基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

ロケットガールシリーズ by 野尻抱介

最初はライトノベルシリーズとして世に出たこのロケットガール。現在ハヤカワから復刊中だ。ずっと絶版だったので紹介できなくてやきもきしていたんだけど、このまま出してくれそうな雰囲気があるので安心して紹介できる。これ、元はライトノベル出身作品になる。野尻節前回のハードSFでありながら物語的にはライトでポップで女子高生がエロティックな宇宙服を着て宇宙船に乗り込みがしがし危機を乗り越えていく冒険小説でようは大傑作なのだ。

女子高生の森田ゆかりは、16年前ハネムーン先で失踪した父親の消息を求めて、ソロモン諸島・アクシオ島を訪れた。そこで出会った「ソロモン宇宙協会」の所長、那須田と名乗る男は、父親捜しを手伝うかわりに、ゆかりを協会にスカウトする。そこには、軽量化を余儀なくされたロケット打ち上げのため、小柄で体重の軽いゆかりを飛行士に採用しようという協会の思惑があったのだが…。野尻宇宙開発SFの原点、ついに復刊。──Amazonより

物語展開が一定であることは小説においてなんら問題のあることではないと、このロケットガールシリーズを読んでいると改めて実感する。問題が起こりそれを解決する方法が提示され、検討を得たのち実行されるか棄却され、実行した場合は成功するか失敗する(当たり前だ)。本作で起こる問題の大半は宇宙のこと故、まず解決法の提示は物理理論的に正しいことが大前提となる。

理論的に、その時点で無理ならば、物理法則を書き換える以外どうしようもない。その後物理以外の側面、放射能をどれぐらい浴びるのか、はたまたGに耐えられるのかといった人間身体の側面や想定されるリスクの検討に進む。フィクションであるからにして次々と問題が起こるが、その解決方法はあくまでもそうした多重の検討の上に成り立っている。

アトランティスにマンゴスティンを積んで、ぎりぎりまで加速するんです。そこからマンゴスティン単独で加速したら」
「それは、しかし──」
「この場合は足し算で近似するんだよな。千プラス八百──高度三千キロにはてんで足りないよ」と、ルイス。
「いいえ」
茜は言下に否定した。
「それは円軌道の場合でしょう。楕円軌道ならその半分の加速でいけるんです」

37キログラム前後の女子高生が宇宙飛行士になったりする非現実的な話でありながらもその中で進行する科学はあくまでも現実的だ。

アンカーがなければ船は一定の場所に停留することはできないが、SFにおいてもそれは同じである。アンカーがしっかりとしていればしっかりとしているほど、フィクション面でより大きな嘘がつけるといってもいいであろう。そのアンカーの重みをどこにつけるのか(人間の心理、言葉遣いか? はたまた科学か)は人により異なるが、こうしたアンカーが何もなしに読者の心をフィクションに結び続けることは出来ない。

野尻さんはそのアンカーの書き方だけでわくわくしてくるようなものを出してくる。毎回状況設定がぶっ飛んでいるのだ。たとえば3巻では宇宙飛行士のガールズたちがたまたま乗り合わせた飛行機で操縦士2人が食べたものに当たってノックダウンしてしまい(本来別々の物を食べるのだが。今回はどうしても同じものを食べたがった)、3人がパイロットを変わるというとんでもない展開。

現代の旅客飛行機なんかは最大限のバックアップ措置がとられていて墜落させるのも簡単ではないが、航空管制官との緊急オペレーションのやりとりの描写などがまるで見てきたかのような精密さだ。ハードに描写される宇宙飛行という「誰もが死に物狂い」で金と能力を無尽蔵に消費する状況に女子高生というイレギュラーをぶち込むことでどたばたコメディが展開されていくのはとても愉しい。

現実に誰もがあまり想像したことのないような状況を、ありえる状況下にする為にごりごり計算し描写し、それがちょっと無茶そうだったら無理矢理演出してでもそれを物語に落とし込んでみせるのが野尻抱介の力だ。たとえば小柄な女子高生(37kgというのはちょっとありえないような気もするが)を宇宙飛行士とするのもある意味では理にかなっている。

 ロケットという乗物はおそろしく効率が悪い。一握りの荷物を運ぶのにその何十倍もの燃料を要する。燃料を運ぶために燃料を消費するから、雪だるま式に燃費が悪くなる。
 言い換えれば、その荷物が少しでも軽くなれば、何十倍もの燃料を節約することになる。

ハードSFがその真価を発揮するのは通常であれば荒唐無稽な馬鹿話としかいいようがないものをある程度検証できる範囲で真面目に描写してしまう、その無理やりな豪腕さ、知的格闘技とでもいうべき挑戦の中にある。Scienceによりすぎると小難しい理屈が並び、物語は動かなくなりFictionとしての面白さが損なわれることがあるが、野尻さんはScienceを楽しそうに語り宇宙開発のロマンを語り同時にはらまれるロマンだけでない悔恨、失敗、構造上の問題までもを物語へと違和感なく展開できる稀有な作家だ。

