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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

みならいディーバという奇跡

この世は常に失敗を怖れない偉大な開拓者たちによって切り開かれてきた。

一番乗りの開拓者には、そのリスクと引き換えにあるボーナスが与えられる。後続が洗練され、より優れたことをやる前のことなので、「たとえぐだぐだであっても、クォリティが低くても、成立していることそれ自体が奇跡だ!」という感覚が沸き起こってくるのだ。初期のiPhoneを思い返すがいい。あの頃のiPhoneはメールがきてもそれを通知する機能すらなかったのだ。だがそれでもみな嬉々としてiPhoneを触っていた。はじめて人が乗れる飛行機ができたときだって、今の旅客機からすればカスみたいなものだがみなそのクオリティに感動していた。なぜならそれは成立したことそれ自体が充分に奇跡的であり、エンターテイメントとなるからだ。

このみならいディーバはそういう意味で言えばアニメの世界で成立した奇跡である。製作総指揮の吉田尚記氏は『「『アニメを見たい』という気持ちは、『見たことがないものを見たい』って気持ちだと思います。この世のまだ存在したことのない生放送アニメをお届けします!」』みならいディーバ:史上初の生アニメ7月放送決定 - MANTANWEB(まんたんウェブ) と語っているが、見たことがないどころか想像すらしたことがなかったものが突然現れて頭を横合いから殴りつけられたような衝撃を受けた。毎週新しい企画が盛り込まれる度に「そこまでやるのか!」と度肝を抜かれる。もはやそこで行われる出来事が「洗練されているかどうか」といった評価軸は通用せず、毎度毎度爆弾をぶっこんでくるのでそれに対してただただ驚くだけで精一杯になっていく。

みならいディーバとはなにか

さてさてそもそもみならいディーバとはなにか。基本的にはNOTTVという日本初スマホ向け放送局番組を配信しているチャンネルで2014年7月14日から9月22日まで、1話につき50分、全10話で「生放送」されたアニメーション作品である。一応ストーリーもあって、ルリとウイというデビューしたての売れない音声合成ソフトが大人気になるために自分たちで曲を作って自作自演的に歌って人気を得ようとする話だ。まあいきなりあらすじだけ説明されても意味がわからないと思うが。

それ以前の問題として。これがアニメーション作品なら多くの人間は特に補足説明もなしに受け入れられるだろう。しかし「生放送」とはどういうことか。アニメで生放送。リアルタイムに人間が描くわけにはいかないので、そこにはトリックがあるわけだが、それがモーションキャプチャーを声優に装着しフルCGのキャラクターと連動させ、声優にリアルタイム演技をさせる試みだった。ここから先は具体的な内容について触れていくことになるが、明確なストーリーがあるわけでもなくネタバレという概念はほぼ存在しない。ただあまりにも新しい作品であり、その説明を文字でしていくのも限界があるのでここまでで興味が惹かれる部分があるのなら、ニコニコ動画で一話が無料なので一度見てから説明を読んでもらいたいところである。

さえずりパートついて

生放送で声優に台本をわたしてその通りに演技を遂行していくというのでは単なる「ちゃんとしたアニメ」の出来損ないにすぎない。当然そんな道をわざわざモーションキャプチャを導入してとるわけがないのだ。『みならいディーバ』は生放送アニメの特性を活かした「双方向性」「突発性」を軸にして話を展開していく。たとえば双方向性。前半部分で「さえずりパート」といい、あらかじめつくられている音源に対してこの作品のエンディング歌詞をTwitterなどのSNS上で募集して即興でエンディング曲を作っていくパートになっている。

どういうことかうまく想像できないかもしれないが、メインのキャラクタをつとめる蒼井ルリ(演者;村川梨衣)と春音ウイ(演者;山本希望)の二人がTwitterなどにタグ付きでコメントされたものから気になるものを「これなんかいいんじゃない」「こんなコンセプトでいこう」と先導していって、その後の20分近くの別コーナーをやっている最中にスタッフがリアルタイムで強引に歌詞を創りあげるという無茶苦茶な企画である。たとえば第一話であれば「初回だからみんなに自己紹介するような歌詞にしたい」といって曲名が「ぽんこつプリンセス」になったり、後半にいたっては「この感じ、ハーレム物のあるあるなやつだ!」といって曲名が「真面目に作ったはずの歌詞がただのラノベなんだが」になったりする(もちろん歌詞もひどい)。

