基本読書

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「若作りうつ」社会 (講談社現代新書) by 熊代享

これは面白いと思った。仮題が『歳の取り方がわからない社会』だったこともあって、テーマが「いい歳のとり方」などのような狭いところにいくのかなと思っていた。が、かなり簡単にまとめてしまうと、実際には「本来年齢と共に変わっていくべきライフスタイル、ライフサイクルが見失われてしまった時に起こる問題もろもろの分析」の本になる。それらが「なぜ」起こっているのかという分析が興味深い。

第一章『「若作りうつ」に陥った人々の肖像』では精神科医として著者が関わった患者のケースを元に現代に起こっている精神のこじれをみていく。ケースは5つだけだがどれもそれぞれ違った様相を呈していておもしろい。たとえばある人は名門大学を卒業し大手に入ったが転職をきっかけにうまくいかなくなってしまい「自分がよくわからない」「生きていても虚しい」状況になってしまう。拠り所やアイデンティティが存在しない、空白のままになったおじさんおばさんになっていくわけでこれはつらい。

一方ある人は四十代になっても二十代の頃のようなライフスタイル(毎日忙しく働き子育て、コンサートにも行く)を続けていたらうつ病へ。これが典型的な本書のタイトルにもなっている「若作りうつ」の1ケースだろう。若さにしがみついた結果無理が出て破綻してしまう。本来であれば年齢相応の落ち着いた働き方や行動の仕方に落ち着いていくべきなのに、その適応ができないとこじれとなって病につながってしまう。

ようは人が自然と歳をとっていかざるをえない以上、その年代ごとに応じたライフスタイルや積み上げていっているはずのものや心構えといったものがあるはずなのだが、そこからずれると問題になることがある(多いというか)ということだ。子供の為のはずのアニメとかマンガについて40代50代になっても熱狂的なファンで居続け、20代の頃の情熱を維持し続けるのって実際キツイと思う。

第二章『誰も何も言わなくなった』ではその「原因」を探っていく。いくつか原因と思われるものについて箇条書きにしてみよう。

・地域社会のような接点が失われ他者を意識して振る舞う必要性が低下した。
・最低限のマナーが守られていれば何をしていても言及しない文化ができた。
・産業の変化が早く年長者のアドバンテージが減ったから。
・父親が働いている姿を直接目にする機会がなくなったから。

などなど。理屈自体はどれも納得がいくものばかり。年齢と共に築き上げていくべきロールモデルの不在という側面と、年齢相応の振る舞いを期待される状況の減少のように複数の側面から「歳をとっていく毎のふるまいの変化」が要請されなくなっているような状況だろう。問題は成人期、老年期にさしかかるにあたって自分自身の課題と折り合いがつけられないことだ。40代50代になって自分探しをし続けて幸福になれるのかという。

もちろんそれで幸せになれるのであればよいが──、なれないのであればやはりそこには「自覚」と「対策」が必要だ。現状どうなっているのかという自覚はまあ本書を読めばいいとしてどうすればいいのかといえば、それぞれの年代ごとに適合したスタイルをそれぞれが模索していくしかない。ただそれはもうかつてのように「40代はこう! 50代はこう!」といったパターン化されたものではありえないだろう。たとえば成人期に「子供を育てて……」とかいう前提は既に無理だ。それ故本書は結論自体は凡庸だけどこんなもんに「こうしろ!」なんて言えるはずもなく「各自健闘を祈る!!」がせいぜいだろう。

生きがいについて (神谷美恵子コレクション) by 神谷美恵子 - 基本読書 この記事で書いたが、年代ごとの問題は「生きがいの問題」として捉えると多少理解が進むかなと思った。どんな状況のどんな年代であれ「持続可能な生きがい」さえ見つかれば、人生のプラス側面に光が当てられれば、マイナス面があったとしても立ち向かっていけるはず。問題はだからいかに生きがいを継続させていくかということだ。それについてはリンク先で少し論じている。

でも特にアニメやマンガ好きのようなサブカル文化では顕著だけど、第一線にいた人たちがどんどん40代50代60代という年代に突入しつつある今、その人達の苦闘を今遠目に観察できる。これからはサンプルがどんどん増えていく状況なんじゃないかなと思う。「変化の早い、価値観の多様化が一般化した時代のロールモデル」というか。僕も幾人かロールモデルを見つけているが──あまりにもその人たちの差が大きくて笑ってしまう。

読み終えた後Amazonのレビューをみたら☆1のレビューがついていてこの本の結論部を批判しているけどそりゃいくらなんでも酷ってな物だ。大部分は問題提起の本でしょう。とにかく現状の精神的な側面の素描としては十分に感じたし面白かった。

「若作りうつ」社会 (講談社現代新書)

「若作りうつ」社会 (講談社現代新書)