基本読書

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現実をゲーム化せよ──『スーパーベターになろう! ゲームの科学で作る「強く勇敢な自分」』

スーパーベターになろう!

スーパーベターになろう!

『幸せな未来は「ゲーム」が創る』のジェイン・マクゴニガル最新作だ。前著は人々が何十時間もゲームに没頭できるのであれば、それを現実の問題解決に役立てる方法論を構築したらどれだけのことが可能になるだろう──? という、俗にいうところのゲーミフィケーションを利用した社会変革実験の数々を紹介され「こりゃ凄い」と驚かされたものだった。当時の感想⇛幸せな未来は「ゲーム」が創る - 基本読書

それと比較すると、今回は副題に『ゲームの科学で作る「強く勇敢な自分」』とあるように「自己改造」にゲーム的な枠組みを使っていくにはどうしたらという「個人向け」の内容になっている。自己改造だなんだというと「自己啓発かよ」と思ってしまうところもあるのだが、本書はこのスーパーベターメ・ソッドの為に行われた幾つもの臨床試験、心理学や神経科学などの学術論文を踏まえたところからゲームシステムを組み立てており、その精度にも期待が持てる(注意点もあるが、それは後述する)。

 ペンシルヴェニア大学でおこなわれた無作為化比較試験で、スーパーベターを一ヶ月間実践すると次の効果があることがわかった。憂鬱、不安が著しく軽減され、楽観的になる。まわりからのサポートをもっと受けられるようになり、自分には目標を達成して成功する能力があると自信が持てる。また、幸福度と生活への満足度が大幅に増す。

スーパーベター・メソッド? そういうゲームがあるの? といえば、実際にぴこぴことiPhoneなりモニタでやるゲームがあるのではなく、達成目標と悪者の設定とそれを達成するための制約は基本的には自分で決めるのだ。たとえば、クエスト1 肉体のレジリエンスと題されて本書に載せられているクエストは、立ち上がって散歩歩く、もしくは両手で握りこぶしを作り、5秒間、頭上のできるだけ高いところまであげるのどちらかをあげる。それを実際に自分でやるだけで「クエストクリア」だ。

なんだ、そんなことをやったってしょうがないよと思うかもしれない。実際にこのクエストを一つクリアしたところで別になにも起こらないが(ずっと座りっぱなしでいるよりかは少しは健康になるだろう)、このようなクエストが本書には無数に記載されている。その上、別に自分で作ったっていいのである。本書にはその為の方法論とそれがいかに効果をあげるのかの数々の体験例が収められている。

考え方の枠組みを提供する

無作為化比較試験結果とは別に個人的な感想で言えば、「効果はある」だろうなと思った。これは要するに現実の諸問題に対処し、自己改善を進めていく際に「わかりやすい枠組み」を提供する試みだからだ。漠然と「自己改造してよりよい自分になってください」と言われても困る。自己啓発書にはよく「無駄なことにはくよくよ悩まない」とか「がんばる」みたいなことが書いてあるがいったいなにが無駄で何が無駄でないのか誰が教えてくれるのか? がんばるとだけいわれてもどうしようもない。

本書で挙げられているクエストはシンプルなものもあれば、具体的でそこそこ込み入っているものもある。たとえばあなたからの連絡を喜ぶであろう人、あなたが近況を聞きたい人、あなたから連絡があったら驚くかもしれない人の三人をあげ、その三人をイージーなら最初の一人に、ノーマルなら二人に、ハードなら三人全員にメッセージを送る(これは当然、難易度は自分で決めるのだ)。そのメセージは「今日は10点満点でいうと何点?」、そしてそれに対して報告がかえってきたら、「その6点を7点にするために、わたしにできることはない?」と返す。

「ちょっと大変だな」と思ったかもしれない。それだけに、関係性構築について効果のある動作だ。もちろん相手が本当に自分のことを嫌っていて「殺すぞ」と返ってくる場合もあるだろうが、特に会う必要もなく、相手のことを気にかけている(それも、別にウソをついているわけでもない)と伝えることが出来るんだから、それ程のリスクもない。こういうことは「クエスト」として明示的にルールが決められでもしないとなかなかやろうと思わないものだ。点数をきっかけに話題にもできる。

また、本書ではYoutubeで動物の赤ちゃんの動画を観ること、窓の外を30秒眺めること、母にメールを送ること、腕立て伏せを10回やることなどなどを「パワーアップアイテム」と呼んでひとまとめにしている。日常生活上感情に+になることを自分を強化するアイテムとして捉えているだけではあるが、類型化し自分なりの「一日のパワーアップアイテム使用回数」を決めておくとわかりやすい(グラス一杯の水、大声で歌う、三分間でできるだけ多く”いいね”を押す、などなど)。

少しの間いい気分にさせてくれるものをパワーアップアイテムだとするのであれば、成長を阻害し、不安、痛み、悩みの種になっているものは「悪者」そのものだ。ピザ、ケーキなどは体重からすれば悪魔の食べ物であるし、ダイエットするのであればそれらを「倒す」必要がある。孤独で寂しくそれを嫌だと感じるのであればそれも悪者だし、持病を患っているのだとしたらそれも「悪者」だろう。相手毎に勝利条件も異なってくる。肥満の的としてのケーキならば、我慢して食べなければ「勝利」だ。

「悪者」や「パワーアップアイテム」という枠組みに当てはめることで「対処」して「利用」するものであることが明確になるのは利点だろう。我々は困難に立ち向かう必要がある(時がある)が、そもそも困難を明確に定義する前段階でぐだぐだ過ごしてしまうことも多い。悪者思考はそのような状況にある程度の整理を与えてくれるものだ。「倒した!」とか、パワーアップ! とか、「クエストクリアした!」とかいうと「やったぜ!」という快感も生まれるし。

クエストは自分で考えてもいいし、孤独を癒やし、人々との関係性を構築させ、自身の肉体を強化しと様々なものが本書にも既に載せられている。600ページ近いのでだいぶ分厚いが、結構な分量がクエストにあてられているので読むのも楽ちんだろう。ただちょっと気をつけておきたいのは、これはあくまでも「補助的なツール」として使うのがいいだろうということだ。本書でも白血病などで余命宣告をされるような難病の人々がスーパーベター・メソッドで前向きに暮らせるようになった例などがあげられているが、当たり前だが難病を治療するものではない。

著者は脳に外傷を負い、軽度ではあるものの脳震盪症にかかり自殺願望に苛まれることになったが、この自殺願望との戦いをゲームに変えた体験などを語っているが、自身が書いているように『憂鬱と不安は奇跡のように消えていた。とはいえ、頭痛や認知症状までもが奇跡のように治ったわけではない。』のだ。病気に関しては専門家によって脳震盪症の治療法は確立されている部分があるのだから、これに限らず、各病気は専門医に診てもらうのが当然だが最善だろう。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
日本だと一時期ゲーミフィケーションだなんだと本が何冊もばーっと出て、その後流れはすとーんと止まってしまったように見える。が、たとえば「飲まなければ命に関わる薬」「ただし長年にわたって飲まなければいけないからついつい面倒になったりして飲まなくなったりする」習慣にゲームメカニクスを導入して「楽しく」「積極的に」できるようにするなんてこともあるわけで、依然として重要な観点だ。

幸せな未来は「ゲーム」が創る

幸せな未来は「ゲーム」が創る

  • 作者: ジェイン・マクゴニガル,妹尾 堅一郎,武山政直,藤本 徹,藤井 清美
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2011/10/07
  • メディア: 単行本
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