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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

貧困撲滅の革命を起こした男──『ムハマド・ユヌス自伝』

ムハマド・ユヌス自伝(上) (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

ムハマド・ユヌス自伝(上) (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

ムハマド・ユヌス自伝(下) (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

ムハマド・ユヌス自伝(下) (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

貧困をいかにしてなくすのかという議論の時には今では基本的に名前の上がる人として、ノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌスさんがいる。本書は彼が立ち上げたマイクロクレジットと呼ばれるシステムを立ち上げ、それを世界に行き渡らせてきた苦闘の歴史を綴った一冊となる。1998年に出版された単行本の文庫化だ。彼の子ども時代の話とか、結婚、離婚とかわりとどうでもいい話も含まれているが、大半はマイクロクレジットの仕組みとそれをいかに実験してきたのかの実際的な話なのでマイクロファイナンス入門篇としてもいい。

僕も一時期関連本をけっこう読み漁って本書も単行本版で読んでいたのだが、何よりその着想が面白い。マイクロクレジットはその名からもある程度推測される通り、少額のお金を貸し付けるシステムである。それだけなら「はあ」というところだが、それを「ほとんど金がなく、1日数ドル程度の金しか稼ぐことのできない貧困層に、無担保で貸し付ける」のである。

当然そんな層は読み書きもできないわけだから、銀行の常識からすれば自分の名前を書いて借用証書をもらうこともできない。そもそも無担保で、そんな一日に数ドルしか稼げない奴らに少額を貸し付けたところで利子も大したことないし、返ってこない可能性が高そうだし、相手にするだけ無駄じゃんというのが旧来の銀行側からすれば常識的な判断であろう。

ところが、ムハマド・ユヌスさんはそこに「否」を突きつけたわけだ。少額の金を貸し付けて、なるべく自分自身で仕事をしてもらって、自力で稼げるようになったら返してもらう。貧困に苦しんでいる人に一時的に金を渡せば、一瞬は楽になるが結局すぐに元通り。抜本的な解決の為には、仕事を自分で行い、金を稼がせる必要がある。その為にまずは金を貸す。何百万人もの相手を対象にして「寄付という形ではなく、持続的な利益を上げ続ける銀行組織として」成立させるのだと。

こうしたマイクロクレジット銀行から金を借りる層は、「金を借りるか、さもなくば子どもの死か」みたいな極端な状況にいることが多いが、これまでであれば無茶な高利貸に頼って遠からず死んでいたような人々が楽に金を借りることができるので確実に貧困層の減少に役に立っているといわれる。

当然、「貸し倒れリスクは相当高いんでしょう?」と思うところだが、彼はそこを連帯責任のような「誰かが逃げたら誰か別の人間に払ってもらう」ほど極悪ではないにせよ「誰かが返済を渋れば、他のグループの人間に迷惑がかかる」グループ責任性システムを構築することで乗り越えた。返済率は97%以上といわれ「かつては銀行から顧客と思われていなかった層が、確かに顧客となりえ」しかも「貧困撲滅に貢献」するようになった。

僕が最初に読んで「すごいな」と思ったのは、1.貧困層に 2.少額の金を貸し付けることで 利益を上げられるのだという事実そのものと、そもそもそれをやろうとしたこと。さらに3つ目として、3.グループ制度を導入したこと もあげられる。ようは、貧困層の大半がいるところってのはこういってしまってはなんだけど「村社会」なんだよね。参考⇛世界の辺境と中世日本に共通点を見いだす──『世界の辺境とハードボイルド室町時代』 - 基本読書

公権力の管理が及ばないというか、管理をする必要もない(税などの利益が上がらないから)からこそ、地元住民の超ローカルルール、お互いのお互いによる監視社会が成立しているという。だからこそ「グループが持つ力」が都市部より強い。利益が出て、その上貧困も減らせる⇛すごい! そしてそれを成り立たせている仕組みも、よく考えてるよねえと思ったのだ。

マイクロクレジットシステムの限界

だが実際には、マイクロクレジットシステムも広く、大量に効果が検証されるようになってその限界も見えてきた。『貧乏人の経済学』では詳細に数字を上げながら『困ったことに、ゴミ拾いや徐愛華の例外的な話はあるものの、貧乏な人による事業の大半は、従業員や大した資産を持つようになるまでには決して成長しないのです。例えばメキシコでは、1日99セント以下で暮らす人々の15パーセントは、2002年には事業を持っていました。3年後、同じ世帯を訪ねてみると、営業が継続している事業はたった41パーセントでした』という結論をひきだしてみせる。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
結局のところ、少額の融資を受けたところで、多少生活の質が向上するが、貧困を脱出させるほどのものではない。少額の融資では所詮少額のリターンしか得られないのだ。もちろんそれはマイクロクレジットに何の意味もないことを意味しているわけではない。少額の融資が少額のリターンに繋がっているのであればそれはそれで十分な話なのだ(奇跡でもなんでもないんだから)。

一方で、僕が本書を読んでいてちょっと嫌だなと思うのは、あまりにムハマド・ユヌスさんの語りは希望と理想に満ちすぎているところだ。実際の効果以上のものをどうしてもこの文章からは読み取ってしまうし、扇動的な文章で(当時ですら)現実から乖離しているように思う。たとえば下記引用部とか、大げさに過ぎやしないかね。

グラミンのローンは単に現金を渡すだけではない。自己啓発や自己開発の旅へのチケットのようなものでもあるのだ。借り手は自分自身の可能性を探し始め、内側に秘められていた創造性を見出すのであった。グラミンの二〇〇万人の借り手には、二〇〇万通りものスリリングな自己発見の物語があるのだ。

本書が最初に単行本として出された1998年付近の時とは違って、今では貧困の研究も進み、貧困撲滅を目的とするのであればマイクロクレジットよりもっと効率的かつ抜本的な手段はいくらでも存在する(さっきあげた『貧乏人の経済学』を参照)。だから、今読む価値は当時ほどは存在しない。

ただ、当然ながら僕が最初にいった「すごいな」と驚いた仕組みづくり、今まで誰も注目しなかった部分に目をつける視点のよさなどいまだに面白い部分は残っている。それに、マイクロクレジットは今世界中に広がり、浸透しているのだから、その起源を目にしておくのも悪くない。

貧乏人の経済学 - もういちど貧困問題を根っこから考える

貧乏人の経済学 - もういちど貧困問題を根っこから考える

  • 作者: アビジット・V・バナジー,エスター・デュフロ,山形浩生
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  • 発売日: 2012/04/03
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