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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

SFマガジン2014年6月号のジュブナイルSF特集について

SF ライトノベル

面白い特集だった。普段は買わない雑誌でも特集が気になるとつい買ってしまうね。メインの一つとして取り上げられている魔法科高校の劣等生をWeb版から読んでいたこともある。いくつか面白かったところをピックアップして、雑記みたいな感じで思ったことでも書いていこう。

まずジュブナイルSFについてだけれども、これからはジュブナイルSFの時代がくるのかもしれないと思っている。その根本にはSFは身近な物になるというか、もうなっているという現状がある。十年後どうなるかろくに想像も変化が早すぎて十年後ろくにどうなるか想像もつかないような現代においては、あっという間に古びていく現代をそのまま書くよりも未来を書いたほうがその心情にはよくあっているからだ。

つまりはSFが現代小説そのものとして普通に需要されるのではないかなあとこれを読みながら、というよりかはもうずいぶんまえから考えていることなので思い返していた。それは若い世代ほどそうだろう。ジュブナイルSFが見直されるのだとしたらそういう文脈があるのかなと勝手に思っていた、というわけだ。まあそういう考えはこの特集で取り上げられていることとは何の関係もない僕の雑感だけれども。

さて、特集の方だけれどもジュブナイルSFの再評価ということで、ジュブナイルSFのこれまでの歩みをまずふりかえっていく。そして魔法科高校の劣等生著者の佐島勤さんインタビューを経由して泉信行さんと吉田隆一さんの『ハード・ジュブナイルを求めて』という対談が入り、SF必読ガイド30選が入り、ジュブナイルSF刊行概況という形でそれぞれ近況が簡単に語られる。

そもそもジュブナイルSFとは一体全体どういうものなんだろうなあ。ジュブナイルSFのこれまでの歩みとして筆頭にあげられている妖精作戦ロードス島戦記(がジュブナイルSFなのかどうかは知らないが……)、西の善き魔女時をかける少女夢枕獏に……と考えていくとある程度はライトノベルと重なっているように見える。まあそのままティーンエイジャーをターゲットに据えたSFのことぐらいの捉え方でいいだろう。

また特集ではハードジュブナイルSFなる呼称も出てきていて、これはすげえ勢いで若者向けにしたSFという意味ではなく、ハードSFを志向したジュブナイルぐらいの意味でいいらしい。モーレツ宇宙海賊(この文字列打ってて恥ずかしいな……)というタイトルでアニメ化/映画化されたミニスカ宇宙海賊 by 笹本祐一 や魔法科高校の劣等生のような作品が例に挙げられている。

ライトノベル読者は別ジャンルの本を読まないのか?

面白かったのがこの対談でライトノベル読者が他の小説ジャンルへと誘導することの難しさが語られているところ。ライトノベルを読んだ。じゃあ次は伝奇を読んだり新本格にいったりSFに行こう、とはならない、卒業先を用意されるわけでもないという話が聞かされる。僕自身は政治から科学ノンフィクション、SFに歴史物からミステリにライトノベルまでなんでも読む人間なのでジャンルを横断しないなどということがそもそも理解できないんだが、そういう傾向があるのか。

そういえば最近はライトノベル読者への質問状みたいなものがあってその中にこんな質問があった。ざっくりとはここでまとめられている。⇒『ラノベファンに〜』系記事とりまとめ - 空き地。 たぶんもっと増えているだろう。手間だがひと通り読んでみると、次のようにそれぞれまとめられる(長くて邪魔なので一番下に移動)。一行につき一サイトのように考えてもらえればいい。文章は引用したものもあるがだいたいは僕が勝手に内容を要約したもの。

全部みていくのも手間だろうので勝手に全体の傾向を説明してしまうと、「ライトノベルしか読まないということはないが、ライトノベルを読むことが多い」という人が割合としては多いようにみえる。もちろんこれはわざわざ文章化したがる奇特な人間たちのサンプリングではあるが、まあそう外れているものでもあるまい。またライトノベル以外については近接したミステリであるとか、伝奇ものであるとか、ファンタジーSFといったところに流れていく人達が多いようだ。ノンフィクションを読むと回答している人は少数派。

