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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

たったひとりの人類代表──『中継ステーション』

中継ステーション〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫 SF シ 1-5) (ハヤカワ文庫SF)

中継ステーション〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫 SF シ 1-5) (ハヤカワ文庫SF)

表紙には美しい少女と、背景に小さな一軒家と川が描かれているが、まさにそれが表現しているかのように、牧歌的な世界の美しさがじんわりと浮かび上がってくるような作品である。シマックはハインラインやクラークと同時代を生き、高い評価を受けていたとはいえ、読んだことがなかったのだけれども、今回を機に読めてよかったな。原書刊行が1963年と50年以上前だが、限定された片田舎の物語であり、時代を経ても古びている部分が少なく、オリジナルな部分はいまだに色あせていない。

舞台となるのはアメリカ中西部の一軒家で、実はそこは多くの異星人が星から星へと移動する時の中継ステーションになっているのだ。地球人として唯一その存在を知るイーノック・ウォレスはそこの管理人として存在しており、その一軒家の中にいると歳をとることもないから、本来であれば124歳になるはずが見た目は30代を保っている。面白いのが、そんな特殊な状況下にありながらイーノックは基本的に人と交流せず、散歩に行き、郵便を受け取る至極規則的な生活を送っているところにある。

誰にも話すことの出来ない秘密を抱えながらも、銀河中から集まってくる様々な異星人と話をし、事実上死と時間からも解放されている為に、普通の人間ではありえないほど「大きな視点」をイーノックは持つに至っている。銀河に散らばるうちの一種族でしかない人間を「人類」として捉え、その能力の限界と行末をある種客観的に観察している。『人類の視野は狭く、しかもごく一部しか見ていない。古い概念を乗り越えようと、ケープカナヴェラルから宇宙にロケットを打ちあげようと躍起になっているいまですら、他の星のことはほとんど想像もできずにいる。』

また、時間から解放されていることもあってその時間間隔は個人ものよりかは広く解放され、どこか自然と同化している部分もある。『数百万年も生きていれば、人間でも多少は答を見つけられるかもしれない。今日という晩夏の朝から、イーノックが数百万年先までも生きながらえていれば、答を見つけられるかもしれない。』

そうやって、地球以外に存在する広い文明の世界を知り、人類というものを相対化する機会がある人間だからこそ──、彼の家の周囲にあるなんでもない風景や、日常が彼に素晴らしく感じられるようになる。さんざん旅をしたあとに「やっぱり日本が一番だな」とか「やっぱり故郷が一番だな」とか、一番ではないにせよ、元いた場所の良さが見えてくることは誰にだってあると思うが、その宇宙版のようなものだろう。

 しかし、そういうことをすべてわきに置いても、イーノックは外の狭い世界を恋しく思うに違いない。世界の片隅にある、彼が生まれて育ち、よく知っている地。徒歩でぐるっと回れるほど狭い地。イーノックはこのささやかな地を自分の足で歩きまわることで、自分が地球の市民、人間でありつづけられているのだと思う。

もちろん、地球は──というより、人類は「良いこと」ばかりではない。この先破滅的な戦争がいつ起こってもおかしくない冷戦の時代に書かれた作品でもある。イーノックのみが管理人として登録され、他の人類にはそのことが秘されているのは、人類はまだその段階にないとされているからだ。物語は最初こそ異星人とイーノックの交流を描き、その日々を淡々と描いていくものだが、次第に銀河同盟と地球の関係は大きな決断を迫られるものへと変貌していく。イーノックは、そんな時に、事実上たったひとりで人類を代表し、交渉によって人類の立ち位置を決定しえる男なのである。

彼が悩むのは、たとえば人類は銀河同盟に入るに値する種族なのか、ということだ。それはもちろん「いま」そうである必要はない。この先、数十年、数百年の時を重ねて良い方向へ変化していければいい。しかし、それは可能なのだろうか。『幼年期の終り』などいくつかの「人類進化テーマ」の作品では、割合人類は問答無用で強制的に進化させられてしまう(その結果が肯定的であれ否定的であれ)ものだが、本書の場合はその前段階で我々はどうするべきなのかを、ひとり人類とその歴史を相対的に見ることができる男が延々と悩み続ける作品であるといえるかもしれない。

彼の立ち位置的には単純な「人類」の枠に引っかかるわけにはいかない、というのもある。人類の中には確かに野蛮な人間がいるが、彼までがそうである必要はない。逆に、彼を含めたどんな人間にも戦うことは本能として仕組まれ、それが最終的には必然的に戦争を引き起こすのかもしれないと考えないわけにもいかない。

異星人と多く交流し、歳もとらない事から異星人と地球人の間で揺れ動く彼の不確定性は、物語が終盤に至るにつれさらに強くなっていく。様々な文化が交錯する中継ステーションで、彼が自身と人類をどのように規定するのか。最初に述べたように牧歌的な、周縁部からじんわりと広がってくる地球の良さ、みたいなものがあるのは確かだが、野蛮さまで含めた人類を総体的に描こうとする作品でもある。

あんまり触れてなかったけれどもいろんな異星人がやってくるからコミュニケーション物としても面白かったりする。異なる異星の文化を受け入れ、理解していく過程であったり、発音不能な言語や身振り言語のみを利用する種族とコミュニケーションをとるために発達した意思伝達学の存在などわりと作りこまれた設定がある。