読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

来訪者 by ロアルド・ダール

ミステリ ハヤカワ文庫補完計画全レビュー

来訪者〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

来訪者〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ロアルド・ダール作品はひとつも読んだことがない。一番有名なのはティム・バートン監督によって映画化された『チャーリーとチョコレート工場』の原作シリーズなのかな。そう聞くと児童文学畑の人間とお思いになるかもしれないが本書はどれもセックスを話のメインにおいたエロティックな全4篇の短篇集だ。ちなみに新訳版であり、リニューアルされた表紙は中身に負けず劣らず魅惑的。イラストもさることながら、書名の自体がめちゃくちゃかっこいい。SWITCH BITCHときたもんだ。

セックスをメインにおいた作品と最初に宣言したけれども、実際に「ことの最中」が長々と描写されることはなく(これはまあ、エロ小説でない以上基本的にはあたりまえだけど)あっさりと済まされ、「どのようにしてその状況になだれこむのか」「終わった後、何が起こるのか」の面白さによって物語として成立している。だいたいどれもバカバカしく、うそ臭く、アホくさい話ばかりなのだが、それなのにシチュエーション構築能力が異常に高いせいで「そんな状況を設定されたら面白く無いはずがないだろ」と思わず笑いがこみ上げてくる。

来訪者

短編も4つしかないから一通りお話を紹介していこう。表題作にもなっている『来訪者』では、30年前から親族の前から姿を消し、大金持ちの独身者で、大の旅行家で、親族の間では伝説的存在だったオズワルド叔父が中心人物となる。彼は突然親族に、死後に残せる財産などがないから、せめて個人的な日記を送ろうと言って300ページずつ全38巻のめちゃくちゃな日記集を送り付けてくる。その内容は日記でありながら各所を旅しながら様々な女性達と関係を持ち、去っていく女性遍歴一代記のようなものだという。

『この日記を単にひとりの男の女性遍歴一代記としてとらえた場合、断言してもいいが、これに比肩しうるものは存在しない』とまで言わしめる内容で、「すげえ気になる」という他ないが、実は短編の内容はこの叔父の1エピソードなのだ。『来訪者』の中で明かされるエピソードのひとつは、シナイ砂漠を移動中に、ガソリンの枯渇と部品の交換の為に辺鄙な町・村のような場所に立ち往生するはめになった時のもの。たまたまそこを通りがかった裕福な男性に「うちにこないかね」と砂漠の真ん中にあるお城のような豪邸に連れて行かれると、そこには……。

アラフォーながら25歳と見間違うような美人な奥さんと、これまた同じく光り輝く18歳の娘が! しかも父親はこの娘を溺愛しており、わざわざ砂漠の中にお城を建てているのも不埒な男どもから娘を守るためだという。そんな場所にやってきたのは天下の女たらしであり『知ってのとおり、私は一度知り合った女性のもとには二度と戻らないことにしている。いずれにしろ、私を相手にした女性たちはみな最初の出会いですべてをさらけ出してくれるので、二度出会ったところで、いわば同じヴァイオリンが奏でる同じ調べを聞くことにしかならない。』とまで言い放つ天性の女の敵。

果たして絶世の美女二人を前にしてオズワルド叔父は二人を堪能することができるのか、それとも──というまあくだらない話ではあるのだが、「オズワルド叔父がいかにエロ的に凄まじい人間なのか」と散々盛り上げていったあとで、「難攻不落の要塞の中にいる美女達」の中に飛び込んだーーー!! という展開だけでワクワクが止まらない。ほこ×たてみたいだ。

雌犬

原題は当然BITCH。こっちもオズワルド叔父のエピソードで、『来訪者』以上にバカバカしい。旅行の最中に香りで男性の性欲を刺激し狂わせることのできる薬をつくることができる(金があれば)と豪語する科学者にポーンと金を渡してやるところから物語ははじまる。オズワルド叔父は人体実験などなど紆余曲折ありながらできあがったその薬を使って、大統領のスピーチ中に炸裂させ全民衆の前で性欲に狂わせてやる! と無茶苦茶(バカ)な思いつき計画を真剣に練りはじめる。「凄い人」というか「凄まじいバカ」以外の何者でもない。それでも「大統領、成人向け放送を開始」などの見出しが踊る翌朝の新聞を想像してうひひと喜ぶ彼の姿はちと羨ましい。

夫婦交換大作戦

タイトルからしてもうバカ丸出しって感じだが、それぞれ嫁を持つ男二人が共謀して、相手の嫁さんには浮気と知られずに自分たちだけ相手をチェンジしようとする話。個人的にこの短編は大好きで、それはめちゃくちゃバカな話でありながらそのシチュエーションを実に凝って演出しているからなのだ。たとえば物語は、いきなり二人の男が「どうやってお互いの嫁さんに気付かれないように、夜這いをかけようか」と相談するところから始まる「わけではない」。

すぐ隣りの家に住むジェリーの奥さんがとても好みの顔をしているため、「どうやったらあの奥さんと俺は寝れるんだろう?」⇨「そうだ、ジェリーに嫁交換を持ちかければいい」⇨「でも、そんなこといきなり言ったら怒るかもしれないな……」⇨「どうやったら怒られずに極秘スワッピング計画をジェリーに持ちかけられるだろう?」と実にウジウジと悩んで・作戦を立てていくのだ。いきなり提案したら怒られるかもしれないから、「実はこんな感じでスワッピングに成功した夫婦があってね……」と単なるバカ話として持ちかけたら相手が乗ってきて……と実際にスワッピング計画がスタートしてしまう。

お互いの体格を揃え、暗闇の中で移動しても絶対にこけたりしないようにお互いの家の構造を把握し、もしもバレそうになった時にどうするかの符合を決め──とスワッピング計画を実に入念に練り上げていく。こういうバカバカしい計画を大の大人が真剣に作戦を立てて実行しようとするのが僕は好きなんだよなあ。

やり残したこと

バカバカしい話が続いたがこれはしんみりとした話だ。最愛の夫に先立たれてしまい、娘や息子もそれぞれ家を出て行って巨大な喪失感と戦っている一人の女性の物語。その喪失を仕事に没頭することでなんとか埋め合わせていたが、ある時出張で行った地にむかし自分がてひどく振ってしまった相手が医者として働いていることを知ってしまい──。当然物語はこの老年に入りかけている男女の性愛の物語に発展していくわけだが、なんというかこの夫にも子どもたちにも去られてしまった女性の喪失感の描写や、むかし自分が振ったことを棚に上げて再度自分の都合によって再度関係性を結ぼうとするある種の図々しさなど派手さこそないものの読みどころは多い。

果たして「やり残したこと」とは、女性側から見たものなのか、かつて振られ、裏切られたことによる男性側から見たものなのか、はたまたその両方なのか──と雰囲気がガラッと変わる瞬間が気持ち良い短編だ。

まとめ

ロアルド・ダールの文章は読んでいてとても心地よい。決してきらびやかでも装飾過多でもなく、淡々と描写が世界を基盤から積み上げていくような安心感がある。それはバカバカしい話を展開するときにはずっしりと納得感を担保する礎となり、『やり残したこと』のようにどこまでも現実の感情をなぞる場合には余韻となって最後まで残る。エロティックな短編として記憶に残る一冊となった。