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鳥類学者 無謀にも恐竜を語る (生物ミステリー) by 川上和人

 軽妙な語り口と大胆な仮定、鳥類を下敷きにした仮説の導き出し方が面白くてSFのような空想の広がりがある良書だ。

 最近の研究では、鳥は恐竜であるとの見方が主流だそうだ。長年論争を続けてきたが最近いくつかの証拠があがってきたことでどうやら正しいらしい。もちろん恐竜にもいろいろいるが、恐竜とよばれるグループの中のその中の分類から進化した一形態がどうやら鳥らしいということ。つまり鳥は恐竜の生き残った形であり、ある意味で言えば「恐竜は絶滅していない」。

 本書の著者は書名そのまんまだが鳥類学者である。鳥類学者が恐竜を語るなんて本当であれば何かがおかしいような気もするが、しかし鳥類が恐竜の残存勢力であり鳥は恐竜なのだとしたら、なにもおかしなこともない。無謀にもと書名についているからには恐竜に関してはそこまで詳しくはない、と自分では言い張っている。※下記引用部を参照

 ただし、私はあくまでも現生鳥類を真摯に研究する一鳥類学者である。おもむろに鳥を捕まえ、ことごとく計測し、容赦なく糞分析し、美女をこよなく愛する中肉中背の研究者だ。むろん、恐竜学に精通していないと胸を張って公言できるし、古生物学会にも地質学会にも入っていない。恐竜学という広大な海を横目に、ホテルのプールサイドでフライドチキンをむしゃむしゃ食べている程度の関係だ。このため、この本では断片的な事実から針小棒大、御都合主義をまかり通すこともしばしば見受けられる。あくまでも、鳥の研究者が現生鳥類の生態を介して恐竜の生活をプロファイリングした御伽噺だと、覚悟して読んでほしい。いうまでもないが、この本は恐竜学に対する挑戦状ではない。身の程知らずのラブレターである。

 実際には恐竜学の最新論文まできちんとキャッチアップしており、提出する仮説、仮定については既存の恐竜学で補強できる部分についてはしっかりとおさえ、まだ未解明の部分(恐竜学については未解明の部分だらけだが)については、その進化形態である鳥類から推測して、「こんな可能性があるんじゃないか」「こんな可能性もあるんじゃないか」と仮説をつぎつぎと披露していってくれる。

 図鑑などをみるとさも恐竜を実際にみてきました! とばかりに克明な恐竜の姿が書かれているが、実際は骨だけの推測であり、どんな肉付きで、どんな色をしていて、具体的にどんな生活を送っていたのかなど骨だけでわかるものではない。つまり想像し放題ということだ。恐竜はさえずるのか、白い恐竜はいるのか、自分の尻尾をとかげのように切る恐竜はいただろうか、毒を持っている個体はいたのだろうか、樹状に巣をつくる恐竜はいたのだろうか、ハトのように頭を振りながら歩いただろうか……などなど。

 そうした現状資料だけではわからない部分を鳥類含む生物学の知識から空想をふくらませていこうよ、という内容で、「正しいか正しくないか」と読むものでもない。正しいか正しくないかという観点からいえばほとんど真偽の確認などできないだろう。だから、「いろんな可能性があるなあ」と考えながら楽しむものである。実際、ある仮定をおいてそこから現状推測できる事実を組み立ててありえる可能性を模索していくのは、何億年も前に存在した恐竜、しかもほとんどの場合骨しか残ってねえという強敵のわりには、それっぽい理屈が出せるので、心躍る体験だ。

 あと引用部をちゃんと読んでいる人はすぐにわかったと思うが、文体はかなりおちゃらけている。随所に笑わせてやろうという工夫がみられる。ガンダムに恐竜の大きさを例えたりとサブカルネタも豊富であり、欄外のネタ(実はのび太の恐竜は分類的には恐竜ではない)もいちいち笑わせてくれる。全体的にオヤジ臭いノリで(書いているのはオヤジなのだから仕方ない)、「ノンフィクションが読みたいのであってギャグが読みたいんじゃねえ」と受け付けない人もいそうだが、僕はげらげら笑いながら読んだ。*1

 恐竜について詳しく知ったり、ありえたかもしれない状態を想像することは、読んだ人を仕事の面で有能にすることはしないし、人に自慢したところで誰も嬉しがってくれない、実質的には何の役にも立たないものだ。でも何億年もの過去まで想像力を飛ばして、そこであったかもしれないこと、そこで行われていたかもしれない営み、生活に思いを馳せるのは、たとえそれが過去であったとしても良質なSFを読んでいるような面白さがある。役に立たなくてもいいじゃないか、面白ければ。

鳥類学者 無謀にも恐竜を語る (生物ミステリー)

鳥類学者 無謀にも恐竜を語る (生物ミステリー)

*1:げらげらは明らかに言いすぎたが、にやにや笑いながら読んだと実際のことを書くのもためらわれるのでげらげらと書いた。