基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

Beyond the Rift by PeterWatts

『ブラインドサイト』のピーター・ワッツによる最新短篇集。長編であるブラインドサイトはなかなかの出来だったけれど、短篇集はどうかな、と思ったら、これがまた凄い。長編より短編の方がむしろキレているのではなかろうか。もちろんブラインドサイトの評価が低いわけではないのだけれども。短編ごとに語りも文体もがらっと変えていく。短編としては長いものから短いものまで含めて13編収録されており、最後の1編は読者へ向けられたエッセイになる。

“The Things” “The Island” “The Second Coming of Jasmine Fitzgerald” “A Word for Heathens” “Home” “The Eyes of God” “Flesh Made Word" “Nimbus” “Mayfly” (w/ Derryl Murphy) “Ambassador” “Hillcrest vs. Velikovsky” “Repeating the Past” “A Niche” Essay: “Outro: En Route to Dystopia with an Angry Optimist”

しかし彼が作家として1990年に最初に作品を発表してから24年。彼が発表した短編はたったの18編しかないらしい。短編佳作作家だなあ。それは彼の短編が下手くそで求められないからというわけではなく、一つ一つのアイディアに時間をかけて発酵させ、文体を煮詰めていくといったクォリティの底上げの為の期間だったのだろうと各短編の完成度をみると思う。

そのうちThe Thingsについては最近『遊星からの物体Xの回想』としてSFマガジン誌上で発表されている。島(The Island)と天使(Ambassador)についても同様。ただ、これで邦訳済みは全てなので、未訳作品がほとんどになる。収録されている作品の多くは人工知能や意識についての問いかけを含んだもの、もしくは将来実装されるであろう技術的な展開についての面白い問いかけを含んだSFになっている。

この短編集全体を通してみたときの面白さを表現するのならば、それは技術と、技術が見せる恐怖の融合をまずあげられると思う。もちろんすべての短編がそれをなぞるわけではないが(The thingとかは全然違う)、最先端の技術が示されると同時に、その向かう先はたいていの場合恐怖の形となって現れる。技術はもちろん利点があるから用いられるものだが、演出としてピーターワッツはそれを「ホラー」として扱うことが多い。

たとえばブラインドサイトでも使われている手法だが、異生物を描いていくときに彼が採択したやり方は「わからないもの」として扱うということだった。どこから何が現れるのか分からない。相手が何なのかさっぱりわからない。なんとかしてコミュニケーションをはかり、相手の実態が明らかになっていくにつれて、ホラー的感覚が薄れるのと同時にサイエンス(ありえる異生物とはどんな形なのか)への興奮が現れてくる。

彼が持っているテーマというのは現実に接続されている。たとえばアフガニスタンを舞台にし、テクノロジー面で優勢な勢力が民間人の中にいる戦闘員を攻撃し続けている状況を描いた『Ambassador』のように。この短編は自立的な行動能力を持つ無人兵器を主軸にして描かれる異色作だが、現に起こっている米軍との戦いとそこで進展していた無人兵器が人を殺していく実際の状況を下敷きにしているのは明らかだ。

ピーターワッツとDystopia

彼自身は巻末に納められているエッセイ『OUTTRO: EN ROUTE TO DYSTOPIA WITH THE ANGRY OPTIMIST』の中で、GoogleでPetterWattsを入力すると人間嫌いだとか、dystopianだとかが出てくる、実際はそんなことないんだけど、と書いてみせる。最初の一文はこうだ。『私は実際、かなり陽気な男だ。もっかのところ、みんなはこれを聞くと驚くけれども。』

彼の作風は先に述べたようにあくまでも現実に依拠し、現実的にありえる選択肢を書くものだ。未来についてのもっともらしく見えるビジョンを描くことこそが、science fictionを他のジャンルと識別する為の特徴だと彼はエッセイに書いている。だからこそ彼は出来る限り「ありうること」と読者に認識させるために、フィクションでありながらも科学的に誠実たらんとし、作品を創る。ブラインドサイト by ピーター・ワッツ - 基本読書

しかし──と。それで、僕の書くものがdystopia的になっていっているのだとしたら、──それは現実が、実際にそうなりつつあるのだろうとぬけぬけといってみせる。実に堂々といってくれたものだ。そしてこう続ける。君たちがdystopiaだというそれはまさに現実にあるし、現実の延長戦上にあるのだと。むしろ「dystopiaだとしても、誰もが気がついていない状況」こそが、真のdystopiaなのだとしたら現在はどうだろうか?

