基本読書

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TCGプレイヤ視点の能力バトル物──『悲亡伝』

悲亡伝 (講談社ノベルス)

悲亡伝 (講談社ノベルス)

2段組ノベルスで平然と500ページを超えてくるあのシリーズがかえってきた。

壮大にして膨大にして長大な四国編が終わったかとおもいきや、新しく世界編がはじまったこの伝説シリーズ。これがまた長い、長すぎる。しかも恐ろしいほどに話が前に進んでいない。もちろん、その明らかに一貫して一巻ごとが長いこの構成は狙って行われているものであり、下記記事で何度も書いてきたがそれが「面白さ」に貢献しているのも確かなのである(本記事でも後述する)。○○編ごとに話がわかれるので、この記事を読んで気になった人は本書『悲亡伝』から読んでもあんまり問題ないぞ。
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作戦検討型能力バトル物

この伝説シリーズの概略を簡単に説明すると、あらゆる感情を持たず、それ故クールに生き残るための判断を行うことのできる空々少年を主人公として、人類の殲滅を目論む「地球」と戦うお話である。地球は突如すさまじい悲鳴をあげて人類の3分の1を殺すなどめちゃくちゃなやつだが、人類側もやられてばかりいるわけではなく科学技術やそもそもなんか凄い超能力みたいなものを持っている人たちを動員し、人間の中にそうとはわからないように紛れ込む「地球陣」と戦っている。

何しろいきなり人類の3分の1が死んでしまうようなめちゃくちゃな状況なので、殺し屋拷問など超法規的措置が平然ととられる。地球撲滅軍に所属し、ヒーローとして活動する空々くんは、敵性能力者などと戦いつつ、その冷静な分析能力と判断力によって、明らかに自分より格上の能力者を倒してきたのであった。その傾向が極まったのが、閉じ込められた四国で様々な能力を持つ魔法少女達とのデス・ゲームに巻き込まれ、複数対複数のチーム・デスマッチを繰り広げる四国編だ。実質ジョジョやね。

もちろん敵がどんな能力を持っているかなどわからない。ひょっとしたら心を読んでくるかもしれない、水を操る能力かもしれない、透明になるかもしれない。対してこちらはこちらで複数の能力者がいるので、そうした能力を組み合わせて何ができるのかを検討する。全ての可能性を考えながら、生き残りをかけて「作戦を検討」していく、それがこの長さに繋がっているのであり、面白さでもあるのだった。

TCGプレイヤ視点の能力バトル物

四国編を「魔法少女」と「バトルロワイヤル」に重点をおいて描いてきた編であるとするならば、本書からはじまった世界編は、「大規模チーム戦」に重点を描いた展開といえる。空々くんは、四国編までは基本的に現場で身体をはって、多くても3〜5人ほどの人間をまとめあげ、その場で作戦を練って行動を決定してきた。それが本書からは打って変わって、12人ものチームメンバーを率いて個性豊かな能力と才能と性格を考慮し指示を出すチームリーダーとしての戦を展開することになる。

もちろん、四国編でも彼はリーダーだったし、複数対複数のチームバトルをやっていたのだが、今回は人類軍の中に裏切りの組織がいるかも──ということで、ツーマンセルのチームを組んでロシアやイギリス、中国といった世界中へと散らばっていくことになる。そうなると彼はもはや現場で全員に対して細かい現場指揮をとれる立場にはない。個々人の癖や能力、人格を考慮しペアを決定し、それがいった先でうまく機能するかどうかを祈る上位指揮官となったのだ。

あいつはバカだから機転の効くやつと組ませないとという消極的理由からくるペアもあるし、お互いの能力を活かして積極的にシナジーを発揮させるようなペアもありえる。本書ではまるで効果的なデッキを構築する思考過程を追うように、ペアを決定する理屈を延々と述べていくが、これは作品が「主観視点で行う能力バトル物」から、司令塔となってクリーチャーに命令を出し全体の指揮をとるMTGのような、「TCGのプレイヤ視点の能力バトル物」へと切り替わったようなものだ。

この傾向は意図的なものだろう。何しろエピローグの活動報告には空々くんの采配を評価するような視点が挟まれ、最後には一人一人の武力や行動力や運、対人能力などを円で示したデータが載せているのだから。相変わらず遅々として進まない話ではあるが、毎度毎度話のスケールは大きくなるし(四国から今度は一転世界だ)、能力バトルの形式もどんどん切り替わっていく、やっぱり面白い部分は面白いのだ。

作戦検討型能力バトル物の極北を読みたいのならば一読をオススメする。