何が出てくるのかさっぱり予想もつかないし、大抵まともな歌詞になったりもしないがその分たまに良い歌詞ができると感動する。うなぎと結婚をなぜか同時に唄い上げた曲があったかと思えばひたすらつらい現実から逃避するような歌詞をつくりあげたりする。最初の方については、演者もまだまだ「ちゃんと歌詞をつくらねば」という常識があったようで、ちゃんと歌詞をピックアップし、自分たちで歌詞をつくろうとする意志が感じられた。そしてそれは確かに「生放送特有の現象」であるところの「双方向性」を担保するものではあったのだが、せっかく演者の動きをキャプチャするにも関わらず動きが少なくなってしまい退屈だったのも確かである。

しかし後半にうつっていくに連れて両者の関係性もより深くなりツッコミとボケのスムーズな移行も行われ、歌詞そっちのけでボケとツッコミを繰り返したり、曲の最中に狂ったように踊り続けていたり、お互いを蛙とイルカになぞらえた即興的な小芝居をはじめたりする。完全に内容的に噛み合っていないものも多いが、とにかく喋りを止めたら放送が事故ってしまうので強引に話を続けていく様が無理やりすぎて笑える。関係性が極まる第9話にいたっては「星を見ればすべてが忘れられる」という歌詞がツイートされたのを受けて突然「じゃあやってみようよ」といって小芝居がはじまったりする。

じゃあやってみようよってなんだよ! そして一人川辺で座っている人間と、もう一人がなぜか「石を川に投げて生活しているプロ石投げ屋」という異次元設定を導入しはじめ話がわけのわからない場所へと転がっていく。そらそうだよ、なんで「星を見ればすべてが忘れられる」が「じゃあやってみようよ」になって一人が「石を川に投げて生活しているプロ石投げ屋」になるんだよともはやどこからツッコミを入れていいのかわからないような状況だが、とにかくこのさえずりパートの自由さは回を増すごとにあがっていき、面白さ(というよりカオスさ)もそれに比例してあがっていくのは確かだ。

はばたきパートについて

生放送の大きな利点の一つはさっき挙げた「双方向性」だが、もうひとつは「突発性」になるだろう。もちろん突発性の面白さはさえずりパートにも存分に盛り込まれている。突然石投げ屋が出てくる小芝居が始まるなんて普通じゃありえない。しかもまだまだ完璧なシステムじゃないせいでしょっちゅう動きが止まったり、システム的に動作しなくなって磔のような状態になったりする。たとえば右腕だけが動かなくなった回があるが、それも邪気眼ネタで笑いに回収してしまうような突発・リアルタイム性がある。

しかしはばたきパートについては(企画にもよるが)双方向性をほぼ排除して、突発性に特化している。突如演者にお題をふってそれに対しての対応力をはかる、リアルタイム性を如実に押し出した企画が目白押しだ。第一話からして『裏番組を見ながら話そう♪』。これは同時にやっている裏番組をみながら話すという本当にただそれだけの企画で、正直言って同時視聴していないと何を言っているのかぜんぜんわからなくて完全にスベっているのだがとにかく異常なことをやっていることだけはわかる。

だが『裏番組を見ながら話そう♪』は全10話の中でもっともヌルいお題だったことが次回以後見ていくことで明らかになっていく。たとえば第五話では『もっともっとたくさんの人に褒めてもらいたいから視聴者に「うすうす思っていること」をぶつけてもらおう♪』といってみならいディーバを秋葉のパブリック・ビューイングで視聴している人間に突撃してリアルな感想を聞き出すという無茶苦茶な企画になっている。しかも普通その辺は良いことを言ってくれる観客を仕込むのだろうがガチなのかあるいはわざと仕込んだのかはわからないが、ダメ出しが入る。一人はガチヘコみで無言に、「媚びてるかなあ〜って」と言われた方は「媚びてて何が悪いんだぁ?」と返すなどガチ感がひどかった。