気候の大きな変動が目前に控え、ゴミが土地を圧迫しつつある。飛行機に搭乗する際、テロへの警戒は行き過ぎていて頭の中を抜き取らんがごとくだ。米国の監視システム『プリズム』は既に周知の物になり、無人機が人を殺す。今、かつて想像されたようなdystopiaはとっくに現実になっているのに、我々は大して気にもせず、割合幸せに暮らしている。dystopiaはunhappyな状態じゃなかったのか? どうもそうではないらしい。

ピーターワッツが書いているものはあくまでも彼の定義するところのSFでありそれがdystopiaにみえるのだとしたら現実がそうなりつつあるのだというのは、なるほどひとつの面白い意見であろうとも思う。一方で、こうして短編を読んでいくと単にピーターワッツが駆使するホラー演出が結果的にdystopia的な雰囲気を帯びているだけのような気もする。

つまり現実がというよりも彼の話の作り方、要請からきているところが大きいんじゃないかと。もっともこれはdystopia的の現状についての世界認識があり、それを有効活用する為にホラー的手法が生まれたのだとする、鶏と卵どっちが先に生まれたのか問題になってしまうので確かなことはなにもいえないのだけれども。

以下いくつか気になる短編を拾って上に述べたことを簡単に確認していこう。結末に触れているので注意。以下に述べているもの以外で特に面白かったのは『AMBASSADOR』の無人機物(日本語訳あり)。デビュー作である『A NICHE』は著者の専門分野(海洋海洋哺乳類の生物学者)をいかしているが、そこまでではない。むしろこちらの真骨頂は『Starfish』からだろうと思う。

THE EYES OF GOD

たとえば『THE EYES OF GOD』という短編を取り上げてみよう。空港のテロ防止対策が行き過ぎた結果、頭の中の思想までもをチェックできるようになった未来。箱のなかに入って出てきたら一時的に聖人のようになるという素敵さでガーっと機械的にチェックされていく。アウトであれば……『”It knows what evil lurks in the hearts of men”』といって別のところに連れて行かれるが、逮捕されるわけではない。

ヘルメットを被せられ、二日間だけ人に害を与えよう欲望を抑えられるだけだ。それはそれでどうなんだと思わずにはいられない。俺はまだ何もしていないといったところで「どんな犯罪者だって実行に移す前はそうなんだ」としか言われない。まあ、割合定番のテーマではあるか。最近もPSYCHO-PASSというアニメで犯罪係数を測定して逮捕したりしていたし。

結局この問いかけは「倫理的、道徳的に個人の自由はどこまで保証されるべきか」という話になってきてどこかで明確な線が引かれるわけではない問題だ。もちろん人格を変更させるなどというのは問題外だと思うが安全性の為であれば攻撃性を「一時的に」抑えるなどの処置はありえるかもしれない、といったようにその時々の安全性と自由の線引を社会が決め揺れ動かしていくような部分ではなかろうか。

本作はそういう意味では至極単純なギミックと「一人の男が罪もおかしていないのになんか処置を受けさせられたぜファック」という話でしかないが、非常にシンプルな短編なのでギミックの描き方のみに注目した場合はできがいいと思った。

MAYFLY (WITH DERRYL MURPHY)

こちらは意識についての面白いアプローチのある短編。4歳の女の子──jeanがわーぎゃー泣き喚き、あたり構わず殴り散らす。出生時に失われていた脳を置き換えていくプログラムに従事している為、ケーブルが脳に繋がれていて感情が制御不能に陥っている場面からお話が始まる。彼女の感情表現がうまくいっていないのは実は……という謎解きのような構成になっている。「実は……」の部分が明かされるところが、SF的には奇想的なアイディアの表現になっておりミステリ的には驚きの表現であり、構成としておもしろい。

と、そこで説明をやめるのもどうかと思うのでネタばらししてしまうと、「いかにして人工的に意識を創りあげるか」という話である。問題は一から脳をつくりあげたり、コピーしようとしてもうまくいかないところだ。しかし──、gene、つまり遺伝子ならどうだ? 『We cant't build a brain, he said , but the genes can. And genes are a lot simpler to fake than neural nets anyway』serverの中で育てられていた脳の萌芽はjeanの中で成長し置き換えられていき──。

なかなか恐ろしい話である。ホラー風味のが多いなあそういえば。これは最後のエッセイでも書かれていることだが、技術を未来的に追究してしまうと恐怖感を煽るような物になってしまうのかもしれない。『REPEATING THE PAST』とか、体感型残虐ゲームをしきりと繰り返す孫にお説教を解き続ける他は何も起こらないという小説なのだが、最後のオチが「将来にわたってお前を手助けしてやるからね」でようは脳内でお前をずっと教育してやるからなと言っているわけで恐ろしくて仕方がない。

Beyond the Rift

Beyond the Rift

下記のSFマガジンには『遊星からの物体Xの回想』が載っている。原題The Things。遊星からの物体Xという映画にインスパイアされたらしいが映画は未読。Wikipediaを読む限りでは人名も展開もほぼ同一で起こったことを地球にやってきた異生物視点で体験していくものっぽい? 

人間の間に入り込む異生物視点からみることによって「世界観を反転させる」SF的な世界観認識の転倒の面白さに溢れているものの、この作品群の中だと個人的に弱め。つっても人間をバイオマスと捉え次から次へと自身に取り込み融合していくことが「当たり前だ」と認識する生物の思考の流れと描写は練りこまれていて圧巻だ。

こんなようなレビューを大量に載せているKindle本を出したから良かったら読んでね。
冬木糸一のサイエンス・フィクションレビュー傑作選

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