基本読書

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槐(エンジュ) by 月村了衛

「その展開で面白くならないはずがないだろ」というようなシチュエーションが物語には存在していて、月村了衛さんはそのシチュエーション構築能力がとても高い作家だと勝手に思っている。本作は読んでいて今がどのような状況なのか、これからこの著者が何をこの作品でやろうとしているのかが明らかになっていくたびにその異常さというか、そこまでやられたら笑うしかないし面白く無いはずがないだろ!! と手を叩いて喜んでしまう領域にどんどんと踏み込んでいく。

物語の冒頭は何やららしくない、男の子に恋をした為にあまり気乗りでない「野外活動部」の合宿に赴く少女の穏やかな学生青春物のノリから始まる。普通の少年少女達、飛び入りや代理で参加することになった女教師に規則規則うるさい教頭……何もおかしくはない、普通の学園モノがスタートするように思える。だが合宿先の携帯の電波も届かない隔離された空間で40億円の金を巡って半グレ(「暴力団に所属せずに犯罪を繰り返す集団」)軍団が人殺しをなんとも思わない倫理観でもって合宿場にいる人間を虐殺し始めた時に全てが変る! 保身に走るばかりで冴えないおっさんとしか思われていなかった教頭が覚悟を決めて生徒を守り、ただの女教師だと思われていた人間はアウトドアナイフで銃を持った男どもを音もなく切り裂き、殺していく──! 

ただの学生と素人だ、銃を持っている俺らにかなうわきゃねえと思っていたら半グレ軍団の人間からしてみれば、姿も見えない相手に次々と仲間が殺されていく恐怖、そして学生たちもそんな大人達に守られながら自分達の数少ない能力を活かして生き延びるための戦いを始めたのだから聞いてないっすよという感じだろう。中国マフィアまで参戦し凄腕含む学生陣営vs中国マフィア陣営vs半グレ陣営といった感じで冒頭の爽やかな始まりとは打って変わって血みどろのバトルロワイヤルが開幕するのだから、そこまでやるかと笑いと面白さがこみ上げてくる。

当然ただの女教師が凄腕のナイフテクを持っているわけではないし、教頭も冴えないおっさんではない。それぞれに秘された過去と、この状況を生き延びるために用意されたかのような能力があり、それが遺憾なく発揮されるシチュエーションが組み立てられていく。単純に銃撃メインのバトルロワイヤルかといえば中国拳法の使い手vs柔道の肉弾戦もあればスパイ戦じみた暗殺合戦もありリアリティレベルをだいぶ下げてでも「もっと、もっと面白いシチュエーションを!」と追求していくディティールの面白さも存在している。

混沌化していく状況、絶対的優位に立っていたと感じていた人間たちがいとも容易く殲滅されていく快感、「実はあいつも凄かった」式に力が開放されていく登場人物達にニッコニッコしているうちに話が終わってしまう超スピードエンターテイメントだ。狂った戦場での中学生たちの葛藤を描いていく青春小説的な側面はソバにふりかけるゴマぐらいの味付けのようにも思ったが、しかし血みどろエンターテイメントで終わらずにどこか爽やかさを残しているのはこの学生たちの存在のおかげもある。

槐(エンジュ)

槐(エンジュ)