基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

炭素文明論 「元素の王者」が歴史を動かす (新潮選書) by 佐藤健太郎

 いつまでかはわからないが、Kindleでセール中の一冊(2014年4月29日時点)。

 世界の歴史を駆動させてきたあれやこれやを化合物的な視点から見ていきましょうという一冊で、その都合上化学よりかは歴史語りの分量が多くなってしまっているところが若干残念だが化学本。著者も繰り返し書いていることだが、化学というのは地味だし、あまり日の当たらない学問のイメージがある。だがこの宇宙全体が周期表の中にあるあの僅かな元素たちが複合的にくっついたり離れたり、反応を繰り返して成り立っていて、我々の生命活動自体もその関係性を元にして成立しているのだから。これほど重要な学問もない。

 中でも重要なのは本書のタイトルにも冠されている通り炭素だ。なんで炭素がそれほど重要なのかといえば、その安定的かつ多多様な化合物を創りだすことの出来る能力にある。過去になぜケイソ生物が化学的に考えてありえず、地球の生命体のすべてが炭素ベースの生命体である必要があるのかを解説した記事を書いたが⇒ケイ素生物は存在不可能なのか? - 基本読書 炭素が生命体のベースになるのは、それなりの理由があるのだ。

 原子は手持ちの電子をエネルギー準位の低い内側から先に埋めたうえで、電子を手放すなり、共有するなり、盗むなりして、最も外側の準位にしかるべき数の電子を確保する。エネルギー準位は同心円状に入れ子構造を作っていて、内側から順番に電子をたくわえていく。準位ごとにいくつ電子が入るかが基本的には決まっていて、最も内側は二個、ほかの準位では八個のことが多いようだ。炭素原子は四個外側に持っている。なので四つ探すことになるが四つ見つけるのはなかなか大変だ。なので炭素原子はいろいろな原子と結合を誘発することになる。

 炭素はゆえに、最高四個の原子と電子を共有することができる。この炭素の結合のしやすさこそがアミノ酸、ひいてはタンパク質(そして生命体)の元となる絶対条件だ。アミノ酸の幹にある炭素原子が、別のアミノ酸の窒素と電子を共有し、連結が連結をつないでいった先にタンパク質へとつながっていく。とまあこのあたりまでがだいたい「はじめに」のあたりで(この解説は僕が勝手に書いたやつなので本文にはないが)あとは炭素関連の化合物利用がいかに歴史を動かしてきたかの具体的な実例集となっていく。

 たとえば本書であげられていくのはモルヒネ、ニコチン、カフェイン、そもそもの栄養素であるデンプン、甘味、旨味……と人間を狂わし、養ってきた物質ばかりだ。化学的な視点を得ることは、そのまま「世界の構成物質すべてを分解してみる」ことにそのまま繋がっていくのが面白い。たとえばエタノールはいとも簡単に人間を酩酊状態にさせてくれるが、あれはエタノール分子が脳細胞の細胞膜に浸透してイオンの出入りを狂わせ、正常な情報伝達を狂わせるからだそうだ。

 また神経伝達物質であるγ-アミノ酪酸を受容体に結合し、神経細胞の動きを抑制することで中枢神経が鈍くなる。ろれつが回らなくなったり、足元がふらついたりするのはこうしたことが脳内で起こっているからだ。僕も20を超えてからそこそこ酒を飲むようになって酩酊状態になることも多いが、考えてみればかなり変てこな状態になっているのに「それがなぜ起こっているのか」を意識したことってなかったものだ。なんとなくそういうものなんだろうと。

 化学について知っていくことは世界がLEGOで創りあげられているとして、LEGOを分解していくような楽しさがある。わからないことも多いというのも魅力的だ。『有機溶剤クロロホルムや、爆薬ニトログリセリンなども強い甘味を持つが、構造には呆れるくらい何の共通点もない。』というように、どういう分子が甘味を感じさせるのか、それすらもわかっていないのだ。

 宇宙生物学という分野では「化学的にあり得る」生命体とは何で、その生命体が存在するためにはどんな化合物が必要で、その為生命が存在する可能性があるのはこれこれこういう条件が揃っている環境であると積み上げていく。化学とは現に存在しているものを分析するだけの学問ではないということ。本書では人類の炭素化合物利用の段階として次のように、5つあげている。

①自然界に存在する有用化合物を発見し、採取する。
②農耕・発酵などの手段で、有用化合物を人為的に生産する。
③有用化合物を純粋に取り出す。
④有用化合物を化学的に改変、量産する。
⑤天然から得られる有用化合物に倣い、これを超える性質を持った化合物を設計・生産する。

 この⑤のところにまで既に近年の研究は進んでおり、たとえば自然界には存在しないカーボンナノチューブというめちゃくちゃ硬くて細長い構造体が今では人為的に作れたりする。最終的には宇宙エレベータに使えるかもと注目をあびている素材だ。かつてあった歴史、身近な要素の一つ一つを分解し解説して、さらには未来への展望も語りながら締めてくれる、バランスのとれた良書だった。

第1部 人類の生命を支えた物質たち(文明社会を作った物質―デンプン 人類が落ちた「甘い罠」―砂糖 大航海時代を生んだ香り―芳香族化合物 世界を二分した「うま味」論争―グルタミン酸)
第2部 人類の心を動かした物質たち(世界を制した合法ドラッグ―ニコチン 歴史を興奮させた物質―カフェイン 「天才物質」は存在するか―尿酸 人類最大の友となった物質―エタノール) 
第3部 世界を動かしたエネルギー(王朝を吹き飛ばした物質―ニトロ 空気から生まれたパンと爆薬―アンモニア 史上最強のエネルギー―石油) 炭素が握る人類の未来