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Sound Design  映画を響かせる「音」のつくり方 by デヴィッド・ゾネンシェイン

Sound Design  映画を響かせる「音」のつくり方

Sound Design  映画を響かせる「音」のつくり方

映画音響についての本。ドマイナーなジャルの本というのはそれだけで心動かされるものだ。映画や映像を観ている時に、当たり前のように存在している「音」、それがいったいどのような理論・理屈・考え・試行錯誤の元創りだされているのかを明かした教科書のような一冊。

途中出てくる例がやけに古いものばかりなので「荒れ?」と思ったが、原書刊行は2002年なのだという。それでも今に至るまで版を重ねているだけあって、基礎的な一冊に仕上がっている。これこれについてはこれ、と参考で挙げられている本が邦訳されていないものばかりなのはたまにキズだが、今ならKindleもあるし洋書で読んでもいいだろう。

ちなみに著者のデヴィッド・ゾネンシェインはロサンゼルスでソニック・ストラテジーズという企画会社を立ち上げ映画の音響政策などに関わったり、セミナーや講演や研究をやっている専門家のようだ。10年以上経った今はどうなんだろうと思って日本語ではなんにもでてこないので英語で検索してみたけれどもむかーしのHPが出てくるばかりで今どうなっているのかはよくわからない。ちと胡散臭いがまあ、内容としては真っ当なものだ。

ハリウッド等では、シナリオをどのようにして練りあげるのかといった部分について定石化が進んでいてきっちりと毎度レベルの高い脚本が仕上がってくる印象があるが音についてはどうなんだろう? と思っていたが、こっちもかなり理論的に音をどうはめ込んでいくのか、そもそもシナリオをどう読み込んで音に活かすのかを構築していて参考になる(僕が映像音響の仕事をすることはなさそうだが)。

また人間の耳の構造、認知機能的な側面からどのような音を選択すべきなのかというアプローチまであり実に実証的・科学的な態度で練り上げられている。たとえば、観客に伝わる音についてはまず最初に次の4つに分けてみせる。

  1. 物理的な側面──人の身体機能や生理機能に訴えかけるもの。
  2. 感情的な側面──感情移入を生み出すもの。
  3. 知性的な側面──構成や芸術的な表現の検討。
  4. 倫理的な側面──個人の満足や生存欲求を超越した考え方やジレンマ。

重要なキーワードをチェックし、対立概念をチェックし、音楽作成に活かすことができるものはないかを仔細検討していく。「夜」「微動だにせず」「月光」などのキーワードであれば、音楽作成に実に役に立つだろう。「さびれた」「虹色の」「血が付いた」「寒々しいネオンサイン」なども同様に。

ここで提唱されている一つの案はヴィジュアルマップをつくろうというもの。生と死のような対立概念のどちらに今物語が寄っているのかを線でプロットして、様々な概念が交錯し・揺れ動くその谷を視覚化する。その後は監督などとの打ち合わせを経てサウンド・マップの作成にとりかかる。

これは時系列に則って展開する、映画でいうところの絵コンテのようなもので、どんな音楽がここから展開されるのかの台本のようなものだ。シークエンス23 競馬場 とくれば「具体的な音(ゲートがガシャンと開く)」「心情的な音(時計のチクタク)」「音楽(機械的なリズム)」「声(群衆の歓声)」と、発生する音を一応全てリストアップしていく。

このサウンドマップをみていると「映画ってこうやってみるといろんな音が載ってるんだな」とバカみたいな感想を抱いてしまう。そしてできることも存外に広い。体感時間を延ばしたり縮めたり、焦ったりゆったりとするのも音楽によって演出されうるし、空間的にも対象が遠くなったり近くなったりまで表現可能だ。音楽はただ映像に合わせて適当に違和感なく鳴らしているのではなく、時にストーリーを補完し、映像として描かれていない部分を描き出し、時には描かれていることを増幅させて・よりわかりやすく伝える。

その効果は音楽という言葉にしづらいものの特性上、映画を観終わった後に「あの音楽の演出がよかったね!!」とはなかなか言語野までは登ってこないが、それでも体感のレベルでは確実に影響を与えている。

 前のシーンで流していた音楽や音を、後のシーンで流さないことによって静寂を感じさせることもできる。観客に「あの音がまた鳴るだろう」と予測させておき、鳴らさないことによって音がないことに気づかせる。こうすると、映画が伝える感情はびっくりするほど変わって見える。前のシーンでは楽しげなBGMが聞こえていたのに、次のシーンでそれがなければ楽しい感情はかき消される。シーンに対して現実的な見方を促したり、人物たちの人間関係を疎遠に感じさせたりする。

サウンド・デザイナーへのインタビュー集

有名映画に関わっているサウンド・デザイナーへのインタビュー(著者が行ったものなのか、はたまた別の本や媒体からの引用かはわからないが)がところどころに挿入されていて、みな地味な苦闘の跡が見えて面白い。撮影で使用した車が見栄えがいいもののぶつけたら大変でスピードが出せない場合など、実写をレース場まで移動させ想定される動き・スピードをすべて全速で出して先に録音をしておくなど(当然運転は自分)、サウンド・デザイナーは様々な音を集めるために各種分野に接近していく必要がある場合があるんだろう。

サウンド・デザイナーの話を聞いていると一つ重要なのは、音に対する敏感さのように思う。道端で聞いた音、ドアが軋む音、すべてを「何かに使えないかな」とチェックしていて、実際そうやって日常から音を引っ張ってくるエピソードが多い。

「E.T.の声は動物のような声から除々に言葉になっていきますが、およそ十八種類の動物と人間の声で作られています。ある時、私が買い物をしていたら、ちょうどいい感じの声が聞こえてきたので、その人に『エイリアンになりたいですか?』と尋ねました。彼女の声は中性的で年齢もわかりにくかったのです。時折、編集した映像がスピルバーグ監督から送られてきた時に、実験的に色を付けました。誰の声かは監督に内緒でね。先入観がない状態で聞く方が、正確に判断できますから。人の声だけでなく、ラッコの声を使った時もありました」。

ラッコの声も、道端でふと聞いた誰かの声も、全部「エイリアンの声に使えないかな〜〜〜〜」と思って聞いているとしたらそれは職業病的な何かのような気もするが、でも世界が単一の目的へと向かって収束している感は面白そうだなとも思う。

実践的に本書を必要としている人はあまり多くないんじゃないかとも思うが(アニメもあるしそうでもないのかな。)映画音楽に興味のある人は読んでみたらいかがか。