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新訳でミリタリーSFの原点が蘇る──『宇宙の戦士』 by ロバート・A・ハインライン

宇宙の戦士〔新訳版〕(ハヤカワ文庫SF) (ハヤカワ文庫 SF ハ 1-40)

宇宙の戦士〔新訳版〕(ハヤカワ文庫SF) (ハヤカワ文庫 SF ハ 1-40)

本書が最初のミリタリーSFというわけではないのだが、ごく初期の重要な作品、傑作であることは間違いあるまい。新たに加藤直之イラスト及び解説、安彦良和帯「ガンダムのルーツを新訳で! これは超お薦めです。」、過去版のカバーイラストも折り返しにカラーで収録され、表紙イラストの下にはパワードスーツの三面図がある贅沢な本である。ハヤカワ文庫補完計画という早川書房70週年を記念した70冊を復刊、新訳、新版で蘇らせる企画のうちの一冊であるが、明らかに気合が入っている。

ずんぐりとして、どてどてと歩きそうなスーツのデザインはいかにも硬そうで、しかしきちんと関節部の仕組みまで考えられており「着れて」「動けそう」に書き込まれている。訳はベテランの内田昌之さんだし何の問題もなく、まさに磐石の布陣だ。

大学生ぐらいの時に読んでおもしろかった記憶があって、その後僕もそれなりの数のミリタリーSFを読んできた。ミリタリーSFとは、基本は宇宙を舞台に軍人が異星人やら人間やらとどんぱちを繰り返すお話ではあるが、その中でも細かくわかれていって軍隊描写及び一兵卒の視点が秀逸な作品もあれば、戦闘指揮が秀逸な作品もあり、キャラクタ小説として完成されているものもありと多様かつ先鋭化していっている。

そういう背景があるので、ごく初期の作品である本書を読んで楽しめるのかはちと不安だったんだけれどもまったく問題なく面白い。読んでいて「ハインラインは小説を書くのがうめえなあ……」とか愚にもつかないことをしきりと考えてしまうぐらいには隙がなく、隅々までネジがきっちりと締められたような面白さだ。

自身の海軍経験を元に書いたと思われる、甘っちょろい考えを持った新兵が上官から徹底的なしごきを受けて心身ともに疲弊し状況に適応していく描写は見事だし、軍隊特有のセリフ回し、本書の中核をなす敵宇宙人をぶっ飛ばすパワードスーツの描写、敵の得体のしれなさの描写など一つ一つのものがすべて洗練されている。

簡単なあらすじ

この古典的名著に対して、今更解説を入れていくのもどうかという気がなくはないが、読んだことがない人向けに。ミリタリーSFとはいえ、本書は半分以上主人公ジョニーが親に決められたルールから逃れたい一心で軍隊を志望し、訓練を続けパワードスーツ部隊へと配属されていくまでの過程に費やされており、この世界がどうなっていくのかといったことを一人の未熟な兵士の視点から見ていくことになる。

銀河系に行き渡った人類だが、ついに地球への蜘蛛型宇宙人からの攻撃を許してしまい、防御に回ったり敵の拠点を叩きに行ったりと機動歩兵部隊は大忙し。戦争は激化し、ガンガン人類は殺されていって満足な数の士官も揃えられず訓練を終えたばかりのジョニーもひょいひょいと昇進する。精神的な成長、身体的な、技量的な成長と共に戦場はどんどん過酷に、一兵卒の重要性もましていっていよいよクライマックスへ──とわかりやすい構成である。

やはりパワードスーツでしょう

 パワードスーツは宇宙服とはちがう──でも、同じように使うことができる。基本的には鎧でもない──でも、円卓の騎士たちが着ていた鎧よりはすぐれている。戦車でもない──でも、機動歩兵はひとりで戦車隊と対峙し、支援なしでそれを全滅させることができる。機動歩兵と戦車で戦おうとする愚か者がいればの話だが。宇宙船でもないけど、少しなら飛ぶことはできる。とはいえ、宇宙船だろうと大気圏航空機だろうと、パワードスーツを着用した兵士と戦うには、その兵士のいる地域に集中爆撃をおこなうしかない(一匹のノミを殺すのに家をまるごと焼き払うようなものだ!)。反対に、ぼくたちには、飛行船だろうが潜水艦だろうが宇宙船だろうが、とにかくどんな船にもできないことがたくさんできる。

やはり本作の特徴といえばパワードスーツである。ごつごつしていて、つよくて、敵をばーんとやっつける無敵のスーツだ。今となっては現実的な兵士の装備や、一般的用途まで含めて割とありふれたものになってしまったが、当時はまだフィクションとしても珍しかったはず。少なくとも英語版WikipediaのPowered exoskeletonの項では、fictionとしてはEE Smithのレンズマンシリーズが1937年、最も有名な出現としてその次に1959年の本作が挙げられている*1

最初期の一つとはいえ、最初からその魅力は十全につめ込まれている。なぜ人間がわざわざそんなものを着なければいけないんだ? 戦車で(今ならドローンとかの無人兵器か)、でいいじゃんとはいかない。人間が入り込んで、機転と小回りをきかせて様々な破壊を行う、何よりも着れるものでなければならないのだ。加藤直之さんも解説にてこのパワードスーツへの熱い思いを語っている。

なにより、人が着るというコンセプトがきちんと叶えられていないのなら、それは『宇宙の戦士』のパワードスーツとはいえない。ロボットなら内部形状に合わせて最適化された骨組みを後付けの理由で考えればいいし、必然としてそれは二重関節だったりするのだが、人が着るパワードスーツではそういうわけにはいかないのである。

ごつごつとしたパワードスーツ、それが宇宙空間から降下し圧倒的な奇襲攻撃をかけて一瞬で拠点を制圧するというイメージは深い印象を残す。様々な作品に影響をあたえていくに足る、鮮烈な光景だ。帯にある安彦良和さんのコメントを見るとわかるようにガンダムもルーツと言わしめるほど影響を受けているし、最近だとAll you need is killのパワードスーツと降下シーンなんかもズバリそんな感じだ。

All you need is killは敵の宇宙人の特性も本作と似通っているが(働き蟻的宇宙生物とは別に司令塔の女王蜂的なあれがいてそいつを倒すと勝利状態になる)これは何が起源なんだろうな。起源はまあ、虫なんだが。フィクション的にはどれだけピンチに陥ろうが一匹倒せばいい起死回生を演出しやすいから使いやすい設定/設計ではある。

後続作品に多大な影響を与えながらも本書が依然として面白いのは、洗練する余地をほとんど残さないほどこの作品で完成させてしまったからなのかもなと思った。