基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

ゲームウォーズ by アーネスト・クライン

 1980年代カルチャーを中心に創りあげられたオンラインゲーム世界「オアシス」を舞台に繰り広げる、アメリカのジャパニーズオタクの熱意のみで創りあげられたようなB級小説。偉大なゲームデザイナーが死ぬ際の遺言で「俺の財産が欲しけりゃ俺の作ったオンラインゲーム(オアシス)内でイースターエッグを見つけろ!」といって全ゲーマーが熱狂に湧く話で主人公は小太りの根暗なオタクときたらアメリカ版アクセル・ワールドかSAOかなんかですかという感じ。

 中身は、熱い。物理的にも文庫の上下巻で厚いが、それ以上にオンラインゲームに熱中した人間なら、住人全員で闘うときの高揚感や、同じ目的へ向かって行く時の高揚感、あるいは時間沸きのボスを倒す時のライバルとの競争の興奮にある程度感情移入しないわけにはいかない。そして中身のガジェットは1980年代ジャパニーズカルチャーのオンパレードは日本人の自分でもちょっとヒクぐらいだ。

 ザンボットにマジンガーガンダムメカゴジラウルトラマンに──それらが名前がちょこっとあげられるだけでなくゲーム内で実際に「出てくる」としたらその異常さが少しはわかってもらえるのではないだろうか? いや、ほんと、オンラインゲーム内にウルトラマンに変身できるアイテムが出てきた時はたまげたよね。

 しかもこれ、映画化が決まっているのだという。シュガー・ラッシュなる黄金の前例があるからあるいは……と思うけど、さすがにちょっとネタが広すぎて権利関係を拾いきれないだろう。でも脚本本人だからなんとかしてねじ込めるものなのだろうか。真相は公開されるまではわからない、がとにかく全部入れるのはどう考えたって不可能だということだけははっきりとわかっている。それぐらいたくさんの権利関係ネタに触れている。

 時代は西暦2041年に設定されており、世界の状況は最悪の方向へ向かっている。オイルは不足し気候変動は加速しエネルギー危機は深刻なものになっている。豊かな世界ではない、その代わりに──バーチャルリアリティというか、オンラインゲームとしての世界観が発展している。エネルギー危機により人間は移動するのをやめ、欲求のほとんどをゲーム上で満たすようになるというのはそうそう突飛な発想でもないだろう。人は自身の名前を現実とは接続せず、学校に通い人と交流する。

オンラインゲームと匿名性

 やっぱねー、オンラインゲームときたら匿名だし、匿名ときたら相手が男か女か、美人かブサイクかの読み合いをしながらのどろどろの人間関係ですよ!もうね、日本のライトノベルでオンラインゲーム物は美男美女ばかりでほいほい会っちまって、おいおまえらそういうんじゃねえだろうがと。キリトさんみたいなのが現実にいるか? アスナがいるか? いないだろう? オンラインゲームにがっつりハマりこんで昼夜なくラグナロクオンラインに接続していた人間は思うわけですよ。たいてい男は根暗なもやしだし女は人生捨ててるようなヤツラばっかりですよ(オフ会に参加したことがないから想像だが(おい))。もっとオンラインゲームの人間関係とリアルへの接続は、臆病であるべきなんですよ。

 いや、これアバターだからさ、現実とは違うよね、現実はすごいブサイクだからさって、そういう予防線をいくつもはりつつ腹のさぐり合いをして、まあようやく会ってみればなんだかんだいって意気投合しちまうもんですよ(もう一度書くが、オフ会に参加したことがないのでたんなる想像です)。本作でも主軸となる少年はもやしでださくてデブってるし、ヒロイン役はなんだかいろいろ理由をつけて会おうとしないし他のメンツもそうそう会いにはこない。ほとんどゲーム内でのアバター同士のやりとりであり、それで充分成立している。そう、いつまでもなんだか理由をつけて会おうとしないこのグダグダ感、奥ゆかしさがなんかリアルっぽいではないか(何度も言うが想像です)。

 あと主人公が「会ったこともないけど君のことが好きだぞーーー!! 現実の君もアバターに似て美人に決まっている!!」って決めつけるところとか最高に痛々しかった。いやでもそういうやついたよね、いたいた。それもいっぱいいたよ。まあでもしょうがないよね。高校生だもん。実際ゲームのアバターと現実の見た目は違うわけで、そういうあたりまでちゃんと作りこまれて物語に影響を与えていてよかった。

財産を今更求めるのか?

