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SFテーマパーク──『ガンメタル・ゴースト』

ガンメタル・ゴースト (創元SF文庫)

ガンメタル・ゴースト (創元SF文庫)

裏表紙のあらすじを最初に眺めていて驚いてしまった──第二次世界大戦中、英空軍で活躍する不死身の戦闘機エース"高射砲"マカーク。隻眼、葉巻と二丁拳銃がトレードマークの彼はある日、禁断の真実を知る──本当の彼は仮想空間に囚われた、人ならぬ存在だったのだ!』 うげげ、こんなところで明かしてしまっていいのか! と思ったのだが、読んでみたらまったく問題なかった。映画で言えば「冒頭は派手にアクションさせておこうや!」的に最序盤に明かされる情報である。

大体、今時短篇ならまだしも長篇で「実は仮想現実だった!」オチはあまりに使い古されているから、明かすのが問題になるレベルで使いまわされるとそれはそれで困る。というわけで本書『ガンメタル・ゴースト』だが、分類としては拡張現実SFというか、てんこ盛り痛快娯楽SFといったところか。舞台は若干こっていて、架空の歴史──1956年にフランスは財政難からイギリスとフランスが政治経済上の統一を果たし、エリザベス二世女王陛下がフランス州の元首となった世界だ。

時代はそこから100年ばかしが経過した2058年の近未来。香港をめぐる中国と各国の対立は依然続き一瞬即発、民間所有の火星探査機は今や発射秒読み段階で、脳の機能は神経ジェルで代替がある程度可能になり、バックアップから人格の復元がある程度可能な状況にある。物語は皇太子であるメロヴィクが、自身の母親が経営するそのオンラインゲームでAIのマカークが不当に扱われているのではないか、であれば救出するべきではないかと仲間にそそのかされて行動を起こすところから始まる。

物語のもう一つの軸は、別居中の夫が殺されたヴィクトリアが、ゲーム機に残されていたバックアップから夫の人格をアプリとして復元し、いったい恋人に何があったのかを突き止める為に行動するパートになる。当然物語が進むうちにその二つのパートは混ざり合い、それだけではなく背景にあった「中国をめぐる国際情勢の悪化」「火星探査機ロケット」「記憶をバックアップし、時にはそれをアプリとして再現できる技術」「神経ジェルといって脳機能を代替することのできる人工脳」「拡張現実」の全ての要素が混合させて人類の危機に立ち向かう展開に発展していくので「てんこ盛り痛快娯楽SF」と最初に書いたのだ。

拡張現実テーマも、脳を一部置き換えられる神経ジェルも、火星探査機も、本格的に描こうと思えばいくらでも展開できる題材ではあるが、一つ一つの問いかけはかなりあっさりと処理されていく(からこそ全てが混ぜることが可能になっている)のがなかなか面白い。バックアップされた人格から蘇った人間に同一性は存在するのか、脳の半分が神経ジェルに置き換えられた人間を人間と呼べるのか。当然そうした問いかけと意見の対立(例:バックアップから復元したお前は元のお前とは別物だ! いや同じだ!)も存在するが、「おまえは自分の信じたいものを信じろよ」でだいたい決着がついてしまう。あと、次から次へと真実が発覚し命の危険が降り注ぎ続けるので「そんな事で長々と悩んでる場合じゃねえ!!」的にSFでよく語られるテーマをジェットコースターで軽く触れながら走り抜けていくような爽快さがある。

もう一つの読みどころはやはり、救出されたマカークが現実で「ゲームをぶっ壊してやりたい。セレステ社のクソどもに思い知らせてやる」と持ち前のパイロット精神を発揮して暴れまわる単純明快なアクションパートだろう。このマカーク、基本はずっとゲームにいたキャラだから明らかに言動がフィクションフィクションしているのも拡張現実育ちと現実育ちのズレが感じられて面白い部分だ。『さあ、ぼけなすども。現実を思い知るお時間だぜ。』とか恥ずかしいセリフを(これは地の文だが)連発するので「アイタタタタタタ」と思うが、そういうキャラなのである。

冒頭を読んでいる時には想像もつかないほど規模のデカイ話になっていくのだが、そのへんは読んで確認してみてくだされ。読み終えた後に気がついたけど、英国SF協会賞を『叛逆航路』と同時受賞してるんだなこれ。かなり傾向の違う作品だけど。

叛逆航路 (創元SF文庫)

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