対談の中で泉信行さんが語っている「かつてあった「縦」を取り戻す価値は大きいと感じるんです。」というのにはまったく納得で、せっかく広い小説世界なのだしライトノベル外にもジャンルは続いているのだから、様々な方面に散らばった方が楽しいのではないかと思う。しかしライトノベルをほとんど読む理由として書かれていたのはそもそもスペースの問題と、ライトノベル的な物が読みたければ日夜湯水のごとく注ぎ込まれるライトノベル分野の本を読みあさるだけで充分満足させられてしまうというところがある。そもそも一般的にいって、人はたくさん本を読まない。

多かれ少なかれ自分が今まで慣れ親しんできた既存ジャンルを脱する理由はまだ見ぬ傑作を探してとか、そもそも読むジャンル本がなくなって、ということが多いのではなかろうか。今ライトノベルには読みきれないほどの名作が既に勢揃いしており、それもまた縦方向へと向かわない要因のひとつになっているのではないかと思う。何しろハヤカワはライトノベル圏からの作家をガシガシ取り込んでいるし、ライトノベル読者の返答としても「読まないわけではない」つまり認知されていないわけでもないのだから。

ただそれをどうしたらいいのか。この対談で話題になっているようなハードジュブナイルSFのような、またなんだかやけに狭い範囲だけども既存の作品を別の評価軸、カテゴリで捉えるのも一つの方法なのだろう。ようはこれまで観てきた「ライトノベル」というある種あやふやな物の中に存在する雑多なものを別方面へのジャンルへと接続するパスを用意することでメディアミックスなんかの横の繋がりだけでなく縦の繋がりへと展開させていくのだと。

あとはやはりライトノベルが出すぎている、あるいはひとつのシリーズが続きすぎている現状があるかぎり変わらないのではないかとも思う。たとえば今西尾維新にハマったら、西尾維新を消費しつくすだけでどれぐらいの時間がかかるのかという感じ。人気シリーズで20巻近く出るものもザラなのだから。「次にこんなのがあるよ」といったところで「いや、まだ西尾維新読み終わってないし……」と返答が返ってくるのではどうしようもない。

あるいはそもそもこの水平方向の広がりこそが楽しいのだという部分もあり、正直他人のことなので、どうでもいい。

ライトノベル以外も読むことがあるがだいたいラノベである。ラノベファンだけど質問に答える - 主ラノ^0^/ ライトノベル専門情報サイト
ライトノベルの定義が不可能なためこの質問にも答えられない。ラノベファンに質問があるらしい - いさぢちんメモ
ライトノベル以外も読むことがあるがだいたいラノベである。ラノベファンだけど質問に答えてみた。 - 青豆ほーむ
・ハヤカワや司馬遼太郎などは読んでいた。森博嗣などのライトノベルかどうか区分が微妙なところを読んでいる。ラノベファンに質問がある - REVの雑記 - LightNovel Group
ライトノベル以外も読むことがあるがだいたいラノベである。この世の全てはこともなし : ラノベファンに質問がある→答えてみました
ラノベがほとんど。他の小説はKindleで適当に摘まみはする。ラノベは頭を使わずにだらだら楽しめる娯楽になっていてそれが魅力だ。ラノベファンが質問に答える - wataken44's blog
ライトノベル以外も読むことがあるがだいたいラノベである。ラノベファンじゃない人からの質問に答えてみた: 24の子供部屋
ライトノベル以外も読むことがある(ミステリのみ)がだいたいラノベである。【ラノベ】 ... ●ラノベしか読まない?〜 ミステリを読む。特定の... - id:sisui_ro - id:sisui_ro - はてなハイク
ライトノベル以外もいろいろ読む(恋愛、ミステリ、時代、経済小説【ラノベ】 ... ●ラノベしか読まない?〜 ミステリを読む。特定の... - id:sisui_ro - id:sisui_ro - はてなハイク
ライトノベル以外も読む(むしろそのほうが多い。ミステリ、歴史など)
・基本的にはラノベのみで、たまに他のを読むときでもラノベっぽい作品を選ぶhttp://anond.hatelabo.jp/20140420200750
・文字になってれば時間があれば大抵読むが、小説となるとラノベが主体にはなる。http://anond.hatelabo.jp/20140420200750
・主にSF好き、ファンタジー好きなので今のご時世だとどうしてもラノベの比率が多くなるが、好みに触れれば別にラノベじゃなくても読む。http://anond.hatelabo.jp/20140420200750
・基本的に現在はラノベしか読んでいない。それはもっぱら時間がない、というのが一であり、次に一般文芸作品にラノベで感じられるドライブ感とも言えるあの引き込みを感じることが圧倒的に少ないからだ。FF5の小規模な戯言 ラノベファンからの回答
ラノベ以外ももちろん読みます。というかそれが普通じゃないですか? http://anond.hatelabo.jp/20140420200750
・児童文学から入ってラノベにいってその後は実用・ビジネスに本全般へhttp://anond.hatelabo.jp/20140420200750
・他の小説も読む。最近は歴史小説が多いけど前はミステリーが多かった。http://anond.hatelabo.jp/20140420200750
・読むけど、基本的にエンタメ小説しか読まない。ジャンル的にはミステリィやSFが多い。http://anond.hatelabo.jp/20140420200750
・現在はライトノベルレーベルから刊行された作品を主に読むことが多いが、お気に入りの作家が「一般向けレーベル」から出版すれば、とうぜん読む。http://anond.hatelabo.jp/20140420200750

