみたいな)が、スウェーデンが凄いのはその徹底ぶり。ひとつならダメでも2つ3つと積み上げていけばなんとかなるという方策なのだろう。

たとえば1.失業しました、となったら失業手当が支給される。しかしこれは就業支援や職業訓練プログラムへの参加を条件とするものだ。それだけなら「出るけど何も聞く気がないやつ」が大量に発生するだけだろうが、給付水準は時間とともに下がっていく。その後は雇用訓練プログラムがはじまるがこれは数週間から数年を必要とする物まであって習得したい技術にたいして多種多様のプログラムが存在している。

もちろん長い間失業状態にある人間や若い時からろくに職についていない人間を企業はとりたがらないから企業側へも対象者が手当を受けてきた期間と同じだけの長さの間助成金が払われるとあっちへもこっちへも徹底的に配慮した制度になっている。そこまでやっても深刻な問題がいくつか残っているあたり就業支援問題はあっちを立てればこっちが立たずになって大変だが福祉でやれるレベルとしてはかなりの高水準なのではなかろうかと思う。

問題として上げられているのはそもそもプログラムがいくら素晴しかろうが産業、職がなけりゃ失業者は減らないということ。またどんなに手厚いプログラムがあっても本人にやる気がなけりゃ意味がないということ((インセンティブを刺激する設計が多いのでそのインセンティブ自体が存在しないとなると死活問題だ))。またスウェーデンでは賃金構造が割合フラットで若年者・未経験者の給与が経験者とくらべてあまり低くないこともありインセンティブに問題が出ている。

「産業が潰れた時などは素早く学び直し、誰もが臨機応変に働いて、その金で高福祉(教育、医療、各種保険)を実現する」モデルである以上「働きたくねえ」という人間が増えるのは致命的な問題になりえるが、このへんは苦労してそうな感じ。当然ながら何もかもうまくいっているわけではないし、小国だからこそ出来る果断さではあるものの、制度設計において日本が学ぶべきところは多い。

スウェーデン・パラドックス

スウェーデン・パラドックス