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脳と機械をつないでみたら――BMIから見えてきた (岩波現代全書) by 櫻井芳雄

これは良書。書名にあるBMIとはBrain Machine Interfaceの頭文字をとった略称で、脳で機械を直接操作するシステムのことを主に指している。

これにより自身の身体が動かせなくても自身の分身のように機械を自在に動かせるようになったり、パソコンのマウスを手を使わずに動かせるようになったりするといった効果が期待されている。実質これが完璧に動作すれば、100キロ離れていようが1000キロ離れていようが四肢があろうがなかろうが遠くの物体を思うがままに操作できるようになるのだからまさにSFのような事態である。

ただまったくのSF的事態ではなく──とここからが本書の本題。「いったいBMIって、いまどれぐらいのことができて、なにがわかっているの?」それについてごくごくわかりやすい説明と全体的な俯瞰で「限界」と「展望」を同時に示してくれる。特にこの分野、人目をひきやすいだけにキャッチャーな表現をされて拡散してしまう構造も持っているだけに「実際のトコどうなの」がわかりやすく読めるのが嬉しい。

今の限界はどこなのか

たとえば「限界」について。現在、ニューロン集団の活動から運動情報を抜き出すことはある程度はやはり可能になっていて、脳卒中により四肢麻痺となった患者が物をつかむこともできるロボットを操作する実験などは、成功している。コーヒーの入ったボトルを掴み、口で飲むこともできたというが、やはり実際の腕と比べるとまだだいぶ劣っているものだ。しかも長期にわたる訓練も必要だという。

「思っただけで機械を動かせる」などと見出しには書かれることが多いが、実際にはまだまだ動作範囲、自由度が低く長期間の訓練が必要で機械を動かすための信号を無理矢理ひねり出しているような感覚だ。脳というのは単に一定の情報を出力する精密な装置なのではなく、日々変化しBMIを使う中でも変質して状態が定まらない「非装置」なのである。

この非装置な脳については面白い話がある。人間の耳は通常、高音から低音に至る周波数の音に反応する有毛細胞が3500本ほどあるとされるが、人工内耳の刺激電極には22個の刺激点しかない。なので通常のような音を取得するのはとても無理だと思われていたのだが、実際には人工内耳の埋め込み語次第に健常者に近い音声の感覚が生じるようになったのだという。

これは、脳が大雑把な入力から繊細な聴覚を創りだすように変化したのだと考えられている。ハードウェア(機器)をくっつけることでソフトウェア(脳の機能)までが変質をとげてしまうのだから、BMIの研究はその相互作用の中で、変化まで考慮に入れた上で考えていかなければいけない。今後の神経科学は、工学との融合が進んでいくことで真のBMIになっていくのだろう。

どうやって脳から情報を取得しているの?

どうやって脳から情報を取得しているんだろう。脳内の情報はニューロンから発せられ伝搬されるスパイクにより表現される。そこでニューロンの地殻に細い電極を近づけて、そこから発せられるスパイクを増幅して記録する方法がとられる。と書くとまるで膨大なニューロンを測定しているかのようだが、実際には現在はニューロンを1つずつ丹念に記録する方式が大多数であるらしい。

情報は脳全体にあるのか、はたまた特定の部分と対応しているのか

面白かったのが情報は脳全体にあるのか、はたまた特定の部分と対応しているのかという問いかけだ。脳の教科書をみると大抵の場合、特定の情報は特定の分野と対応しているように書いてある。運動情報は運動野に、視覚情報は視覚野に。脳のマッピングとしてそれぞれ対応した能力が書いてある図を見たことがある人も多いのではないか。まるで運動をする時は運動野しか働かないかの如きだ。

ところが実際には、サルの実験で腕がどこにありどの程度の握力で物を握っているのかは、運動野以外の部分のニューロンからでもある程度の予測が可能であったという。また運動野にあるニューロンからでも、50〜100程度のニューロンをランダムに選んで解析することでほぼ正確に予測することができる。勿論ある行動にはある部分の反応頻度が高いといった傾向はあれど、全体のニューロンが多かれ少なかれ反応するのである。

『脳内の情報は分散的であり、集団的であり、そして平均的、あるいは確率的であるといえる。』*1と本書ではいうが、 実際、脳がある程度その能力を応用的に変換させることができるのもこの全体による部分の相対的な調整機能からきているのかもしれない。勿論なんでもかんでも補えるわけではないことは注記しておく。

このような実験結果が幾つもあり、その紹介を読んでいるだけでも面白い。たとえばラジコンラットといって脳に電極を埋め込んだネズミを人間が自由自在に動かしてみせたことが過去にあったが、これは人間がラットを操作しているのではなくて「この電気刺激がきた時に右に行くと脳内報酬刺激がもらえるよ」と条件付けの訓練をしたラットだったので左右に自由に動かせるラットになったのだおか。

ラジコンみたいに動かせるわけじゃなかったんだね。BMIは必然的に工学と神経科学の融合を必要とする分野だが、まだあまりうまく統合は進んでいないようだ。10年ぐらい前から、確かに進歩はしているんだけど劇的な展開は起こっていないのも気になる。ただ、これからが楽しみな分野なことは間違いない。SFを読む楽しみにもなるし。

脳と機械をつないでみたら――BMIから見えてきた (岩波現代全書)

脳と機械をつないでみたら――BMIから見えてきた (岩波現代全書)

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