基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

人類が知っていることすべての短い歴史(新潮文庫) by ビルブライソン

すべてのと言い切ってしまうのはいくらなんでも誇大広告じゃろうとは思うものの、それはそれとして名著なのに代わりはない。これほどワクワクとした気分で人類が発見してきた科学的な成果を概観し、噛み砕いて教えてくれる本はそうは存在していない。それぐらい読者の目線まで降りてきて、根本的な疑問からはじめてくれる。上下巻で合わせると1000ページを超える啓蒙科学書の大著ではあるが、内容から考えるとよくもこれだけの枚数に圧縮したものだと読み終えた時に驚くだろう。

何より素晴らしいのはその範囲の広さ。地球が出来て、生命が生まれ、人間が科学を進歩させる過程の中でたくさんの事が明らかになった。宇宙はどのようにしてはじまったのか。物は何でできているのか。人間はどのようにして生まれたのか。そもそも生命はどのようにして生まれたのか。地震はなぜ起こるのか。火山は、人間の身体は何で出来ているのか……。我々が生まれてきてから一度は問いかけたことのある数々の疑問にこれ以上ないほど明快に答えを出して行ってくれるのだ。そしてもちろん「何がまだわかっていないのか」についても教えてくれる。

その範囲の広さを支えるためには物事をよく噛み砕き、すべてを説明できるわけではないのだから何を語るのかを取捨選択しなければいけない。本質だけ語ればそれで良いというわけではない。事実の列挙とはいっても専門用語が立ち並び、突き放したように書かれてもなんのことだかよくわからない。比喩を使えばわかりやすくはなるが、比喩を使うと実際に起こっていることから遠ざかってしまう可能性は上がる。何より科学はその実際性、再現性を重んじるプロセスのことだから、両者の綱引きは難しいところだ。

本書はまあとにかくそのあたりの絶妙なバランス、表現する文章がすごくて、事実を事実として述べながら人を惹きつける為の技術に満ちている。内容に興味がなくても、魅力的で人を惹きつける文章とはなんなのかの教科書として参照してもいいぐらいだ。一例をあげればごくごく単純な事実の列挙からはじまって、アクセルを踏み込んだように一気に驚きの事象まで想像を広げさせてくれる領域にまで到達する文章がある。たとえば細胞について端的にまとめられた章の書き出しをみてみよう。

 すべてはたった一個の細胞から始まる。最初の細胞が分裂して二個になり、その二個が四個になり、以下同様に続いていく。この倍加を四十七回くり返すだけで、体の細胞が一京(一〇、〇〇〇、〇〇〇、〇〇〇、〇〇〇、〇〇〇)個になり、人間として生まれ出る準備が整う。そして、これらの細胞のひとつひとつが、生まれ落ちてから息を引き取る最後の瞬間に至るまで、人間を保護し、成長を促すすべを正確に心得ている。

思うにこの面白さというのは、説明の簡略さと要約のたくみさからくるところもあるが常に読者を想定し、読者が人間だからこそ気になる「自分自身のこと」に引きつけて文章が展開されていくことなのではないかと思う。もちろんこの後もアクセル全開で語っていくわけだが、つねに「あなた」と読者に向けて語りかけて、ここに書いてあることは原子のことも宇宙のはじまりも地球の形成の話も生命の誕生の話もすべて「あなた」に関係があることなのですよという姿勢を崩すことがない。

もちろんここで書かれていることは到底「すべて」とはいえない。範囲的な意味でもそうだし、説明はよくまとまり、好奇心を掻き立てるものではあるものの完全ではない。たとえば月の形成過程については火星くらいの大きさの物体が地球に激突して、月を作れるだけの物質を地球から吹き飛ばしそれが最終的に固まって月になった「らしい」と端的に書いているがこれなんかも有力な仮説の域を出ないものである。本書は翻訳版ですら出たのは2006年であり、それから9年もの月日が流れているのだから内容的に否定されたり、状況が変わっている部分も多い。

だが我々が宇宙はどうやってできたんだろう、細胞はどのようにして体をつくりあげて日々新陳代謝を行うんだろう、かつて何度か起こった生物の絶滅はいったい何故起こったんだろうと、日々ただ生きているだけでは気にもとめずに流してしまうような当たり前のことを「疑問に思いわくわくすること」を本書は手助けしてくれる。こういう紹介を読んだり実際に自分で読んだりするとすぐに「子供に読ませたい」とか「子供の時に読みたかった」とかいう疲れた大人が出てくるけど、大人だって改めてわくわくすればいいのだ。

人類が知っていることすべての短い歴史(上) (新潮文庫)

人類が知っていることすべての短い歴史(上) (新潮文庫)

人類が知っていることすべての短い歴史(下) (新潮文庫)

人類が知っていることすべての短い歴史(下) (新潮文庫)