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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

思い込みとの戦い──『密造人の娘』 by マーガレット・マロン

密造人の娘〔新版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

密造人の娘〔新版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

書名の通り、密造人の娘であるデボラ・ノットを主人公にしたミステリ・シリーズの第一作。『密造人の娘』っていうタイトルだけだと何がなんだかさっぱりわからないけどね。デボラ・ノットは34歳独身女性(表紙の女性が多分デボラ・ノットなのだが20代にしか見えん! )とあんまり主人公にならないタイプでありながらも、弁護士としてのキャリアを積み、今回は地方裁判所の判事に立候補しきちっとした選挙戦を展開するなどやり手である。

早川書房のミステリアス・プレス文庫から1995年に出ていた作品だが、この度新版で登場となった。本国では大人気のようで、2015年もシリーズに連なる第20作目となる新刊が出ている(20作続くミステリ・シリーズは凄いよね)。一方日本でも刊行が続いているのかといえば、4作目の『悪魔の待ち伏せ』が前述のミステリアス・プレス文庫から出たっきり、その後は出ていない。今回わざわざ新板で1巻を出し直したということは、この後シリーズを翻訳継続させる意図があるのだろうか? かつてはおそらく売れなかったのだと思うが。

実を言うと、売れなかった理由も読んでいて「こうなんじゃないかな」と考えてしまうところはあった(実際に売れていなかったのかどうかは知らないので、仮定に仮定を重ねる話ではあるが)。けっこうアメリカのご当地事情を反映させた作品なのだ。デボラ・ノットは弁護士としてキャリアを積み、現在は地方裁判所の判事に立候補しているエリートだが、女性が弁護士、それも判事になろうだなんて……とする女性差別にまず晒されている。父でさえも、表立って反対こそしないものの弁護士になることも判事になろうとすることもいい顔をしていない。

彼女が戦う判事選の相手は「黒人」ただし「男性」。一方の彼女は「白人」ただし「女性」で当時の支配的な重要な役職は「白人男性」という価値観へ抗うものに設定されている。ゲイやレズビアン、バイ・セクシャルといった性的嗜好への差別も取り上げられるし、これはアメリカとは関係がないが、デボラ・ノットの父が名の知れた酒の密造人、犯罪者であることからくる差別もある。あいつの親父は犯罪者だ、だからあいつの娘であるデボラ・ノットも……という差別に、彼女は作中何度も遭遇することになる。

マイノリティや単に力の弱いもの、メディアに踊らされた人々が陥る「思い込み」こそがデボラ・ノットが事件とは別に打破していく壁であり、本作を貫く中心テーマとなっているのだ。

昨今ハリウッド映画では「女性がただ守られる存在である」とか、「ヒーローが悪を破った後のご褒美として与えられるトロフィー」としての役割を意図的に破壊するシーンを挿入することが増えている。ようはそれだけ「女性への固定観念」への配慮が、たとえフィクションの中であっても行き届き始めていることの一つの証左ではあるが、それはアメリカでは長い間問題として取り上げられてきた土壌があるからでもあるのだろう。

かように、本作では日本ではなかなか人種の壁だとか、政治上の対立、民主党と共和党の違い、酒の密造など「考えたこともない」問題ばかりが取り上げられており、ウケなかったんじゃないかなあ。一方で、今はそうした問題意識が日本でもようやく取り上げられるようになって、インターネットの普及も相まって身近なものにもなってきたから、「今こそ出し直すべき時期」とどこかの誰かが判断したのかもしれない。実際、問題としては今でも解決していないことであり、テーマ的な部分で古びている箇所はあまりないと思う。

読みづらいところとか

それはそれとして、本作はちょっと読みづらいところも多い。シリーズの1巻目だというのに次から次へとさして重要とも思えない新しいキャラクタが出てくる。デボラ・ノットには兄が11人もいて、その上親族の元妻だとか現嫁だとか、さらには幼なじみの元嫁、離婚した2番目の嫁と関係者も離婚しまくっており、えーとこいつは今の嫁だっけ? 元の嫁だっけ? だいたいこいつは誰だっけ? とやけに複雑な関係性が構築されて誰が誰だかよくわからない。

デボラ・ノットが巻き込まれる事件も、知人の一人娘から、「私が生まれたばかりに殺された母親の死の真相を明かしてほしい」と依頼され、地方裁判所の判事選挙活動を続けながら謎を追っていくが、とっくに終わった事件だし、判事選と同時進行的に扱われていくのであまり魅力的な謎ではない。つまらないわけではないが、作品全体としてみたら個人的にはそこまでハマりきらず。

思い込みとの戦い

一方で面白かったのは、先にも書いたが、本作が一貫して「思い込み」との戦いを描いていくことだ。判事選を通して黒人と白人、女性差別を描き、彼女の父でさえも彼女が弁護士をやったり判事に立候補することをあまりよくは思っておらず、何より酒の密造人の娘であることが、メディアを通して不当に彼女の価値を貶める。さらには、作中で展開するのは基本的に「愛憎劇」なのだが、ゲイやレズビアン、バイセクシュアルなど様々な性的嗜好を持つ人たちが出てきて、多様な形で「痴情のもつれ」が展開するのである。

痴情のもつれとか愛憎劇とかってミステリを読んでいて一番げんなりするパターンなんだけど(まったく興味がないから)本作の場合男☓女のワンパターンだけでなく、男☓男、女☓女☓女、男☓男☓女とかいろいろな組み合わせでの痴情のもつれが起こる。その結果ワンパターンに陥るどころか人間の関係性がよくわからないぐらいめちゃくちゃなことになっていくのだが、この感覚は20年以上前の作品であるにも関わらず現代的だなと思った。

シリーズ物であるとはいえ、一冊の中で話は完結しているので興味があれば。先にも書いたけれども、出版当時(1995年)より今の方が受け入れられやすい作品だと思う。