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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

ハックス! by 今井哲也

このブログでは10巻以内の漫画、できれば5巻以内に完結している漫画を対象にしてレビューを書いているが(なぜならそれぐらいにまとまっている漫画が好きだからだ)この『ハックス!』は4巻なので個人的にベストなまとまりぐあい。のちに『ぼくらのよあけ』や『アリスと蔵六』と次々傑作を書いていく今井哲也さんの初連載作。後の傑作に比べると絵でも構成でも粗さが見えてしまうけれども、それでも充分に魅力的な内容だ。

ストーリー的には高校のアニメ制作をド素人からはじめてハマっていく過程を書いたのがこの『ハックス!』で、ド素人ながらもアニメをつくるって実際どうすればいいのかを地道に描写していて、物を創りあげていく楽しさに溢れている。この「作り上げていく上で実際具体的な作業として何をどうすればいいのか」って、マンガや小説ならともかく、アニメぐらいの集団制作物になると、素人だとわからないものだ。

「絵をいっぱい描いてそれを撮影して動画にしているんでしょう?」とそれぐらいは想像できたとしても、じゃあどうやって線をテレビ放映に耐えうる物にして誰が色を塗って撮影ってどうやるんだろうと想像をつめようとしてもよくわからなくなってしまう。色ってどうやって塗るんだろう、監督って何をしてるんだろう、動きってどうやってつけるんだろう……。

ド素人のアニメーション研究部員たちだが機材だけは過去の遺産でちゃんとしたものが揃っていて、試行錯誤しながらもアニメーションを創りあげていく。その過程が実に丁寧に描かれるのでアニメの出来上がり方もわかるようになっている。美術を下に固定して、上のセルだけ順番に交換して撮影を行っていく……アフレコのやり方、などなど。そうしたアニメの製作過程をおっていくだけでも随分と面白いものになっていると思う。

年代的にちょうど良かったのがすでにニコニコ動画が登場していたことだろう。素人クリエイターが作品を発表して、再生数やコメント数という形で人様に提供して反応を得ることができる環境がすでに整っているというのは、今では当たり前のことになったけれどもやっぱりとんでもないことだよなあ。もしニコニコ動画がなかったらド素人たちが段々と作品を創りあげて、人の評価を得て創ることの楽しさにのめりこんでいく──という、作品コンセプトがそもそも成立していなかっただろう。

最初は一人の熱意で始まったものが、段々とその熱意が全体へ普及し……最終的には自主制作アニメを文化祭で上映することが目標になって──とざっくりとしたお話としてはその程度のシンプルなものだ。これは『ぼくらのよさけ』でもより洗練されていく方向性だけど、今井哲也漫画はプロットはシンプルでも、今井哲也さんの描くキャラクタの心情の変化はみな丁寧で、その丁寧さのみをとりあげても特徴として抜きん出ているために作品として成立している

たとえば本作でいえば肝といえるのは「物を創りあげていくことの楽しさ」にある。物を創りあげていく過程での楽しさはいくらでもあるだろうが、たとえば最初に創りあげたものが初めて動き出した時、創りあげたものが人に届いた時、感想が集まりだした時、周囲の目が変わりだした時……その時々の小さな一歩、だけども大きな喜びが、丹念に描き出されていく。そういうのって「楽しかった」とだけ書いて伝わるようなものでもないんだよね。

もっと疲れきった時の身体が脱力していくような感覚とか、思いがけない言葉がふってきたときのなんともいえないような気持ちだったり、アニメで自分の作った絵に声が吹き込まれていくところであったり、思いがけない反応が帰ってきたり、段々と出来上がっていく作品、予想外のことが起こっていく過程、「楽しかった」では表現しきれない、うまく言葉にできない感情ががつみあがっていく感覚の描写が見事なのだ。

そのことを象徴するように『ハックス!』で主軸として描かれる、高校ではじめてアニメーション制作に出会いのめりこんでいく阿佐実みよしは自分の考えていること、感じていることを言葉にすることがうまくできない。「なんかどきどきしたんだよ もうなんか なんだろう? なんかすごいうずうずなってさ」という風に。でもそのよくわからないエネルギーをそのままアニメーション制作に転嫁させて自身の駆動力とさせていく。

ものすごい行動力を持った人というのがこの世にいて、そうい人の周りにいるのは凄く楽しい半面、ついていけないことが悲しくなったりもする。明らかにこの人の速度にはついていけない、この行動力についていくことができない、才能が全然違うんだ、とある面での自分の能力のなさがより際立ってしまうからだ。本作で書かれるみよしは、うまく言葉で感覚を言葉にできない反面まさにその天性の行動力タイプで、人を巻き添えにして突き進んでいくが、うまくいくことばかりではない。

集団制作には様々なモチベーションを持った人間が関わるからだ。先陣を切っていくことに喜びを見出すもの、アシスタントに徹することに喜びを見出すもの、自分からの行動力はないが、求められればその能力を発揮するもの、目標が見つけられずに足を引っ張ってしまうもの、そもそもそこまでの熱量を見出だせないもの……四巻の物語によくもそこまでの多彩なキャラクタを埋め込んだものだと思うように、エネルギー量と使いみちが違う人達が出てくる。

アニメーション制作が大抵の場合たったひとりの天才で作られているわけではなく、集団を必要とするものであるように(新海誠さんなんかが出てきて、例外ではなくなっているが)本作はそうした集団制作上の不和までもを書いているのが面白いところだ。コミュニケーション上の不具合がどうしても起こってしまう人間関係の描き方についても、次作以降でより洗練されていくものとなるのだが──、それはまた別のお話。ぼくらのよあけ - 基本読書

最高傑作というわけでもないが、「楽しいことだけ考えたらいいんですよ」「大変ですけどそれでアニメはうんと楽しくなります」という本作で書かれるメンターからの台詞がそのまま著者の心境にシンクロしているようで、「ああ、本当に楽しんで漫画を書いているんだろうな」と思える良い作品だ。今井哲也さんのTwitterをみると本当に楽しそうにアニメをみているからな!今井哲也 (imaitetsuya)さんはTwitterを使っています

ハックス!(1) (アフタヌーンKC)

ハックス!(1) (アフタヌーンKC)

ハックス!(2) (アフタヌーンKC)

ハックス!(2) (アフタヌーンKC)

ハックス!(3) (アフタヌーンKC)

ハックス!(3) (アフタヌーンKC)

ハックス!(4) <完> (アフタヌーンKC)

ハックス!(4) <完> (アフタヌーンKC)