 那須田は笑みを絶やさずに言う。
「危険を承知で挑戦したフランスは、月への切符を独占する資格があります。確実にできることにしか金を出さない国は、指をくわえて見てるしかないですね」
 目は笑っていなかった。

単なる女子高生がきゃぴきゃぴ宇宙に行くような物語ではない、ということだ。有人宇宙飛行には膨大な数のエンジニアと統括と医者とあらゆる分野の協力が必要とされ、万に一つの失敗もないように一つのプロジェクトがくみ上げられていく。「すいません、ついうっかり」が通用しない。人間の認知機能の脆弱さ、判断の弱さまでもを計算に入れて入念にバックアップを重ねていく、そうした過程を含めてのプロジェクトである。キャラクター小説と呼ばれるライトノベルにあって、そこまでしっかりと組織を書き込んでいけたのは、今読んでいても驚くほかない。

 自分にも身におぼえがある。宇宙飛行にはいろんなリスクがある。自分でも把握しきれないほどの危険が。それは自分や仲間の命にかかわる。安全第一でありたい。
 だけど宇宙飛行というやつは、気軽に中止しちゃだめなんだ。一度の宇宙飛行に何百、何千という人が関わっている。自分の知らないところに、その飛行に生涯を賭けてきた人が必ずいる。それは帰還のあと、廊下やパーティ会場や整備工場の片隅で、はにかみながら、そっと握手を求めてくるような人たちだ。その笑顔と涙は忘れられない。
 前進か退却か。宇宙飛行のシステムは、決断の重圧を飛行士にかけないよう工夫をこらしている。そうした思いやりが、かえって飛行士を苦しめる。ベルモンドは事あるごとに宇宙飛行士の意見と承認を求めるが、それにはなにか茶番めいたものを感じる。

宇宙飛行士の行動一つ一つには、大きな責任と期待が乗っている。決断ひとつとっても自分だけのものではないのだから、重い。宇宙飛行士は宇宙飛行士で、命を全賭けしているのだから、なにひとつ疎かにすることは出来ない。そのあたりの「決断にかかる重さ」、周囲の研究者、技術者、関係者たちの思いまでをライトな描写でありながらもずっしりと重たく表現していくのだから面白くて仕方がない。読んでいて何度も賭けられた想いの強さに涙が流れていたよ。

ライトノベルという当時はニッチであったジャンルにおいて、こんな作家が誕生したことが随分と不思議であるが(笹本さんが源流にあるとはいえ)、感謝したいものだ。でもそういう時代だったのかもしれないな。アポロが月へ到達し誰もが宇宙に夢を見た時代があった。その時の夢と、日本に段々と蔓延していた漫画・アニメ文化が起こって融合していく世代を生きた人間が、しっかりとしたフィクションを構築できる年代になった頃だったのだろう。

魔術と科学

ドラマ部分について一つ面白かったところがあるので明記しておこう。このシリーズ、ひとつ嘘ギミックが紛れ込んでいる。それは「魔術」だ。3人のかわいらしい宇宙飛行士の中に一人だけ未開拓地域にずっと住んでおり魔術を信奉するシャーマンでもあったという異色の経歴の女の子がいるのだが、この子が催眠術は使うわ呪いを見分けられるわかけられるわで一人別世界人なのである(本当にそういうものがあるかどうか確定はしていないのだが)。

作中様々なアクシデントが発生するが(ロケットが何度も爆発したりあるいは奇跡的に助かったりする)「呪い」あるいは「幸運のお守り」で片がついてしまうことが何度かある。ハードSFで魔術って……と思うかもしれないが物語で読者が身を乗り出すのは「危険になったとき」「そこから脱出できるかどうか五分五分なとき」がもっともポピュラーである。あまりに真剣にScienceされすぎると問題は起こらないわ起こっても助かるか助からないかのどきどきは消える。「魔術的な要素によって危険に陥ったり助かったりする」という大きな嘘を導入したおかげで本作が物語的などたばたを手にしたといっていいだろう。

早川からはまだ2冊目までしか出ていないが、この後3巻が凄まじい傑作なのでお楽しみに。なにしろあとがきで著者が『加えて申し上げますと、本書はおそらく二十世紀最後にして最高の月探検SFであり来世紀においても永く語り草になりうる作品です。』とまでいってのけるがこれが読み終えてみれば単なるふかしでもなんでもなく大マジだと信じてしまうぐらいの大傑作なんだからね! 絶版なんてありえないよ! なら3巻が復刊してから紹介しろよと思うかもしれないが2巻を読んでいたら我慢しきれなくなって紹介してしまった。

あ、こんなようなレビューをいっぱい載せているSFレビュー傑作選を出したので興味があったら見てみてくださいな。

冬木糸一のサイエンス・フィクションレビュー傑作選

冬木糸一のサイエンス・フィクションレビュー傑作選