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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

「懐かしむ」のではなく「その先」をしめすために──『伊藤計劃トリビュート』

伊藤計劃トリビュート (ハヤカワ文庫JA)

伊藤計劃トリビュート (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 王城夕紀,柴田勝家,仁木稔,長谷敏司,伴名練,藤井太洋,伏見完,吉上亮,早川書房編集部
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2015/08/21
  • メディア: 文庫
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本書『伊藤計劃トリビュート』を読んでいて実感したのはいまの日本SFシーンは6年前よりも面白い、ということだった。それは6年前がつまらなかったとかいうネガティブな話ではなく、シーンを担うべき新鋭が次々と現れ、よりその分量と幅をまし、日本SFがその多様な窓口と質的な深さを獲得した結果であろうと思う。そうした日本SFの現状を押し詰めたように、「いま」の面白さだけではなく、「未来」に向かって面白さが増していくに違いないと確信させる「期待」まで本書には詰め込まれている。

それは本書執筆陣と中編の並び順を見てみるとよくわかる。藤井太洋、伏見完、柴田勝家、吉上亮、仁木稔、王城夕紀、伴名錬、長谷敏司の合計8名。伊藤計劃氏が亡くなったとき既に作家デビューしていたがハヤカワから『あなたのための物語』を出したばかりの長谷敏司さん、仁木稔さんを除けば全員がこの6年の間に出てきた作家陣である。編集である塩澤さんの「まえがき」から拝借すれば、『「いずれも”テクノロジーと人間の現在”について真摯に考察した、”伊藤計劃氏には書けなかったSF”になっていることでしょう。」』6年前ではありえなかった「現代日本SFのシーン」がここにはある。

伊藤計劃トリビュート?

伊藤計劃トリビュートという書名であるから、当然ながら伊藤計劃作品(たとえば虐殺器官)を意識したさまざまな作家の作品が読めるのだろうと期待するかもしれないが、実態は少し違っている。もともと本企画とはまったく無関係に構想していた作品の一部や第一章を切り取ったものなどが含まれており、逆にトリビュート用にということで伊藤計劃作品を強く意識したセリフや設定のオマージュが存在する作品とが混在している。

それじゃあ名前を冠しただけのただのごった煮じゃねえかと思うところだが、次のような共通点=オーダーがあったようだ。『こちらから指定させていただいたテーマはひとつ、”「テクノロジーが人間をどう変えていくか」という問いを内包したSFであること”です。これは、生前の伊藤氏がサイバーパンクの定義として捉えていたテーマでもあります』

そいでは8作品のみなので、一つ一つに触れていこう。

藤井太洋『公正的戦闘規範』

藤井太洋さんの『公正的戦闘規範』は中国を舞台にドローンがそこらじゅうを飛び交う近未来の軍事アクションを描いた、過去に藤井さんが書いた作品と共通している要素は全然ないにも関わらず完璧に藤井太洋作品に仕上がっている短篇。「無人ドローンとAIの性能がガンガン上がって低コストで楽ちんに人間を殺戮できる状況」を理詰めで押し切った果てに現れる「そんな「絵」を用意されたら興奮しないわけがないだろうが!」と絶句するような展開のシンプルさにぐっとくる短篇だ。独立した短篇に仕上がっているが、これと共通した世界の長篇を準備中とのことで、今回は局所的な「一シーン」だったのが規模が広がることでどんな光景が見えるのか楽しみだ。

伏見完『仮想の在処』

第二回ハヤカワSFコンテストの最終選考に残ったものの出版はならず、本書収録の『仮想の在処』が実質的にデビュー作となった伏見完さん。生まれた直後に亡くなって、中枢神経を仮想化した双子の姉。その存在を生かし、成長させつづける為には超高価な計算リソースが必要となり、両親はリソース資金の為がむしゃらに働き続けるがついにそれも維持できなくなり……と計算リソースが削られる中意識らしきものがだんだん簡略化されていく姉と、その双子の妹のやりとり──というワンアイディアですっきりとまとまった短篇。

柴田勝家『南十字星』

柴田勝家さんは『ニルヤの島』以後の初短篇が『南十字星』で、どうやら長編の中の一章を切り取って持ってきた作品のようだが不思議なほど馴染んでいる(のと一応短篇としてまとまっている)。軍属の文化人類学者を主軸として「自己相」と呼ばれる、共有された「正しい人」という集合自我に個々人がアクセスすることで感覚と認知を一致させ続けることのできる世界を描く。自己相を受け入れた人間と、受け入れない人間の間に存在する「対立」。話の規模も個人の葛藤もいくらでも広げ、深めていける世界観だけに長篇への期待が高まる作品である。

吉上亮『未明の晩餐』

PSYCHO-PASSスピンオフ作品を高品質で量産し続けている吉上亮さんからはもともと第二長篇として構想していたという『未明の晩餐』。これから死刑執行に赴く死刑囚へと最後の晩餐をつくっている料理人の物語。複雑な背景を持つ今回の死刑囚が望んだメインは「脂」。料理とは基本的には化学反応の連続・集合体であり、その調理過程と食事が脳に作用するさまを具体的・科学的に描写していくだけでSFサスペンスとして成立させ、同時に死に望む死刑囚の内面を覗きこみ、解き明かしていく側面がうまく調和していく。