魔法と科学について

だいぶ記事が縦に長くなってしまったのでいったん区切ろうと思ったがこれだけ……。魔法科高校の劣等生著者のインタビューで面白いのがこの作品内では「魔法」は超能力物の亜種なのだという。ただ超能力だと「なんでもできる」というわけにはいかず、主人公には社会と闘うためにある程度なんでもできる必要があることから超能力は魔法と結合し魔法はシステム化され素質さえあればだれでも利用できるものになった。

素質さえあれば誰にでも再現可能であるというのは「素質」の部分さえ除けば科学といっても問題ないものであり魔法としては違和感がある。僕はこの作品をSF好きには勧められてもファンタジー好きには勧められないし。まあかといってこれが純粋に科学であると話が成立しないのも確かで、そこが作品の根幹にある為「これが魔法である必要はあるのか?(科学ではダメなのか?)」という疑問は出てこないように作品の中ではなっている。

でもこれはやっぱりプロセス的には科学だよねえと。思うのは魔法にせよ科学にせよ「発展」した形を考えた時には今のところマルチタスク型の進化がもっとも想像しやすい。たとえば原初の魔法を考えると、火を出す、風を出す、記憶を撹乱させる、消失させる、飛ぶ。魔法と聞いてぱっと思いつくのはどれもシングルアクション系の動作であり、つまりは単一機能ツールとしての発想だ。

何年も発展しないのであればシングルアクション系のままでいいかもしれないが、変化し、それが社会に組み込まれ発展していくことを想定すると方向性としては限られてしまうのではなかろうか。1.だれでも使えるようにすること。2.マルチアクションがこなせるようになること。3.より威力/能力が強化されるようになること(コスパがよくなること)。 ぐらいだろうか。そしてその方向に発展を考えるとどうしても科学の発展の模倣に(最終的にはパソコンに)。

ようは科学にせよ魔法にせよ最終的な発展形態としては「望むことを簡単に叶えてくれること」であり「ぜんぶよろしく」といったらそれだけでこちらの意を組んで達成してくれる能力を身につけてくれることだ。科学ではそれはわかりやすい形だと、ひとつはプログラムで表現される。魔法科高校の世界の魔法でもプログラミングの概念を魔法に移植しているようにみえる。

なんだろ。別の発展の形ってありえるのかなあ。

僕が考えていたこととは違うがこんな話もある。⇒「魔法」を物語の中で”科学的・合理的”に描写するには - Togetterまとめ ようは科学的でない方法で魔法を描写することが可能なのかという話。再現性がみとめられたり体系化されてしまったらそれは既に科学に取り込まれているという考え方だ。ゲド戦記は小川先生が考えている魔法に近いと思う。指輪物語はわりと再現性があるので科学かな。

何にせよ魔法の書かれ方にはまだまだ可能性がつまっていて面白い分野だと思う。もっと色々出てこないかなあ。

※追記 ジュブナイルSF30選とかこれまでの歩みとかはぱらぱらとめくったぐらいで読んでいません。なんか異論がぽこぽこ出ているみたいですので買う時はお気をつけ下さいな。

SFについてはこんな本も出したのでよかったら読んでね。
冬木糸一のサイエンス・フィクションレビュー傑作選

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