ガチ感といえば第二話の『すごく難しいジェスチャークイズ』もひどくて、なんと正解したら演者のギャラがガチで三倍になるというビッグサプライズに沸き立つ二人。「なんと、ギャラがガチで三倍になります!」「うええええええええ!?」ただしお題は本当にめちゃくちゃ難しくて一問目から「反復横飛び中に術後の傷が開いてしまったイタリア人」、二問目が「転入届けを出しに来たらすごく待たされて長い首がさらに長くなっているキリン似の男」など完全に正解させる気がない。なんなんだそれ、術後の傷なんてどうやってジェスチャーすれば……ていうかイタリア人……。

それでもなんとかイタリア人を表現しようと鼻の長さをアピールしてみたりピザを食べてみたり、転入届けをなんとか理解させようと苦労している姿がひたすらアホらしくて笑える。二話については、三問目までしか時間の都合上出題されなかったが、コメンタリーを観ると五問目までいくともはや何らかの言語ですらない無意味な言葉の羅列になっていたらしい。そんなものどうやってジェスチャーで表現すればいいんだ、狂ってやがる。ガチ三倍に物凄い反応を返す演者陣の反応も面白かったが問題のガチ感も絶妙でみならいディーバが飛躍した回だったといえる。

あとお題のインパクトだけでいえば第六話の「巨大掲示板のニュー速VIPにスレッドを立ててみよう♪」も相当ひどい。実際にスタッフがリアルタイムにスレを立て、そこに集まってきた質問に答えるという無茶苦茶さ。これなんかお題をみた瞬間に吹き出したけど、実際はサーバは落ちるわ質問はつまらないものしかこないわその後荒れに荒れまくるわで面白さとしては洗練されていない。ただそんなことがどうでもよくなるぐらいに初見のインパクトは絶大な回であった。

この他にも面白い回ばかりなのだが、ちょっと文字で説明するのが困難なものばかりなので断念。個人的に一番笑ったのは番組中にBDの宣伝CMをつくろうという企画の中で、MCのごぼうちゃん(吉田尚記)とルリに「賞賛する歌を歌え」とか「盆と正月が一度に来たようなダンスを踊れ」とか無茶ぶりなお題が出されて二人がそれにアドリブで答えるのだがもうめちゃくちゃ。しまいには賞賛する歌と盆と正月ダンスを同時にやれなどのムチャぶりがとんできて圧倒的カオス感に到達する。

演者の個性の把握、発展

僕はこのみならいディーバをみるまで声優にほとんど興味がなかったので、演者の村川梨衣さんも山本希望さんもどちらも知らなかった。そのせいもあったかもしれないが、話数が進む度に両者の個性が把握されてきて、それぞれがそれぞれの特性を活かしつつ話が展開し、さらには演者二人がそれぞれお互いの扱い、あるいは「生放送での遊び方」を覚えてくるリアルタイムに劇的に変化していく様が毎週ごとに見えて面白いのだ。そして生放送アニメーションということは、その時々のネタを次の回で回収できるということでもある。

本作は何度も事故に遭遇するが、その度にその事故を作中でネタにすることで、事故をその作品構造の中に組み入れてきた。事故が回収できるという仕組みは大きい。たとえば村川梨衣さんというのは元々強烈な個性の持ち主で、一人で喋らせると頭のなかでどんどん設定をつくりあげて一人小芝居を延々としゃべり続けるのだが一人で長々と尺をとって意味不明な話をし続けるので完全に事故っている。コーナーはどんどん圧迫され本来やるはずだった半分もできない。しかしその途方も無い尺泥棒っぷりがその後第八話で回収され、「ルーリーに気持ちよくノリツッコミさせルーリー♪」とコーナーとして設立されるまでに至った。

気持ちよさそうに自分の世界観を展開していく(ただしまったく意味はわからない)第七話はひたすらにカオスで面白かった。

アニメでやる意味は? そこまでやるんだったら声優が実写でいいじゃん?

