読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

天才たちの日課 クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々 by メイソン・カリー

150人以上の人間(たぶん167人だと思うけど正確に数えたわけではない)作曲家や作家、絵描きといったアーティスト系の人間の日課を切り取ってみせた一冊。一人につき1ページから3ページぐらいまででざっくりと日課だけを並べていくので、なんともコンセプチュアルな一冊といえる。コンセプチュアルってなんだ。まあなんか「目的が明確な」ぐらいに捉えておいて下さい。

村上春樹からベートーヴェン、カントまでが並列的に並べられているわけで、「それはいくらなんでもざっくりしすぎだろう」とは思うし、そこから何らかの法則性を導き出すのも難しい。朝方の人間も入れば、夜にしか仕事ができないという人間もいる。きっちりと惑星の運航のようにルールに則って日々を過ごす作家もいれば、自堕落に何かが降ってくるのを待つ人間もいる。そういう本だから「これを読んでとても素晴らしい発想がわきました」とか「インスピレーションを得られました」とか「死ぬほど面白かった」という本ではない。

しかし一冊の物体、紙の集積の中に日課が凝縮されていると思うと、それだけでなんだか嬉しくなってくるのは僕だけだろうか。まじまじと手にとって、うーむこの中にいろんな人の日課が詰まっているんだなあと不思議に思っていろんな角度から本を眺めたりする。とてつもなく面白いというわけではないけれども、こういう目的が明確な本が僕は好きですね。家に置いて、時折ぱらっとめくる自分を想像したりするのが楽しい。そうはいっても時折ぱらっとめくるのは空想上の自分であって、実際は取り出されることもなく眠っているだけなんだけど。

さて、わりと「そんなに大した本でもない」とか「法則性を導き出すのも難しい」とかいきなりディスったような気もするけれど、それはそれとしてなかなか読みどころの多い本でもあると思う。たとえば法則性も枠を広げればけっこう見えてくるものだ。やっぱり作曲にしろ小説にしろ、きっちりと一日の中で書く時間を決めて、習慣的に向き合って書く作家の方が多作である。また長編を連続的に仕上げるためには、やはり規則的な生活が大きく寄与するようだ。破滅的な生活……酒に溺れ昼夜問わないような生活を続けている人間は、いくつかの長編は仕上げられてもそれ以上に仕上げ続けるのは困難な傾向があるように思う。

本書で唯一日本人から選出されている村上春樹さんもまた、ストイックに身体を動かし体力をつけ、毎日机に向かい続ける習慣が(少なくとも長編の時には)あると語っている。実際このように習慣づけてやる作家も多い。他の傾向としては、散歩をする哲学者・思想家が多いこととかかな。法則性を導き出したところで「そうすれば自分も天才になれる」というわけでもないからこのへんでやめておこうか。もうちょっと違う分類でもみてみたかったな。作家だけとか、国別とか。国によってもだいぶ違う気がするし。

著名な人間が多いので、インタビューからの抜粋が多いのも嬉しい。いろんな作家が自分の習慣について語った言葉が並べられていて、この作家はぜんぜん知らなかったけれど、読んでみたいかなとも思わせられる。個人的に一番おもしろいなこの人と思ったのはドミートリー・ショスタコーヴィチですね。有名な作曲家。書き出しからして面白い笑『ロシアの作曲家ショスタコーヴィチを直接知っている者で彼が仕事しているところを見た者はいない。』

ロシアの作曲家ショスタコーヴィチを直接知っている者で彼が仕事しているところを見た者はいない。少なくとも普通のやり方で仕事をしているところを見た者はいない。彼は新しい作品を完全に頭のなかでまとめることができた。それをあとから猛スピードで楽譜に書きつける──邪魔が入らなければ、一日に平均二十枚から三十枚の楽譜を書き、ほとんど修正もしなかった。「いつもびっくりさせられたんですが、兄は作曲するときに、ピアノで弾いてみる必要がまったくなかったんです」ショスタコーヴィチの妹はそういっている。「ただ椅子にすわって、頭のなかできいたものを書きだす。そのあと、完成したものをピアノで弾くんです。」

小説家でも物語は既に頭のなかにあってそれをただ書き出すだけというタイプや、ただ見えている状況をそのまま書いていくだけといったタイプの人もいるので、頭のなかに完成品があるというのは音楽に限らずあることではあると思うのだけど、音楽の場合はガッと気合を入れたら楽譜はすぐに埋まるのがおもしろいかな。日本だと菅野よう子さんは音楽は10分の長さのものでも実時間とは別に降りてくるといっていてなんなんだこの天才っぽい天才はと思ったものだけど、いるところにはいるものだ。「音楽が一秒で降りて来る瞬間、それは幸福な体験」音楽家・菅野よう子の世界(後編) - 日刊サイゾー 

──音楽が降りてくる瞬間ってどんな感覚ですか?
菅野 ん~っとね。すごい幸せで快感なんですよ。言葉にしちゃうと何か変なこと言ってる人みたいだけど、時空を超える経験。10分の長さの音楽でも実時間と別に降りてくる。リアルタイムに「ここがこうなって」と構成を考え出すわけじゃなくって「できた!」ってイメージが頭の中に広がる。ボコンって。普通はそれを曲とは言えないですよね。でもそれは私の中では10分の曲なんです。だから時間を超えてるんです。その瞬間、宇宙的というか......私、おかしい人ですか(笑)。その「できた!」って思う瞬間がすごい幸せですね。この感覚って説明できるものじゃないですけど。もちろん毎回そうだというわけではないけれど、そういうふうに出来た曲のことは全部幸せな経験として覚えています。

こんなかんじでエピソードを一つ一つ拾い上げていくこともできるけどキリがないのでこれぐらいでやめておこう。誰か日本でも似たようなことやりませんかね?

天才たちの日課  クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々

天才たちの日課 クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々