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ヴィジョンと行動力と実力を持ったキチガイ──『イーロン・マスク 未来を創る男』

イーロン・マスク 未来を創る男

イーロン・マスク 未来を創る男

この世界はとてもおもしろいと思う。

いつだっておかしなこと、予測もつかないことが起こる。中国の工場で信じられないような爆発が起こったり、デザインをパクったとかパクらないとかつまらないことが長々と問題になる一方で人類は月にいったり本気で火星に人を送り込もうとしたりする。ようは、「予想もしないこと」が起こるのがおもしろいのだ。

世界には常人には予想もつかないヴィジョンを持って、信じられない努力を重ねて目的を達成しようとする数々のキチガイがいる。彼らの行動はいつだって「そんな馬鹿な」という驚きでもって迎えられ、いつのまにか「当たり前」の光景になっていくことで一般化していくが「そんな馬鹿な」の瞬間にいつだって我々の「世界観」は拡張/再定義を求められる。そんな瞬間が何度もあるからこそ、この世界はおもしろい。

本書はそんなキチガイ共の中でも筋金入りの男。高校時代からして既に「火星に人類を送り込む」と宣言し初の国際宇宙ステーションとのドッキングを果たしたスペースX社の創業者にして、初対面の女の子を口説くのに第一声が「僕は電気自動車のことばかり考えているんだ」といって100%電気自動車をつくるテスラモーターズの創業者であるイーロン・マスクの伝記本になる。PayPalの共同設立社でもあり、現在も広く伝われている電子決済の主軸サービスの一つであり続けている。

Paypalで儲けた金を使っていきなり宇宙産業へ参入。民間の宇宙産業でNASAからの受注を勝ち取り、2012年には国際宇宙ステーションとの初のドッキングを成功させた。充電45分で500km近く走れる電気自動車を開発しそこら中に充電施設をつくるテスラモーターズを創業し、さらには太陽光発電に関わる企業であるソーラーシティを従兄弟と共に設立し全てのジャンルで破壊的な成功を収めている。彼の行動原理を一言で表せば「目的を設定したらそこに向けて最短ルートを止まらずに走り続けるぶっ壊れたシステム」になるだろう。

僕は宇宙開発系のニュースを漁るのが日課なのでどこそこがロケットを打ち上げただとか、どんな計画が進展しているとか、新しい技術がとかを日々見ているのだがこの数年ほとんど毎月のようにイーロン・マスク率いるスペースX社関連の情報を目にしている。*1中でもやっぱり民間企業にしてNASAと契約し、国際宇宙ステーションとのドッキングを果たした時は本当に「民間が利益を得ながら宇宙開発をすすめる時代がくるんだ!」と感動したものだ。

それで利益が出るということは、循環が加速するということでもある。参入業者が増えれば部品はより安価になり技術開発も盛んになる。「金が集まる」「利益が出る」ようになってはじめて、宇宙は我々にとって身近なものへと近づく。スペースX社はほとんど全てのロケット技術、部品を自社でつくり工夫に工夫を重ね従来の10分の1程のコストでつくると宣言し実際に実行しているいま、商業宇宙産業の中もっとも重要な人物は誰かと聞けば、誰もが彼の名をあげるだろう。

そんな破壊的な男ではあるが、派手な言動が多く、何より信じられないようなハイスピードで全ての事業を推し進めているので失敗もも批判も多い。彼を単純に信者的に持ち上げるのではなく、その「実」の部分を取り上げるのは並みの書き手では難しい。いくつか読んだけれどもピンとくるものはなかったが、本書はイーロン・マスクへ長時間・長期間にわたるインタビューと、幾人もの関係者への調査を行い何より著者自身がイーロン・マスクへ懐疑的な立場であることも手伝って冷静な内容にまとまっている。

彼が創業した会社で何度も起こった倒産の危機、その引き金となった技術的な課題を詳細に明らかにしてくれていることも嬉しい。そのあたりにも技術的な分野の第一線で活躍するライターである著者アシュリー・バンスの実力を強く感じる。