実は観る前までは「声優が実写でやればいいじゃん」とそう思っていたのだが、実態は異なる。間違いなく本作がアニメじゃなかったらここまで面白くならなかっただろう。それはやはり二次元と三次元はたとえその動きまでをリアルタイムで連動させていたとしても「まったくの別物なのだ」という当たり前の部分に価値があるのだと思う。たとえば演者の一人である山本希望さんはやたらと腰回りをくねくねさせる扇情的なポーズをとったり、ブリッジをとったりと無茶苦茶な行動を重ねるが、それも三次元ではなく二次元(ここでは二次元=虚構空間ぐらいの意味で使う)だからこそためらいなくできることだろう

ようは二次元であるということは決定的にその中の演者の動きを変えるのである。作中何度も村川梨衣さん演じるルリはジョジョのパロディでオラオラオラオラとNPCのペンギンを殴りつけるがそれも二次元だからこそだ。本質的に「二次元世界である」というその虚構性の中に三次元性を持ち込んだ歪みの面白さがある。あと一応「ボーカロイド的な何かである」という設定は忘れていないので、生中継でパブリック・ビューイングに乗り込むときなども「人間だー」「人間とのファーストコンタクトだー」などとナチュラルにおかしな会話が繰り広げられることになるのも面白い。

最終話について

最終話はこれまで作ってきたエンディング曲を全部歌うライブを行い、それを生中継するという内容になった。これまでのアドリブ性の結晶たるエンディング曲が勢揃いし、歌詞を間違えまくりながらも歌いきったその姿に、そこまで9話ものみならいディーバに付き合ってきた視聴者としては感動が止まらなかった。一度たりとも安穏とした、成功のわかっている回はなかった。毎回毎回事故が起こり、何がどうなるのかわからない挑戦をぶちあげてみせ、時には成功し時には派手に失敗してきた。しかしその失敗までも含めて、破壊的に面白かったのだ。

他のアニメと同列に並べて評価できる作品ではない。唯一無二の、革命を起こした作品だった。生放送でできることは全部やってやろうというようにやりつくし、生放送アニメというかつてない番組に最適な演者が奇跡的に揃い(それを揃えられたのは吉田さんの功績が大きいのだろう)、声優のアドリブ性を導入して番組を成立させる経験を積んできた石ダテコー太郎という唯一無二の才能を監督に据え、まさに奇跡的な作品となって結実した。これを笑いの面で超えるには技術の進歩を待つしかないだろう。生放送アニメという領域を突如創出させ、後進がきてもしばらくは何一つ収穫できないぐらい徹底的に刈り尽くした破壊的な傑作だったという他ない。

余談。何で見たらいいのか

僕が知らないだけかもしれないが、無料で観る手段は今のところ存在していないと思う。違法を除けば。僕は最初はニコニコ動画で観て、今は課金して何度も見返している。2000円払えば全話が無期限で視聴できるので安いものだ。しかも性質上多くの人間でツッコミを入れながら観るのが楽しい。だからこれから観ようと思っている人がいるならば、まずはニコニコ動画で一話を観て、それで気に入ったら次話以後課金して観てみることをおすすめする。

そしてBDも現在7・8話が収録されている4巻まで出ていて、こっちはこっちで無茶苦茶で面白い(ニコニコ動画に課金しただけでなくBDまで買った)。水面下ダイジェスト映像は五十分の放送を短く編集した実写映像で、アニメ映像が実際にはどのように撮られていたのかがわかる。キャスト楽屋打ち合わせコメンタリーは演者の2人と監督の石ダテコー太郎の3人で話しながら本編を観る一般的なもの。そして最後にスタッフインカム罵声コメンタリーというのがついていて、これは生放送中のスタッフの罵声が飛び交っているコメンタリーが50分入っている。

そんなものが面白いのかと疑問に思うかもしれないが、映像では綺麗にしゃべっているようにみえても裏のスタッフは水中であがいているアヒル的な何かのようにしっちゃかめっちゃかになっているのがわかって面白い。たとえば一話で磔になってしまったルリの部分を簡潔に抽出すると次のようになる⇒固まった! 固まった! 戻れますけどルリちゃん復帰してないです。事故ってない。フリーズした! 村川さんの通信が復帰しないんで……原因がわかりません。原因がわからないけど復旧しないってことね? このまま村川さんうつしちゃって! 磔になったルーリーがうつされる ⇒(スタッフ一同が)だはははははははははははwwwwww

あまりに実験的すぎる作品だったこともあってか(NOTTVの知名度が低すぎるのもあるが)話題に上ることもほとんどなくその革命性にたいして面白さが伝えられていないような気がする。気になったら手にとってみてください。

みならいディーバ (※生アニメ)~手羽先~ [Blu-ray]

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