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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

3652: 伊坂幸太郎エッセイ集 (新潮文庫) by 伊坂幸太郎

その他のノンフィクション

伊坂幸太郎のエッセイ集。五年前に出た単行本の文庫落ちで、その五年の間に書かれたものも収録されているからこっちが完全版ということになる。あと伊坂幸太郎さんへのインタビューを注として入れたものがけっこうたくさん入っているので、それをちまちまと読んでいくのもけっこう楽しい。

書名が謎かけのようになっているが、単にデビュー十年=365日*10、閏年が2日入って3652日、ということらしい。まあ、安直といえば安直だけれども、書名のぶっきらぼうさを反映させているかのようで、あっているなと思った。エッセイ自体も別段うまいわけではない。自身があとがきで真っ先にエッセイが得意ではありませんと宣言するように、四苦八苦しながらなんとかエッセイらしきものを仕立てあげているのがよく伝わってくる。

3652: 伊坂幸太郎エッセイ集 (新潮文庫)

3652: 伊坂幸太郎エッセイ集 (新潮文庫)

実際には本書は、エッセイだけではなく文庫解説なども収録されているのだが、滑らかに、饒舌そのものに展開する小説と比較するとやはりその文章はつっかえつっかえといった感じだ。そんなにひどいわけではないんだけど、「ああ、あんまり得意じゃないんだな」っていうのは充分に伝わってくる。それでつまらないのか──といえばそうでもなく、つっかえつっかえながらも、そこにはきちんと言いたいことが存在していて、そうか、それならば読もう、と思わせてくれる。

ただ、本人が得意ではないことを自覚して、極力依頼を受けないようにしているせいでで10年もの期間のエッセイをひとまとめにして文庫一冊に集約出来てしまう。それはこのエッセイ集の面白みの一つだろうと思う。最初期のエッセイはデビュー前の2000年前後の話から始まっている。その頃のエッセイはまったくもって自身がなさそうで、未来がなさそうで、ヘタレそうで、ううん、なんだかこの人はダメなんじゃないかなあと思わせるひょろひょろな感じだ。それが年を経るごとに作家としてデビューし、専業作家として生きていく決心をして、その後ヒット作を連発させ、映画化も何作も実行されていくことになる。

後年も別に自信満々になるわけではないが──、デビュー前の情けない漢字のエッセイと一緒に、その10年後ぐらい先の映画監督との会話がエッセイの中で綴られて行ったりするわけだから、感慨深いものがある。おお、伊坂幸太郎さん、よくもまあ作家としていきているなあと。ちなみにエッセイの内容自体はどうでもいいような話も多い。喫茶店でみかけたちょっとおもしろい会話をした人達の会話をそのまま載せて1,2行感想を付け加えたりするだけとか、それはツイッターに書けと言いたくなるようなものだ。

それでもぐっとくる話もいくつもある。個人的に良かったのは、デビュー前に、選考から落ちた時に北方謙三氏から力強い慰めを受けた話と、伊坂さんが専業作家として食っていくためのことを決めたあたりのエピソード。北方謙三さんのエピソードは、伊坂さんがデビュー前の話で、ミステリー新人賞のパーティ会場で、自分の好きだったポイントをけなされて、落とされて、へこんで、入り口の近くでぽつーんと立っていた時の話。

 選考委員の一人だった北方謙三さんが、編集者たちと一緒に会場に慌ただしく入ってきて、ちょうど入口隅のところにいた僕の肩を叩いた。「後で、俺のところに来い。話をしよう」
 実際に話をしてくれた。「とにかくたくさん書け。何千枚も書け」「踏んづけられて、批判されても書け」「もっとシンプルな話がきっといい」
 おそらく若い小説書きがいたら北方さんはいつもこんな風に励ますのだろう。明日になったら僕のことなど忘れているだろう。そう思いながらも救われた気分だった。

この部分については注にて、たしかに北方さんはよく覚えてないし、そういうことをよく言うから俺はと語っていたという後日談も語られているのだけど、そうだとしてもなんかいいなと思う。別に覚えている、覚えていないというのは大きな問題ではないのだ。大きな新人賞で落ちて、けなされて、ヘコまない人間もそうそういないだろう。喋る相手もいないパーティにきて、手持ち無沙汰で、この後どうしようかなあとふわふわとしているような時に、強引にでも話をしてくれて、書き続けろといってくれたらそれは救いになるだろう、そりゃそうだと僕は思う。気遣った百の言葉よりもシンプルな力強い一つの言葉の方が響くことというのはよくあって(もちろんその逆もあるんだけれども)、これは明らかにそのケースだ。『ただ、やはりあの時の北方さんの「俺のところに来い」がなければ、僕はまた小説を書こうとはしなかったはずだ。』

もう一つは、こっちもやはり作家・伊坂幸太郎にとっての大きな転機となった専業作家になることを決意した時の話だ。当然ながら作家で食っていくなんてなかなかできるもんでもない。三年は会社を辞めてはいけませんよ、と編集者から伊坂幸太郎も言われていた。ただ経験が増えるにつれ仕事も増え忙しさも増す、そうしたらなかなか小説に割く時間もとれなくなる。結局のところ、三年も待たずに、仕事をやめてしまうのだが──

 その日、僕は通勤のバスの座席でウォークマンを聴いていました。外を眺め、お気に入りの曲を聴いていたのですが、なぜかその日に限って、その曲がいつも以上に新鮮に聞こえてきました。曲のフレーズに頭を殴られ、同時になぜか、自分が取り掛かっている小説のことを思い出しました。理由は分かりませんが、ただ、「小説に専念しない限り、この曲に勝てるような作品は作れないんじゃないかな」と思ったのです。

小説を書く上で勝ち負けの対象になるのが同じ小説ではなく、音楽であるところが個人的には面白いなと思った。僕自身は単なるブログ書きにすぎないが、それでもそれなりに覚悟と挑戦感覚を持って、これをやっているつもりだ。その対戦相手は他のブログ書きやら同ジャンルの文章書きというよりかは音楽やアニメのスゴイ「一瞬」みたいなものを僕も書いている時に感じたいし、読んでいる人間にも伝わるように書きたいと思ったりする。つくった人間が「やってやったぜ!!」と言っている時の顔がみえるときというのがあって、ジャンルを問わずにそういう顔がみえることがやりたいなと思うわけである。まあ、僕は仕事をやめないけど。

自分の話になってしまったが、一人の作家が生まれでて、そして覚悟を決め、その道を歩き出す一つの長大な物語のようにも読める。ま、いうても伊坂幸太郎ファン以外が読む必要はないけれども、ファンならくだらない話も含めてなかなか楽しめる一冊だ。