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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

生者たちの遊び場──『NOVA+:屍者たちの帝国』

SF

書き下ろし日本SFコレクション NOVA+:屍者たちの帝国 (河出文庫)

書き下ろし日本SFコレクション NOVA+:屍者たちの帝国 (河出文庫)

Project Itohの映画化企画に合わせて雑誌にムックにと活況を見せている伊藤計劃作品であるが、本書は『屍者の帝国』世界を元にして8人の作家が短篇を寄せたテーマ・アンソロジーの一冊である。同時期に出た『伊藤計劃トリビュート』がど真ん中ストレートの豪速球だとするならば、こちらは各人がそれぞれの色を出しながらゆるめに、世界観をそれぞれが押し広げるようにして構築された作品集であるように思う。その分気を抜いて楽しめるが、決して作品の出来が劣っているわけではない。

そうなったのも、元々本作の元になった伊藤計劃さんの試し書き、原稿用紙にして30枚ほどのわずかな物しかなかった=各人がそれぞれふくらませる余地があったこと。そしてこの作品それ自体が「歴史上の人物とフィクションの登場人物が渾然一体とし、死者が当たり前に蘇って動く話」という作品であったことが合わさってのことだろう。その分、どのようなものが出てこようが特に気にせず「そういうもんだ」と楽しめる(少なくとも、個人的には)というわけだ。

その自由さを反映させるように、8人の作家はそれぞれ思い思いの歴史上だったりフィクションの登場人物だったりを登場させてみせる。たとえば、藤井太洋さんは実際の歴史であればほんの数年後に明治維新が起こる1981年日本を舞台にして勝海舟や西郷隆盛に暴れさせてみせるし、高野史緒さんは『カラマーゾフの妹』を書いただけあって当然のようにドストエフスキー『白痴』の登場人物を出してくる。

まるで「屍者の帝国」で遊ぶ「生者たちの遊び場」──といってしまうとお仕事で真剣に作品と向き合っている方々に対しては失礼にあたるかもしれないが、読んだ時の第一印象はそんな感じだった。どれもそれぞれ素晴らしい出来なので一篇ずつ簡単にではあるが紹介していこう。

藤井太洋「従卒トム」

スマートに死者蘇り技術がある世界の情勢を描き、そのうちの一端を切り取ってみせる。藤井太洋作品としては剣技を用いたばりばりのアクションシーンが存在しているのが珍しくて良かった。トムとは黒人奴隷の名で短篇では語り手にあたる。面白いのは奴隷とご主人様の役割が逆転していることだ。トムは恵まれた奴隷で良い待遇をもらっていたが、その七年後には自由を手にし今度は死んでしまった元ご主人さまの屍体を操る屍兵部隊の指揮官となっている。

世界情勢は屍兵の登場によって大きく変わっており、トムはとある任務でもって日本へやってきて、西郷隆盛と協調し江戸を攻め落とさんと狙っているところ。屍兵のおかげで戦争はお互いがお互いの屍兵をぶつけあって損耗させ合うほかない状況に陥っている中、トムが実にテクニカルに屍兵を使ったチームワーク・プレイ、戦術を展開していくのも読みどころの一つ。その上、日本には一見したところ時代錯誤なカタナを振り回す凄腕の剣士らがいて──とめくるめく屍者大隊vsサムライのアクションシーンが展開することになるとくれば、それがつまらないはずがないのであった。

高野史緒「小ねずみと童貞と復活した女」

ドストエフスキー『白痴』の登場人物の一人を語り手とし、『白痴』の事件のその後を「もし、屍者化技術があったのであれば」という仮定のもと紡いで見せる。僕は元々白痴は読んでいてよく覚えていたから笑い、そういうふうにつなげるのかと感心しながら読んだけれどもこのおかしさは未読だとわからないかもしれない。

それどころか、『白痴』主人公のムイシュキン公爵が明確に『アルジャーノンに花束を』を屍者化技術的に導入し白痴状態を脱出、さらに「その先」まで突っ切ってしまう。レベルの高いこのアンソロジーの中で一番吹っ切れてるのがこの短篇だろう。『白痴』は読み終えた後にでもWikipediaあたりであらすじを確認すると良いかも。

仁木稔「神の御名は黙して唱えよ」

イスラム神秘主義の「審判の日には、すべての死者が生前そのままの姿で復活する」「死者の在りようを理想の生き方とする」という教えを信じるムスリムと「屍者」の物語。もちろん屍者はこの世界ではムスリムであろうがなかろうが成れてしまうのだが、ハイレベルな導師が崇拝行為であるズィクル(唱念)を行えば屍者を引き寄せ、指示を放つことを可能にするなど屍者化(そして、ハーモニー)と現実に存在する宗教の垣根が判断つかなくなっていく奇妙な読み味と凄味がある。

