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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

ロボットと未来について

洋書 SF 科学ノンフィクション

Immigrants from the future | The Economist
New roles for technology: Rise of the robots | The Economist

ロボット産業についての話で面白い記事だった。ロボットというのは人間が行けない場所にいったり、人間にできないことをやらせたり、あるいは肩代わりさせたりといった方法で様々に役に立つ可能性があるが、今のところ自立機動させるにはわりとお馬鹿さんである。

New roles for technology: Rise of the robotsの方の記事では今後こうした状況が変わっていくであろうことについて、デジタルセンサーやシリコンチップによる可能性の増大とは別に3つの原因をあげている。1つは research and development、研究と開発が過去の蓄積とソフトウェアの発展によりもっと簡単に、安価にできるようになっていっているkと。2つめにGoogleAmazonのような企業がRobotics分野へと投資を進めていること、金を集めやすくなっていること(実際は軍事産業が大きいだろうが)。

3つめがイマジネーション。この数年であらゆる場面でロボットの活躍が観られるようになってきてより身近なものになっている。これから先のロボット産業はより人々の生活に身近になっていくし、我々の生活はそれによって楽になるのかもしれないし、仕事を奪われてしまうのかもしれないが、何にせよそれらは生活を一変させてしまうだろう、というのがおおまかな記事の内容である。

金を稼ぐために制作されるロボットのデザインはそのほとんどが多関節ロボットであり、蜘蛛型のロボットだったりピザ型のお家装置ロボットであるが、DARPAロボティクス・チャレンジ(国防高等研究計画局(DARPA)が主催する災害救助用のロボット競技大会である。)ではロボットの形態はそのほとんどが人型であるという。*1

人型に収束していく理由は災害救助用ということで、環境が人型を要請するところにある。ロボットである以上、原発事故のような人間が入り込んでいけない箇所に投入されることが見込まれるが、そこはドアやはしご、バルブといった人間に最適化された環境の中だから、というわけだ。凸凹の道もあるだろうし、消化ホースのような細かい道具を扱わないといけない場合もある。

ロボットのプログラミングは必然的に、人間に最適化された環境の中でいかにして多様な状況の変化に対応するようにオペレーションしていくのかが問題になってくる。人間に集約していく傾向は偶然ではなく、このような指向はある意味ではこれまでサイエンス・フィクションの中で書かれてきたものと同一のものだ──とこの記事ではチャベックが考案した起源としてのロボットからアシモフの創造した労働者としてのロボット、手塚治虫のアトムへと話が続いていく。

でも、どうなんだろうな。

人間に最適化されてきた空間を「ロボットと共存できる空間」に作り変えていく方が今後の課題なんじゃなかろうかとも思う。たとえば福島第一原発の時もロボットが多数投入されていたがこの時ロボット用の作業動線が作られていたら──と思わずにいられない。歴史が技術と人間の相互作用で発展してきたというのであれば、その技術がより人間を支援しやすいように環境の方を変化させていくのは筋の一つだと思うが、どうだろうか。

話をヒューマノイドロボットの方に戻して、ちょっとおもしろかった話。ロボット研究者に話を向けると海外の研究者はロボットに興味をもったきっかけをきかれるとすぐにアシモフと答えるし日本の研究者はアトムだと答えるというが、これはちょっとおもしろかった。しかしアトムもアシモフも今じゃちょっと古いよね。現役世代に聞くとしたら何に成るんだろう。ドラえもんとかガンダムなんだろうか。それ以後だと「誰もに共通の象徴」はなくなってしまう。

東大出身のベンチャーであるSCHAFT社についても触れられている。これ、さきに書いたDARPAから開発資金をもらって開発し、DRCでも見事勝利した企業なのだが、先日Googleに買収されてしまった。Googleは次から次へとロボット関連の企業の買収をはかっているけれども、その最終的な使いみちについてはずっと沈黙を保っている。人工知能への投資も盛んなGoogleで、一体全体何が行われているのか想像も困難だが、10年後の未来は町のいたるところにロボットがいるような未来がきていてもまったくおかしくはない。

だいたい部屋には既にルンバが当たり前のような顔をして居座っているのだから、二十年前はネットがそれほど一般的ではなかったことを今思い返すと信じられないような気がするのと同じレベルで環境が変わっていてもおかしくはないのだろう。Amazonの配達ドローン構想もあるし。⇒Amazon、ドローンでの配送サービス「Prime Air」構想を発表 - ITmedia ニュース

「ロボットは金になる」となればあっという間に市場は開拓され、整備され、「当たり前」になっていく。ソフトウェアは一度創りあげられてしまえばコピー可能でチップについても量産されればそれだけ値段は下がる。そして導入されるべき場所はいくらでもある。ジャーナリストに、農家に……一般家庭においてもルンバが常用されているように、実際ボタンをポンと押せばそれだけで時間がかかったとしても洗濯物を干してくれ取り込んでくれるとなったら、ひとつの革命だろうと思う。

拡張するものとしてのロボット

ほとんどの部分において、ロボットは人間を置き換えるものではない。ロボットは現状を拡張するものだ、とThe Economistの記事では書いている。たとえばSCHAFT社のロボットがいかに優れて人間と同じようにバルブの開け閉めが出来るといっても、それは人間が後ろから操作しているからだ。ルンバも完全に自立して掃除を行うわけではなく、人間の手助けあってこそである。人間はロボットが一人ではそうそう簡単にできないことを、協調して行うようになるだろう。

ロボットと人間の協調といえば、ハリウッドで作られるロボット物の映画はロボットが反逆を起こすものが多い。しかし「good design」によってつくられたロボットであれば、技術への共感を覚える(Especially when helped along by good design, people can be quite empathetic towards technology.)というあたりの話はまんまBEATLESS - 基本読書によって描かれたアナログハックの世界だ。

日本だとロボットといったら恋に落ちるものだからね。見た目が可愛ければそれだけで人はころっと騙される。映画の敵役として出てくるロボットはどれも怜悧な印象を与えるし、恋人になるロボットは当然ながら美少女、美男子の姿をしている。そこに心があるのかないのかに関わらず、見た目によって判断してしまうのが人間の本質的な弱さだ。

2000年代の中頃に行われた人間(プロチーム含む)とコンピュータが入り混じってのチェス大会で、優勝を遂げたのはなんとプロチームでもなく一流のコンピュータプログラマーが作ったチェスソフトでもなく、人間と市販のチェスプログラムの混合チームだったという。人間よりも、ロボットよりも、人間+ロボットが最強だとしたら、いつまでその状況が続くのかはわからないが、しばらくは人間とロボットが協調行動をとっていく光景が観られると思っていいのだろう。

BEATLESS

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SFレビューを集めた本を出したのでよかったらよんでね
冬木糸一のサイエンス・フィクションレビュー傑作選

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*1:例外としてRoboSimianのロボットがあるが、それはここがNASA等の惑星探査ロボット制作を請け負っているからであって人型に拘る理由がないからだ。