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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

私たちは今でも進化しているのか? by マーリーン ズック

科学ノンフィクション

原題が『PALEO FANTASY What Evolution Really Tells Us about Sex, Diet, and How We Live』なので邦題の内容を期待して読み始めると裏切られること必至。だが原題的な意味ではなかなかの一冊。原題と異なるにしても、原題が伝えている意味と別の内容を邦題にしてしまうのは売上はよくなるのかもしれないけど誠実さに欠けるなと思うな。あんまりどこが出したかなんて気にしないだろうけど僕は根深く覚えているからな。多くの翻訳ノンフィクションに当てはまる問題だけれども。

ちなみにパレオファンタジーとは何かといえば、これはアメリカで今流行っているという一万年以上前に生きていた原始人のライフスタイルを真似るライフスタイルのことを「パレオ式」ということからきているらしい。なんでそんなことをするのかといえば一応の根拠はあって、人間の身体は狩猟生活をしていた頃から変化していないのだから、椅子に座ってたり炭水化物ばっかりとったり乳製品をとったり椅子に座り続けているのは身体にあってないんだ! 原始時代の生活に戻って健康な生活を取り戻そう! むかしの人は癌もなかったし! 。

まあ……そうかなあ、そうだね、ずっと椅子に座っていると健康に悪いもんね、そういう研究結果も出てたしと思うところはあるが、それもやっぱり程度問題だろう。たしかに座るのは身体に悪い。現代の食生活は、元々の食生活からかけ離れていて肥満を誘発しているかもしれない。ただ乳製品など適応したものもあり、一般的な理解とは違って人間は今でも進化(変化)している。肥満や座るのが身体に悪いというのも「原始時代の生活をしていないから悪い」のではなく単純に「身体に悪いことをやっている」からで、その切り分けは科学的に行う必要がある。

だいたい過去の時代の生活を取り戻そうって、「いつの時点の過去よ」と疑問に思う。そしてたとえばそれが1万年前であれ5万年前であれその時の生活が現代で再現できるはずもない。当時狩猟などでケガをおっていたであろうことも現代であれば献血などで擬似的に達成できると言っているパレオ信者がいるらしくてそれはいくらなんでもと笑ってしまったが。まあそれは極端な例で実際には多かれ少なかれよく知ろうともせず「むかしはよかった。むかしに戻ろう」と言ってのける人間はどこにでもいて、「パレオファンタジー」という原始時代へ幻想を抱いている人達だけでなく抽象化して捉えるともっと広くレンジのとられた本だ。

本書の目的はパレオファンタジーに的を絞り、原因を科学的に切り分け、「我々はどのように変化・適応してきたのか」「過去の文明の変化は人類にどのような影響を与えたのか」「進化はどんなスピードで、どんなパターンでもたらされるのか」を細かくみていくことで「むかしはよかったっていうけど、むかしは実際こんなんだったんだよ」ということを教えてくれるようになっている。難点をあげればパレオファンタジーを標的にしているからか食卓や一夫多妻の起源について、石器時代人がどのように走って・歩いていたか、病気など扱う項目がばらっばらであることかな。あまりまとまりを感じない。

進化の速度

中でも一応中心テーマといえる進化の速度についてだけ軽く触れておこう。

第三章では、蛇とか蛙とか鳥とか魚がいったいどれぐらいの速度で形質を変化させていくのかを取り上げている。たとえばグッピー、捕食者がたくさんいるところのグッピーといないところのグッピーだと、前者の方がより若くて小さいうちに性的に成熟することがわかったそうだ。またその場合一度に産む数が多く、それぞれの子のサイズは小さい。ようはリスクを分散させているわけだけど、いったいどれぐらいの期間で起こった変化なのか? 人為的に同じ結果を誘発しようと環境構築を行った結果ほんの11年でこのような変化を獲得したという。蛇や蛙、亀も10年とかそんなもんで身体の大きさを捕食者や罠の危険性に応じてけっこう(15%とか)変えることが知られている。意外とその辺の動物は常に変化にさらされているようだ。

カメとかはどうでもいいから人間の進化の例を出せと読みながら思っていたが、これもいくつかはある。たとえばチベットの高地に住む先住民は高山病の症状が発症しない。酸素が減ると身体は酸素不足を補うために赤血球の生産を増やすが、これにより血液が濃くなるとさまざまな健康問題が生まれる。チベット人は血中ヘモグロビンの増加がみられない代わりに安静時の呼吸が速いのだという。そしてこのような高地に人が住むようになったのはここ3000年〜6000年前のことだ。つまりそれぐらいの期間で、この程度の変化は起こりえるようだ。

もちろん現代の生活が我々の身体にぴったりあったものであることはありえないが、現代の生活のどの部分が進化の許容範囲を超えてしまっているのかをデータと突き合わせて考えていく他ないのだろう。『たとえば座ることが多い生活は符牒に結びつきやすい。しかしその問題を改善するために、マンモス狩りをしていた原始人を見習うことはない。ただカウチから立ち上がればいいだけだ。』というのはもっともすぎて笑ってしまった。本書は最初に書いたようにパレオファンタジーをターゲットに人類史と進化についてさらい直していく本だけれども、「むかしはよかった」とついつい言いたくなる時にぐっと検証する考え方みたいなものも同時に提供してくれていると思う。

私たちは今でも進化しているのか?

私たちは今でも進化しているのか?