基本読書

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極度な不安定さと理屈と定義と物理法則──『シャッフル航法』 by 円城塔

シャッフル航法 (NOVAコレクション)

シャッフル航法 (NOVAコレクション)

そこら中で短篇を読んでいたので「久しぶり」という感覚はまったくなかったのだが、2012年に出た『屍者の帝国』以来実に3年ぶりの単著新刊となるようだ。表題作『シャッフル航法』が載った『現代詩手帖』、他『SF宝石』、『NOVA』、などなど他企画物にいくつも参加した短篇を集めた一冊で、主にNOVA関連の作品が並ぶ<>からの出版となる。書き下ろしはないので、人によっては「収録作全部読んでるよ」となるのかもしれないが、何しろ幅広い場所から集めてきているので、全部読んでいる人はあんまりいないんじゃなかろうか。*1

実験作など

ぱらぱとめくっていって、やはり短篇も文体的なお遊び、小説の既存形式を破壊していく短篇は面白いなあと思った。たとえば『φ』は一段落ごとに一文字、文字が減っていくというルールによって書かれた小説。はじまりは150文字を使って一段落構成することができるが、次の段落は149文字、次は148字という感じ。

減っていく文字を使って、この宇宙はいったいなんなんだと主観者が考え続け、小説リソースが減っていくことが宇宙の消滅とリンクしていて最終的には文の意味とは関係なくぱっと見のグラフィカルな表現としても面白くなっていく(改行がなくなると段々で文字が少なくなっていくからね。まあこれは新しい実験でもなんでもなく、先人が何人もいるけど)。

同じく実験小説的なところからいくと、『シャッフル航法』はその極みだろう。シャッフル航法とはどうやら宇宙間の移動手段として確立された技術のようなのだが、もちろん過去には事故があり短篇はその事故が起こった時の記録である。たとえばこんな文章が続く。

 ある朝に、その夜に、ハートの国で、わたしとあなたが、発見したのは、設計したのは、シャッフル航法。どんどんどんどん、時空を刻み、此処が何処かも、今が何時かも、わからなくなり、支離滅裂に。

元が現代詩手帖ということもあるのだろうが、到底普通の人間が書くリズムの文章と語句の並びではないにも関わらずどこかテンポもリズムも良く現代詩手帖に載ったのもうなずけるような詩のリズムを獲得していると言えなくもないような気がする。まるで作者が介入し得ないランダム性を作品に取り込んだかのような文の並びで、何が起こったのかはよくわからないがとにかくここがどこで今がいつかもわからないぐらいに無茶苦茶に何もかもがシャッフルされてしまっている状況であることだけはわかる。

 シャッフル航法。バリバリバリバリ、ボコボコボコボコ、噛み砕かれて、湧き出してきて、秩序が何かも、はじまりの地も、宇宙が何かも、終わりの時も、わからなくなり、わからなくなり、支離滅裂に。支離滅裂に。

『シャッフル航法』とほぼ同時期にKindleSingleという短めのページ数の作品を売り出す枠組みから発表された『リスを実装する』など、どこか小説そのものをプログラムするようなやり方にチャレンジしているよなあというのが最近の傾向のように思う。それは著者Twitterを読んでいても感じるところだけれども。

文体の面白みについて

それ以外の短篇を一つ一つおっていくのは大変なので、文体の面白みに注目してみよう。

どの短篇も書き出しが実に秀逸だなと改めて読みなおしていると思う。たとえば『犀が通る』の書き出しはこんなだ。『道端でそんなに揉まれているからには犬ではないかなと思う。猫ではないし人ではあるまい。絡み合う塊からは時折小さな腕が突き出されて、それではまるで人の子である。』 単純に目の前で起こっている事象を書き起こして、事象が次の事象に連なって順々に物語を展開させようとするだけであればしょっぱなからここまで絡み合った語りは必要あるまい。

あるいは『Beaver Weaver』はこんな始まり方をする。『千年後に目覚めたという夢から覚めて百年後にいる。 こんなことは海狸の仕業に決まっているので慌てない。』 一行目から決定的に世界は入り組んでいて幾層にも折り重なって物事はややこしくなってしまっている。なぜ百年後にいるではだめで、千年後に目覚めたという夢から覚めて百年後にいなければならないのか。物語はだいたいにおいてしょっぱなから階層をぐちゃぐちゃにされ、今読んでいるのが夢なのか現実なのかをあやふやにされ、なんだかよくわからない無限問答のようなものにおとしこまれていく。