仁木稔『にんげんのくに』

仁木稔さん『にんげんのくに』は具体的な地名などぜんぜん出てこない、極度に抽象化された未開部族を描いた中編。王も、法も、貨幣もなく、自らを「人間」と呼び自分たちの村の外からやってきたやつらを「異人」と呼んで差別する。「文明」と呼べるようなものがほとんどなくともそこには一定の規律と信仰と儀式があり、現代人の我々からすればはるかに退行しているその場所で「異人」として過ごす少年を主軸にこの邦、この邦での人間の在り方を、「異人」から「人間」そして「人間」ではなくなる時──と切り替わっていく過程を、丹念に描いていく。

王城夕紀『ノット・ワンダフル・ワールズ』

マレ・サカチのたったひとつの贈物 by 王城夕紀 - 基本読書を読んだ時、ああ、この作家はとてつもない才能だと思ったが、その印象は本書収録の『ノット・ワンダフル・ワールズ』を読んだ後もまったく変わらないどころかもっとその信仰は深まることになった。今もっとも次の作品が楽しみな作家。選択を補助するeニューロと選択に即応するeシティという二つのロジックを中心に「ノット・ワンダフル・ワールズ」な世界の姿を描き出していく。

軽やかなテンポで次々と印象的なフレーズを繰り出し、世界そのものをまるごと捉えて離さない。長篇の一部などを本書収録用に書きなおした作品とは違い明確に「伊藤計劃」を意識した台詞や地の文を混ぜ込みながら『ハーモニー』を包み込んでみせる。読んでいる途中も、読み終わった後も思わず笑いがこみ上げてくる渾身の逸品だ。

伴名練『フランケンシュタイン三原則、あるいは屍の帝国』

伴名練さんの『フランケンシュタイン三原則、あるいは屍の帝国』は明確に「屍者の帝国」を意識した作品だが、『虐殺器官』『ハーモニー』への視点も取り込んでいちばん総合的なトリビュート作品になっているのではと思う。ノーベル、ジキルとハイド、切り裂きジャック、魂の重量を計測しようとする試みと19世紀ロンドンをメインとして空想から現実まで全てを混在させ物語を展開する伊藤計劃的ケレン味(SFマガジンなどを参照すると「ボンクラ」というのかもしれないが)に溢れているのが嬉しい。

死ぬ瞬間に体重変化が起こる=それが魂の重量である、という仮説の提示⇛しかし体重変化が起こらない反証が度重なり報告される⇛それはなぜ……? と流れるような現実領域からフィクション領域へとリフトオフしていくホラのふき方もたまらなく楽しく、読み終えた後はどうしても伴名練長篇版『屍者の帝国』が読みたくなったものだ。

長谷敏司『怠惰の大罪』

最後に、長谷敏司さん『怠惰の大罪』。読んでいて、震えた。その面白さに感動してボロボロ泣きながら読んだ(誇張でも何でもなく)。僕が映画『チャッピー』に感じた感動をよりディティールを細かくしてスケールアップしてくれた感じだ。後に隻眼の密売人、不屈の男と称されるカルロス・ニステベス。彼がキューバでいかにして麻薬密売人に落ち、底辺の底辺からAIを駆使して生き残り、金を集め麻薬を売りさばき、淡々と地獄から革命を目指すようになったのか──。

ハイソサエティな銃弾の飛んでこないオフィスで展開する物語ではなく、金をもらってたやすく人が人を殺し、命の価値が極端に低い地獄で、下層階級が世界を変革する為に駆使するテクノロジーを描いた長篇の壮大な第一章。綺麗に整えられた場所で、周到に計画された状況・戦場だけでテクノロジーが使われるわけではない。現代では既にメキシコとアメリカの間を麻薬を持ったドローンが飛び回っていることからもわかる通り、テクノロジーは上層下層関係なく、泥臭い犯罪の現場をも一変させる。そして、そこには革命の火種がある。『「這い上がってやる。麻薬で何百万人でも踏み台にしてだ」』革命が、はじまる。

最後に──「懐かしむ」のではなく「その先」をしめす作品として

戦争物あり、文化人類学物あり、食あり、「その先」を示す作品あり。こうしてひと通り各作品を見渡してみると、それぞれの作品に対する一人一人の向き合い方、継承の仕方、受け取り方もさまざまでその多様性が作品のバラエティの広さに繋がっているのではと思う。過去を「懐かしむ」のではなく、今の日本SFの面白さと、何よりもこの先へと期待をつなぐ「その先」を指し示す作品群になっているといえるだろう。

伊藤計劃作品をきっかけとして多くの読者が増えたが、その「次」「今の作品」に、こんなにおもしろいものがあるんですよと安心して手渡せる本書があることを嬉しく思う。