基本読書

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時を紡ぐ少女 (創元SF文庫) by ジェニファー・アルビン(訳:杉田七重)

今月発売のSFマガジン2015年8月号の海外SFレビューの中で取り上げている一冊だけれども、これは特別取り上げておこうと思う。三部作の一作目で、なかなかおもしろいだけに売上がなくて続きが出ないようだと困るのだ。

時を紡ぐ少女 (創元SF文庫)

時を紡ぐ少女 (創元SF文庫)

本書『時を紡ぐ少女』はアメリカの女性作家ジェニファー・アルビンのデビュー作。この書名は当然ながら「時をかける少女」リスペクトで現代はCREWEL(刺繍?)だからぜんぜん違う。じゃあ刺繍とか紡ぐってなんなのよといえば、この世界は繊維によって構成されており、一部の才能ある刺繍娘たちはその世界の繊維がみえ、それを織ることで全てをコントロールできるというなかなかとんでもな世界観なのだ。

世界観の面白さ

全てが繊維によって構成され、織ることによって世界は変化していく、幻想的な世界。この作品の面白さの一つはまずこの設定的・世界観への面白さにある。ちなみに「全て」とは適当に大きな言葉を使っているのではなく、文字通り全てであり、人の生死から記憶の操作、新しい赤ちゃんを生み出すのも刺繍娘らが担当するし、食料生産も気候管理も土地管理も何からなにまでこの刺繍娘とそれを管理する政府が行っているのだ。必然この世界はすべてのコントロール権を握っている政府による管理者会の様相を呈してくる。

 アラスの平和と繁栄は、あなた方の腕ひとつにかかっています。定められたパターンに従って正確に糸を刺していくことで、町を順調に機能させることができ、つねに織り目に目を光らせて劣化した部分を発見することで、市民生活に危険を及ぼす行動や状況を未然に見つけることができる。異常な糸を抜糸したり、改糸したりという操作には特別な技術がつかわれます。わたしたちはアラスじゅうの学校と密に連携をとりあい、危険分子はわかいうちに摘み取ります。これによって犯罪や事故の起きない社会が維持できる。ですから、織り目に何か異常を発見したら、手遅れにならないように、すみやかに報告してください。

とある年齢に達した娘たちはみな刺繍娘の才能があるかないかの判定を受け、判定を受けると中央政府に連れて行かれてしまう。一般的には名誉なことだとされているが──、まあそんな政府がろくな存在であるはずがないよね、っていう。主人公のアデリス・ルイスは飛び抜けた才能を持った刺繍娘で、なんとか政府の人員調達を逃れようとしているのだが呆気無くバレて中央政府に引っ立てられていく。

飛び抜けた才能とは何かといえば、刺繍娘らは織機を使って世界を織るのだがアデリスは何も使わずに織ることができるのだ。それどころか、織機を使わずに時間さえも操作してみせる。『たしかに、きみの才能が露見したのはたまたまだ。織機が作動していなかったのがよかった。織機をつかわずに時間の糸を操作することができる女はめったにいない。驚くべき才能だ。』一体全体どういう原理で時が止まっているのかこの時点ではさっぱり明らかにされないのだが、物語の後半部分でこの原理がこの世界の成り立ちに深く関わっていることが明らかにされる。そこからぐっと面白くなるんだけど、そこで終わっちゃうからなあ……。

個人的に良かったのは世界観というよりかは、刺繍娘が世界を織る時の繊細な描写だ。どういう風にそれが行われるのかといった背景はともかく、設定的な作り込みの部分はさほどでもないのだが描写が上手くて引き込まれてしまう。特に印象的な、時を止める(WRYYYYYYYY)シーンを一部抜粋するとこんな感じ。何をやっているのかはよくわからないが、描写として時が止まっていくのがよくわかる描写と演出でなんともぐっとくる。

 金色をした時間の糸に、色とりどりの物質の糸が密にからみついた帯。その時間の部分だけを見極めるためには、さらに意識を集中させないといけない。織機があれば簡単なのだが、ここではそうはいかない。しかし時間の糸はつねに前進しているので、その動きに焦点を合わせれば難しくはなかった。傷ついた指を伸ばして、時間の糸をつまんでねじりとる。暖炉の火がごうっと燃えあがり、薪のはぜる音が耳いっぱいに広がった。温度調整がされているにもかかわらず、周囲の温度がいきなり下がった。わたしはねじりとった時間の糸をほぐし、それを頭上からはじめて、下へ下へと織っていく。足もとの織物近くまで織りあげたときには、わたしたちふたりは金色の光のドームにすっぽり覆われていた。ちらちら光るドームは透明で、暖炉も部屋の様子も見透かすことができたが、もう薪のはぜる音は聞こえず、めらめら燃えていた暖炉の炎も、だんだん動きが鈍くなっていく。最後の部分を織りあげてドームを封じたとたん、外界が凍りついた。

女の園

さて、基本的には世界の織り目が見ることの出来るのは女性、それも処女でなければならないのだという。必然刺繍娘らの世界は女の園と成り果てており、幻想的な世界で女の子たちがきゃっきゃうふふしながら仲良く世界運営にあたって──とはならない。作者自身が女性ということもあるし、ミズーリ大学では18世紀の女性をテーマに研究して文学修士号を取得していることも関係してか女の世界や同性愛が問題として立ち上がってくる。圧倒的な才能がある故に訓練係のマエラは勝手に自尊心を傷つけられているし、その上アデリスはマエラのイケメンの秘書エリックとあっという間に恋仲になってしまう。

マエラは嫉妬にくるってアデリスに次々と嫌がらせを仕掛け貶めようとしてくるし、次々と投入されるいけ好かねえ美女共はさらなる波乱を感じさせてくれる。その才能と優れた容姿であっという間にエリックと一時的に燃え上がっておきながらも、イケメンとは描写されないものの危険な香りをさせ、彼女のピンチに駆けつけてきてくれるジョスト・ベルともまんまと関係を結んでしまいながらもそれを一切悪びれないアデリスの姿はめちゃくちゃカッコイイ。

「目立たないようにしているんじゃなかったのかい?」ジョストは言い、それだけでは気が収まらないと見えて、低くうなった。
「背は縮められない」

背は縮められない!!!! なんてタカビーな女だ!!!!! 僕もいってみたいこんな台詞。このように、女らにいびられ、イケメンと紳士を手玉にとりながらもまったくへこたれることなく世界変革へと突き進んでいく少女の在り方が楽しい一冊だといえるだろう。さっき「まんざらでもない関係」と書いたけれども、この三角関係はけっきょく「刺繍娘は処女でなくてはならない」という前提があるから、そこまでどろどろした部分には踏み込まないのが良いのか悪いのかどうかはともかくとして面白い部分ではある。

「魅力的な女性主人公」という意味では先日紹介した『ティアリングの女王』もあるけれども、huyukiitoichi.hatenadiary.jp
本書主人公のアデリスはそれとはまた違ったタイプの魅力を描いているといえるだろう。ティアリングの女王がその名の通り女王として国家運営上の問題に王として当たっていく魅力なら、アデリスは女性社会やそもそもの問題を抱えているこの世界で革命戦士的に行動を起こし、同時に恋愛的な側面でも「ただ男に良いように翻弄される少女」ではなく自分自身の価値観でもって毅然として状況をコントロールしていく部分も描いている。だからどうだという話でもないけれども、女性主人公ファンタジー/SFの一作としてもどうぞ。