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新しい伝説の幕開け──『コロンビア・ゼロ: 新・航空宇宙軍史』 by 谷甲州

コロンビア・ゼロ: 新・航空宇宙軍史

コロンビア・ゼロ: 新・航空宇宙軍史

新しい伝説の幕開けだ。「超光速航行」など特殊な仮定を使って軽々と光速を超えたり「せずに」、実際に計算される惑星軌道、現在想定される航行速度の延長線上にある描写で物語を構築していく。後方支援/技術開発を重視し、戦術、作戦をドラマチックに盛り上げたりせず、まるで技術者が成果の達成を確認/観測するかのように淡々と描いてきた<<航空宇宙軍史シリーズ>>22年ぶりの新刊になる。

世界は圧倒的な軍事力を背景とし太陽系を支配している航空宇宙軍と、自治権の拡大/完全な独立をもとめた外惑星連合にわかれている。両陣営宇宙を駆けまわって第二次外惑星動乱と呼称されるようになる戦争を続けていたが、本書が始まる「序章」の時点では停戦が成立し特に外惑星連合側はダメージも大きく、40年が経過していながらも戦前の経済状態を回復していない。

『それにもかかわらず、外惑星では「次の戦争」が確実視されていた。』という冒頭からの盛り上げっぷり。手ひどくやられ力が低下した木星系にかわって、土星形タイタンが国力(星力?)を増し、前後方トロヤ群(小惑星の大きなグループ)もこれに続く。航空宇宙軍が覇権を握っている時代は、今まさに終わりつつあった。『危機的な状況が生じるのは、二一四〇年前後と考えられた。国々の位置関係が、外惑星にとって有利な状況になるからだ。』

 占星術による判定ではない。この年のはじめに、木星と土星は最接近する。二〇年余に一度の惑星直列であり、外惑星側からみれば四〇年前と同様に開戦の好機といえた。戦力の集中が容易になるから、内惑星からの侵攻を強固な布陣で阻止できるのだ。逆に攻撃時には集中した戦力で、一気に敵陣を突破できる。
 不穏な状況の中で星々は軌道をめぐり、そして開戦の時が次第に近づきつつあった。

『占星術による判定ではない。』──新しい戦乱の火種を合理性で包みこむかのようなこの序章だけで、うおおおおおおお我々の航空宇宙軍史がかえってきたぞー! とテンションがぶちあがるわけですよ。その後の話は長編として一陣営の話が語られるのではなく、全7篇の短篇を通して各陣営の思惑/技術的な展開/情報戦/といったことが断片的に語られ、後に第二次外惑星動乱と称される戦争が多層的に描かれていくことになる。

どの短篇も30〜40ページほどのコンパクトにまとまっているものの、その中身は宇宙ハードSFの醍醐味がすべて詰め込まれているように様々なシチュエーションと技術的なウンチクが含有されており全体として描かれていく一枚の絵としての面白さはもちろん、一つ一つの話の帰結にも読みどころが多い。

書類上は存在しない核融合炉があることを疑い査察に訪れる男が、予想外のものを目にすることになる「ザナドゥ高地」。小惑星マティルドで一人研究を続けている男の元へやってきた短期滞在者の女性サラディン博士。軍人を思わせる身のこなし、彼女がきてから不可思議な爆発が小惑星近郊で起こるなど、彼女が「何をしに来たのか」が焦点となる「イシカリ平原」。このどちらも戦争が始まる前の段階、タイタン防衛宇宙軍を中心とした物語で、表向きは平穏な宇宙の下で不穏な動きが連続していることだけが断片的にわかっていく。

「サラゴッサ・マーケット」は凄腕の個人営業サルベージ業者に持ち込まれた「太陽系を離れ今も飛翔し続けているフリゲート艦サラマンダー」回収任務の発端を描いた短篇。このサラマンダー、外惑星連合が保有していた唯一の正規フリゲート艦であり、航空宇宙軍史では『巡洋艦サラマンダー』としてメインに扱われた短篇集にまとまっているぐらいに重要な位置を占める超高性能艦でもあり、感慨深いものがある。

航空宇宙軍史 巡洋艦サラマンダー (中公文庫)

航空宇宙軍史 巡洋艦サラマンダー (中公文庫)

物理的な制約にいつだって悩まされ続けるこの航空宇宙軍史世界の人間が、いかにして既に太陽系を出てしまって推進剤を切らし今も飛翔し続けているこの艦をサルベージするのかの技術的なうんちくも面白い。

明らかに武装を有している未登録船を爆雷等の攻撃兵器を使わずに拿捕せよとの命令を受け取った男の苦闘を描いた「ジュピター・サーカス」。サーカスの名にふさわしく、ジュピター近隣の人類圏をあっといわせる事態におちいりかねない危険な状況下で「この未登録線は一体何なのか」「なぜ攻撃兵器を使ってはいけないのか」といった大きな謎が解けていく。

「ギルガメッシュ要塞」と「ガニメデ守備隊」は姉妹篇のような短篇。タイタンで開発された新兵器を狙ったプロの侵入者チームがギルガメッシュ複合基地に侵入を果たす「ギルガメッシュ要塞」。逆にそれを阻み、意図を推察し、逆に情報を取得しようとする防衛側の人間を描いたのが「ガニメデ守備隊」で、攻守それぞれの思考が読み取れ、勘違い/間違い/読みの鋭さが神の視点で楽しめる。

太陽系の外側の天体であればあるほど就労人口が少なくなり、結果的に外惑星連合は人員不足を補うために基本はもぬけの殻も同然の基地であっても危機時には少数精鋭の緊急展開部隊や無人兵器が繰り出されるという理屈。無人兵器の一つである、数億年の生命進化をシミュレーションによって予測し、その惑星に適した生物兵器を作り出す=ガニメデの低重力/与圧された通廊の飛行に特化した人工生命体・バットなど潜入側と防衛側の技術合戦とその理屈も読みどころだ。

最後に、ついにことが起こりはじめる「コロンビア・ゼロ」。大きな事態が進行しているにも関わらず、登場人物らはタフなやつらだ。驚き、動揺することがあってもすぐに立ち直って状況を的確に判断し行動を起こし始める。文体もまたそれを反映させて事実を淡々と記していく。それでもその淡々とした記述から、起こっていることの「凄さ」が滲み出てくる圧巻の文体。

もちろんこの一作で「第二次外惑星動乱」の全てが語られるわけではなく、その発端/いってみれば開戦篇が語られたに過ぎない。それでも、新しい伝説が始まったと確信させるに足る素晴らしい出来だ。新篇の開始であるから、これまでのシリーズを知らなくても読み始められるし、シリーズ既読者には幾つものキイワードが引っかかり、この歴史の中で依然受け継がれていることがわかるだろう。

やっぱりね、「超光速航行」がない世界で惑星間戦争をやろうと思ったら、どうしたって何世代もの人間が連なる「史実」を描かなければならないもので、航空宇宙軍史はまさにそれをやっているのだ。ゆるゆると続けていってもらいたい。