北原尚彦「屍者狩り大佐」

円城塔版『屍者の帝国』でメインを張った旅行作家バーナビー、屍者フライデーにワトソンが出てくる本アンソロジー唯一の作品となる。今週のビックリドッキリメカよろしくここで登場するのはシャーロック・ホームズシリーズに出てくる架空の人物にして射撃、猛獣狩、カードゲームの達人セバスチャン・モラン。

原作ではホームズの宿敵モリアーティ教授の部下であり敵側だが今回はワトソンと協力して「実験によって屍者化した人食い虎」討伐に向かうことになる。原作登場人物の特徴を的確に抑えて描写していく演出の巧みさに、それぞれの格をおとさずに、死んでいて銃弾をものともせずに突撃してくる虎との戦いを描いてみせる。

津原泰水「エリス、聞こえるか?」

1888年の明治21年、東京裁判所で音楽指揮者が被告としてあげられている裁判の速記録より物語は幕をあける。彼が指揮をとっていたコンサートにて、突然観客の紳士淑女らが乱交に及んでしまったのだ。突然たまらない性交に及ばざるをえないほどの情動が沸き起こる、その音楽とはいったいなんなのか。その作曲者は、死んだ後不完全な処理によって屍者化され目の動きのみは生きながらえた不完全な生者、もしくは屍者となり死の縁から生人には不可能な魔界的な作曲を施してみせたのだ。

同時に語られていくのは森鴎外とエリスの道なき恋。行くも退くもできぬ道を歩くがゆえに、誰も彼もがあっさりと死とその中間のようにある屍者の間に落ちこんでいく、「どうしようもなさ」への諦念と爽やかさが共存した短いながらも重い短篇だ。

山田正紀「石に漱ぎて滅びなば」

今回のびっくりどっきり偉人は夏目漱石。夏目漱石が書き残した『ロンドン日記』に存在する奇妙な記述にフィクション的な答えを見出そうとする短篇で、漱石は夜な夜な死者を回収している謎の霊柩車を追ううちに国家的プロジェクトの一端に触れることになる。夜ごとに死者を回収する霊柩車、石に漱ぐと鮮烈なイメージがどれも素晴らしく歴史に接続されていくが詳しくは、明かせない。

坂永雄一「ジャングルの物語、その他の物語」

冒頭は20世紀の「屍者技術がいかにこの世界を変えたのか」語りでこれが壮大で面白い。『その技術は戦後、ネクロウェアと呼ばれる一つの媒体として、電気、電信と同様に生活の中の不可視の要素になった。』ようは屍者はもろいから機械なんかとこねこねして加工して丈夫にしてから使いましょう、ということで「人狼」と呼称される人間の遺体と動物性をかけあわせる過去の実験へと話がつながっていく。

その後時代は20世紀前半へと飛び、人間豹、人間驢馬とさまざまな動物たちと掛け合わされた生体兵器らと心通わせる一人の少年の物語が始まるのだ。少年がびっくりどっきり偉人の誰にあたるのかは伏せるが、血塗られた戦争の道具としての生体兵器らと、彼が関係して生み出される人々の心を穏やかにし微笑ませる作品とのギャップがまた見事である。「フィクションだが、事実でもある」という二重性は、「屍者の帝国」という作品の一つのピースでもあるのだろう。

宮部みゆき「海神の裔」

さーてトリを飾る今回のびっくりどっきり偉人は──と、実はフィクションの偉人も歴史上の偉人も出てこない。とある田舎の村に存在した通称トムさんという屍者が、屍者にしかできない村への貢献をしたことによって宗教的な特別待遇が与えられ日本の片田舎の文化的特異性が浮かび上がってくる短篇だ。思い出を語るばあさんの端々に世界情勢などの情報が目立たない形で込められているのも良い。

おわりに

さあ、NOVA1期が終わり、+がついて2期が始まったNOVAシリーズだが、全ての巻を通して人気投票してもかなり上位に食い込むラインナップなのではなかろうか。

こうして全体をみてみると確かにみんな取り上げる偉人もフィクションのキャラクタも違えばそもそも取り上げなかったりでその趣向は随分違うが時代はだいた19世紀〜20世紀あたりに集中している。大森さんの文章によれば時代にも特に制限を設けなかったということだから、いっそのことずっと未来の屍者の帝国世界も見てみたかったが、別にこれが続いたって構わないわけで(話題性的には厳しいかもしれないが)それはいっそ「つぎ」に期待するとしよう。

伊藤計劃トリビュート (ハヤカワ文庫JA)

伊藤計劃トリビュート (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 王城夕紀,柴田勝家,仁木稔,長谷敏司,伴名練,藤井太洋,伏見完,吉上亮,早川書房編集部
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2015/08/21
  • メディア: 文庫
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