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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

PSYCHO-PASS GENESIS 1 by 吉上亮

SF

かつて冲方丁さんとの対談の中でかわぐちかいじさんは細かいアイディアは、最初のアイディアの中に、既に内蔵されているものなんです。と語っていた。それを読んだとき、ふうむ、なるほどなあと思ったものだった。その時即座に理解できたわけではないが、確かにそれは正しいのだろうと、いずれその言っていることがもっとよくわかるようになるだろうと思わせる内容だった。にすいです。 冲方丁対談集 - 基本読書 読んでから3年ほどが経ってだんだんと実感として理解出来てきたような気がする。根源的なアイディアというものは、その周辺にさらに多くのアイディアを眠らせているものだと。

そうやって必死に取り組んでいるうちに、「もし世界連邦ができれば、”国”が”地域”になり、国家という不自由なシステムから人間が独立できるんじゃないか」と、この物語が持つテーマに僕らも気が付いていく。最初から気付いているわけじゃないんですよ。ただ、そうした細かいアイディアは、「潜水艦が独立する」という漠然とした最初のアイディアの中に、既に内蔵されているものなんです。*1

PSYCHO-PASS サイコパスは魅力的なアニメだった。硬派な刑事物。学生も出てこない。シビュラシステムが管理する一見したところディストピアのようにも見える世界で懸命に自身らの職務を果たし、何がこの世界にとっての本当に正しい姿なのかを問いかけていく彼ら彼女らの姿は刑事物としてもSF物語としても魅力的な物である。細部に立ち入ればいくらでも褒める部分も、あるいはケチをつける部分もあるだろうが、それにしたってなかなかにバランスのとれた、まとまりのあるコンセプチュアルな物語だ。一期が虚淵玄及び深見真の、そして二期が冲方丁であるという脚本陣、本広克行という監督を迎え盤石の布陣といっていい。

だがドラマはその世界が既に成り立ってしまっている世界で始まっている。犯罪係数という指標によりまだ犯罪を犯してもいない人間を、犯罪を犯す可能性が高いとシステムが予測したことにより逮捕・検挙ができるシステム。シビュラという、市民のデータから職業上の適正やどのような相手とつがえばいいかまでトータルにサポートしてくれる福祉システム。多くの人間がその適切な配牌システムに則って行動し、潜在犯といってまだ犯罪も犯していない人間として排除される可能性もある社会、そんな自由意志を完全に無視したような人権侵害華々しい世界がどうやら受け入れられてしまっているらしい世界だ。

……受け入れられるだろうか? もちろんこうした世界観に則った上でのドラマとしてのPSYCHO-PASS サイコパスは面白く、魅力的なものであったことは既に書いた。そして物語はそのような世界に対して疑義を提出することで物語として駆動していく。だが観ている間に「そもそもの始まりとして、なぜ/どのようにしてこのような世界が受け入れられてしまったのだろう」という根本的な疑問が消えることはない。もちろんそんな事はある程度はスルーしながら楽しむものだ。ライトノベルを読むときに対して魅力的でもない主人公が何人もの女の子に言い寄られるのに文句を言ったりはしない、フィクションを楽しむとはある程度作者と読者の共犯関係のようなものの上に成り立つもので、だが疑問は疑問として残されている。

本書はそのような疑問を抱いた人の為のものであるのではないかと思う。PSYCHO-PASS サイコパス世界がいかにして成り立ったのか。どのようにして犯罪係数システムが導入され、まだ犯罪も犯していない人間を社会から排除することに対して、現場の人間がどのような葛藤を覚えたのか。もちろん本書には様々なフックが用意されている。たとえPSYCHO-PASS サイコパス世界に疑問を抱いていなかったとしても、世界観を深く掘り下げ、アニメや小説で語られてきた世界観を横にというよりは縦に拡張するストーリィはそれ自体が魅力的なものだ。それをサイコパスに相応しい、ゴツくてその威力を見た目から誇示しているような表紙に現れている銃を思わせる硬質な文体でゴリゴリと表現していく。

さらにアニメでは渋い声で、世の中の酸いも甘いも噛み分けたようなおじさんである征陸が初々しい26歳の青年(奇しくもというかなんというか著者と同年齢である)であり、彼のパーソナリティを決定づけるようないくつかの要素を形成していく過程も語られる(酒や嫁と子ども、古典作品を中心とした教養などなど)。昔ながらの刑事の勘を持つ師匠と、師弟物のような硬派な上下関係を構築させながらシビュラシステムがその猛威を振るい続ける社会の中で、征陸が葛藤し、自身の正義の在り方を常に問いかけ苦悩していく一つ一つの重みが、サイコパスという世界観全体への楔となって打ち込まれていく。

かわぐちかいじさんが語っていたように、サイコパスという世界観を仔細に検討し、その中にある要素を掘り下げていくことで新たな物語が生まれたのだ。単なるスピンオフのノベライズという枠を超えて作家・吉上亮の力量が十全に発揮された一つの作品として、また同時にサイコパスの世界観全体を根底から補強し、確固とした地盤を築き上げた作品として、広範な魅力を獲得した作品だと思った。SFマガジンcakes版の著者あとがきで次のように語っている通り*2 本書は全4巻の1巻目にあたるが、全てを書き終えた時にどのような全体像が見えるようになっているのか、とても楽しみな作品が始まったものだ。

 ゆえに今巻より、題名に、新たに創世記(ジェネシス)が冠されました。彼らの物語を通し、『PSYCHO-PASS サイコパス』の世界が、いかなる歴史を辿り、現実と分岐した異質な社会を確立させていったのか——その顛末が描かれます。これにより、その外延より始まった『PSYCHO-PASS サイコパス』の世界を見つめるまなざしは、ようやく世界の真実、その深奥に到達できるでしょう。
 それでは最終シリーズ全4巻となる創生の物語。改めまして、どうぞ、よろしくお願いいたします。

そして欲を言えば、早くサイコパスの枠を離れた著者オリジナルな次作が読んでみたいですね。パンツァークラウンフェイゼズからサイコパスを経てついた力がどのように発揮されるのか、今から楽しみです。

PSYCHO-PASS GENESIS 1 (ハヤカワ文庫 JA ヨ 4-6)

PSYCHO-PASS GENESIS 1 (ハヤカワ文庫 JA ヨ 4-6)