 ところで、誰もが探し始める目的が金であるというところはちょっと現代だと通りが悪いのではないかという気がした。正直言って登場人物たちが金を欲しがる理由があんまり描かれないし、描かれてもたいしたことないのだ。結局、もう金でできることなんてみんなある程度把握してしまっていて、何千億ドルもらえようがそれに有効で具体的な使いみちを与えられる説得力ある説明をするのは難しいのではなかろうか。

熱狂的なサブカルチャーへののめり込み

 とはいえ本作ではその莫大な財産をめぐってあらゆる人間がゲームにのめり込んでいく。あまりに金額が膨大なため生身を襲う人間も出てきて、単なる財宝をめぐるゲームのはずがデス・ゲームめいた情報合戦になっていくがこのへんの描写はたいしたことないので気にしなくてもいい。

 3つの関門を突破することでイースター・エッグに辿り着けるというのだが、主人公はなんとその関門のひとつめを初めて突破する人間になって一躍注目を浴びることになってしまう。必要なのはゲーム製作者ハリデーがのめり込んだカルチャーへの深い造詣、知識の深さ、愛にほかならない。必然的に主人公もそのまわりのゲームクリアを狙うライバルたちもみな凄まじいオタクだ。

 製作者(というかアーネスト・クライン)が1970年代前半生まれ、80年代を思春期真っ盛りで過ごした強烈なオタクだからゲーム内にウルトラマンに変身できるアイテム(アレですよアレ)が出てきたり、そのまんまガンダムに出てくる機体やマジンガーZに出てくる機体やライディーンやザンボットという日本人でも今の若いヤツラはしらねえぞと思わず呟いてしまうようなネタがワンサカでてくる。

 そしてもちろん懐ゲーの域に入ってしまっているかつての名作ゲーム達も多数その姿をオンラインゲーム内でみせることになる。こうした郷愁を呼び起こすアイテムの数々、ガジェットの数々は実際に同年代を過ごし浸ってきた人間からすれば非常に親近感の湧くものだろう。もちろん単なる懐古厨ではなく、著者のクラインが意図しているのは、過去の郷愁にとらわれるだけではなく、こうした素晴らしい過去の遺産に今からでも思いを向けられるようにすることだ。

 好きな作品である為にあまりこういうことは書きたくはないが一つ文句をつけておこう。たしかに作品数はたくさん出てきて、参照数は多いのだがそれらがどうしても次々と使い捨てられていく印象はぬぐいきれなかった。一言でいえば「ただ出てくるだけ」で、もし仮にまったく前提知識を持たない人間がこの本を読んでもウルトラマンガンダムに興味を持つことは、まずないであろう。ここはもちろん読んだ人間の中では意見は様々にわかれるるだろうけれども。

 またこっちは極々個人的な理由からだが、この本の結末にはまったく、納得がいかない。おいおい、ここまでゲームの世界を物語ってきて、それでいいのか?そうじゃねええだろう? という結末なのだ。どうしてもそれだけは譲れないぞ! ……でも悔しいことに、面白いことは確かだ。結末も、どう納得がいかないか気になる人は読んで確かめてくれればいい。ああ、あいつが言っていたのはそういうことか、とたぶんわかるはず。

 往年の名作達への愛は本物だと思う。造詣の深さも、一級クラスだ。盛り上げ方については、これ以上ないほど強烈に演出してくれる。上記につけたケチはどうしても無視できない部分だったので書かざるを得なかっただけで、総じて完成度の高いお話になっている。賞こそとっていないものの、米国AmazonSF&ファンタジー第一位、米国書店の最大手の一角であるバーンズ&ノーブルのベストSF小説第一位と、日本のライトノベルと同じような「権威こそないが、売上はずば抜けていて消費者に支持されている」作品である。実際、それだけの面白さはある。

 あ、ちなみにイラストはtoi8さんで雰囲気でてました。この人の絵好き。

ゲームウォーズ(上) (SB文庫)

ゲームウォーズ(上) (SB文庫)

ゲームウォーズ(下) (SB文庫)

ゲームウォーズ(下) (SB文庫)