イカれた男

「キチガイ」などと書いてしまったが、彼の活動のほとんどを見たら誰もが同じ印象を受けるのではないか。著者とディナーを取りながら会話をしている時に、「夜眠れないほどの大きな心配事がある」といって何を話し始めるのかと思えば彼の友人でもあるGoogleCEOのラリー・ペイジが人工知能ロボット軍団を率いて人類を滅亡に追いやるのではないかと不安を打ち明ける。さすがに冗談と思うかもしれないがその後のエピソードなどを読むと冗談とも思えなくなってくる。

尋ねてもいないのに『人生で意義のあること、いつまでも世に残ることをしたい』と語り出す。彼にとってその手段は太陽光エネルギーや宇宙に関連する技術だった。突然宇宙の話を延々としだすので「スペース、スペースといって最初はオフィスの空間の話かと思った」と友人に言われるぐらいだ。Paypalを追い出されたものの所有株により莫大な金を得たイーロン・マスクは具体的に何をしたらいいのかもわからないままロサンゼルスに身を置き、ロシアに中古のICBMの買い付けに行く。

当初、マスクの友人たちは、ロケット爆発の映像を集めたビデオを見せ、なんとか説き伏せて金の無駄遣いを阻止しようとした。だが、マスクの決意は固かったため、レッシがロシアに同行し、マスクの暴走を食い止めようとしたのだった。 カントレルが語る。「真剣に心配してましたよ、彼は。『イーロンのやっていることはおかしい。慈善事業だかなんだか知らないけどイカれてる』とね。それでもロシアには同行してくれたんですよ」

ロシアに火星移民の為のロケットを買い付けに行く男を心配してついてきてくれる友人……や、優しいなあ……涙 その後ロシアでの買い付けは失敗し(当たり前だろ)それならばと自前でロケットを製造することを計算して実行にうつしてみせる。それが後のスペースX社だ。『マスクは、宇宙産業がこの50年ほどはまったく進歩していないと感じていた。航空宇宙会社間の競争など存在しないも同然で、彼らは最高性能の製品をきわめて高価格で作りたがる。本来ならホンダのアコードで目的にかなうところを、打ち上げのたびにフェラーリを作っているようなものだったのだ。』

言っていることはまったく確かなのだが、ろくに宇宙開発の知識もない状態、ゼロから勉強して自身で計算を行い、各地から凄腕の技術者を大量に雇い入れ、自身の金を限界まで投入しながら企業をいっぱしのものまでに育て上げていく過程は物語だったらリアリティがないと批判されるような荒唐無稽さだ。その上テスラモーターズというこちらも産業構造を一変しかねない高額な電気自動車を販売し、そちらでもイノベーションを次々と起こしてみせる。

地球温暖化を解決する、火星へ人類を入植させる、人類を新たな段階に引き上げる、誰も本気で実行することがないような壮大なヴィジョンがある。その為の具体的なプランと必要な技術を見据える現実的な能力と実行力がある。ほとんど休まず働き続け、社員が妻の出産に立ち会うためにこないなどということがあると『「言い訳にならない。本当にがっかりした。何を優先すべきか考えたことがあるのか。私たちは世界を変えようとしているし、歴史を変えようとしている。やるのか、やらないのか、どちらかはっきりしてもらいたい」』とメールを送り付ける。

こんな滅茶苦茶な人間だから反発も数多く起こる。何度もクーデタを起こされ、会社を追われ、世間的な反発もくらい、しかしそれでも「彼がやってきたこと」だけは確かなこととして現実世界に残っている。スペースX社はハイペースでロケットを打ち上げ続け、テスラ・モーターズは電気自動車を生産し続けている、それも、全てが驚異的なスピードで。大ぼら吹きか否かという段階はすでに超えたように思う。問題は「どこまで行けるんだ」というところだろう。どこまで行けるんだイーロン・マスクと言う男は。それともついにどこかで道は潰えてしまうのか。

道半ばで潰えるにせよ、そのまま走り抜けるにせよ、まったく予想がつかない。いま、世界でもっともおもしろい男だ。