「脳がないので脳の摘出はできませんな」
「それでこれまでどうしてやってきたのでしょう」
「脳のない人にそんなことを問われたくないものです」
「問うことができるからには、脳はあるのではないでしょうか」
「脳がないなりに、脳があるように思い込んでいる脳があるという仮説はどうでしょう」
「じゃあやっぱり脳はあるのではないでしょうか」
「そういうことになりますか」
「他の人には脳がないと思い込む脳が先生の中にはあるのでしょうか」
「ありますよ」*2

飛行機がその不安定さでもって急旋回をこなすようにこの終わらない、結論がいつまで経っても出てこない無限問答の不安定な文体──やりとりは、突如反転、宙返り、減速、あるいは超光速航行のように物語を、文体を自由自在に変化させてみせる。このバカみたいな、不毛な話はなんだなんだと疑問に思いながら読んでいると突如背筋が凍るように鋭い切っ先が、あるいはあまりにもバカバカしくて笑いとため息が同時に出てしまうような壮大なホラが目の前に迫っている。

「マルティン=レーフ・ランダムは、一言で言ってしまえば最強のランダムです。”あらゆるランダムの定義に合致しないもの”がその定義となります。これを比喩に用いたマルティン=レーフ弾頭には、通常空間での対抗手段が事実上存在しません。定義可能な迎撃法を完全に回避するように定義されているからです」
 それでは、定義に合致しないという定義に合致するのはどういう性質だとは問わないでおく。何事にも限度というものはあり、言葉尻だけを捉えて文句を言っても始まらないことは世に多い。特にそれが要約されてしまっている場合。
「つまるところ、気合で避ける、と」*3

確かに円城塔作品はだいたいにおいて物語が線形に進んでいるのか、事象が積み上がり、連なっていくのか怪しいところがあるけれども、大体の場合は現実の物理法則か架空の物理法則を採用しており、それ以外の理屈も存在しており、定義も割合厳密で、破るときは丁寧に丁寧に説明を重ねてあらよっと乗り越えていく。たやすくワープが起こるように見えたり、脳がない人が物事を問いだしたりと極度な不安定さの上に文体と物語が成り立っているが、そうした理屈なり物理法則なりの「基盤上」に発生するから成立しえる。

極度な不安定さと理屈と定義と物理法則

極度な不安定さと厳密でバカバカしいほど丁寧に展開される理屈と定義と物理法則。この二つの基軸で円城塔文体をみていくと面白いような気もする。実は本書の刊行を記念して『文体の科学』など文体に関する本も執筆している山本貴光さんと円城塔さんの文体についての対談が予定されている⇛9/2 円城塔『シャッフル航法』 出版記念トーク&サイン会 | トピックス | 河出書房新社 

これ、僕も行こうと思っているのだけど、その前に一応文体についての感想も書いておこうかなと思ったのだった。『シャッフル航法』、どんな人にオススメできる作品なのかさっぱりわからないが、まあ円城塔ファンはどちらにせよ買うだろうし、円城塔なんて知らんよという人はこの記事の引用部分が気に入ったら買えばいいだろう。

*1:作品をひと通り出典と共にメモ。Beaver Weaver(『NOVA 1』)、犀が通る(『NOVA3』)、内在天文学(『The Future Is Japanese)、(Atlas)3(『NOVA10』)、イグノラムス・イグノラビムス(『SF宝石』)、Printable(『GRANTA JAPAN with 早稲田文学 01』)、つじつま(『第53回日本SF大会なつこん記念アンソロジー 夏色の想像力』)、∅(『NOVA+ バベル』)、リスを実装する(Kindle Singles)、シャッフル航法 (『現代詩手帖』)とそれぞれ(大体)時系列順に並べてみた。一番古いのがNOVA1の2009年かな? 最新が表題作にもなっている「シャッフル航法」で2015年5月号になる。

*2:『犀が通る』

*3:『Beaver Weaver』