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物を作って生きるには ―23人のMaker Proが語る仕事と生活

物を作って生きるには ―23人のMaker Proが語る仕事と生活 (Make:Japan Books)

物を作って生きるには ―23人のMaker Proが語る仕事と生活 (Make:Japan Books)

23人のMaker Proっていったい何なんじゃい、と思うかもしれないが、基本的には個人事業主であったり、あるいは副業、趣味として工作活動をやっている人々のエッセイ集成である。つまるところ、町工場の職人や大人数をまとめる社長などは含まれていない。あくまでも個人、あるいは少人数チームを組んで活動している人々だ。

日本ではあまり馴染みがないだろうが、そうした活動の背景には米オライリー社が2005年に創刊した雑誌「Make:」を中心に、テクノロジーの進化とコミュニティの発展がうまく噛み合ってメイカー・ムーブメントとして広がってきた経緯がある。Maker Proとして自立して工作を楽しみ、それにより結果的に金なり利益なりを受け取っている彼らは、ほとんどの場合最初は趣味として、レゴを組み立てるなどのレベルからその活動を始めている。それが次第に技術力が増し、できることの規模と野心を大きくなるとお金のもらえるビジネスや、生き方そのものに発展していく。

そんな人々を扱った本書は、物づくりについての本というよりかは、物づくりをする人々の生き方とその精神性についての本(仕事と生活と副題に入っているように)なのだ。編者の言葉を借りれば、以下のようになる。

 これは、「ホビー」を超越して、それによって生きることにした人々を祝福する本である。執筆者とインタビューを受けている人々のほとんどは、自営業か、もしくはそれに近い存在だ。彼らは製品を販売しているが、残りの時間は新しいハードウェアとソフトウェアについて学び、彼らが発見したものを活かした美しいプロジェクトを作ることに費やしている。

いろんな働き方、いろんな人生

このような仕事の在り方、発展の仕方が可能になったのは、情報のやりとりが容易になり、Raspberry Piのような安価かつ高機能な機器がこの世に生み出されてきた影響が大きいのだろう。Makerの一人で、レゴファンコミュニティの為にミニ照明とオートメーション機器を製造し販売する会社をやっているロブ・クリングバーグなどは(読んでもしばらくそんなものの需要があることが理解できなかった)『今日、私たちに必要なものは、PayPalアカウントと、インターネット接続と、自分のアイデアは最高だと信じる、時に狂気すれすれの強い思いだけです』と語る。

ロブ・クリングバーグはある意味では非常にわかりやすい単一の、役に立つものを製造し販売しているMakerだが、本書に出てくるMakerとしては決して多数派ではない。たとえばウェンディ・トレメインによるエッセイは「無職のやりかた」というタイトルで、フルタイム労働生活と、必然的にそうなる消費主義から離れて生きることを語っている。自分たちで太陽光発電装置をつくり、ワインを自作し、『「私たちはできるかぎり、お金を遣わないようにしている」』というわけだ。

この「消費するためのもの」が溢れかえった世界において、自分たちの欲しいものを自分たちで作り出すMaker的な開拓者精神にあふれた人たちはみな確かにとても楽しそうにみえる。Maker精神とは結局のところ、「なんでも欲しいものはつくってしまう」ものであり、現代ではだいたいなんでも作れるのだから、欲しいものが人によって大きく異なる以上──それは鉄道システムであるのかもしれないし、レゴであるのかもしれないし、食べ物から飲み物まで自分で賄う生活であるのかもしれない──その生き方は自然一人一人異なっていってしまうものなのだろう。

クリス・"アキバ"・ワンと名乗る男は、日本在住15年目の中国系アメリカ人で、今は日本の田舎で月400ドルで建物を3棟農場つきを3人で借りて暮らしている。リノベーションをして、農業をして、場所は広く食べ物もあって、生活コストがほとんどゼロに近いのでいろんな人間が申し込みもなしにきてよく、適当に何かをつくったり、手伝ったりしさえすればそこで暮らしていいのだという。似たようなことを日本でもphaさんなどがやっているが、今後ポピュラー……とまではいわないにしても、選択肢の一つとして知られるようになるのかもしれない。

もちろん、ある程度"ビジネス"としてそのMaker精神を発揮するとなると、さすがに対処しなければいけない煩雑な問題も増えてくる。コストは当然ながらペイするように調整しなければならないし、競合他社にシェアを奪われるかもしれない。革新を続けること、状況を読み、価格を修正してといろいろやらねばならぬ。商業的なフルタイムメイカーでそうした事態と日々向き合っている人も幾人もおり、Makerという文化に対して多様な観点から迫ってみせるなかなかの良書である。

私たちはなぜ物を作るのか

変わり種だとオープンPCRのようなハードウェア・ツールをつかってDNAを増幅させるDIYバイオを行う人達のエッセイであったり、メイクとシェアについて研究しているゴーントレット教授のエッセイなどもある。後者の研究者が言っている、「私たちはなぜ物を作るのか」の動機例が他のMaker達にも当てはまっていて面白かった。

1つは、媒介。作ることそれ自体の喜びや楽しさを目当てに、能動的に物を作る動機。2つ目に、共同体。作ることは社会的な行為であり、対話とコミュニティへの能動的な参加をする為である。そして最後に承認。自分の作ったものや貢献によって、面白い人々に認知され、尊厳を得る。こうして見ると、なんというか、マンガや小説などの同人文化などにもそのまま当てはまる分け方でもあるね。

個人が少数に向けて特別につくったものを買うのは、マクドナルドであらかじめ用意されたハンバーガーを買う事とは体験からしてまったくの別ものだ。つくるのも特別な行為であるが、それを買ったり、あるいは交換したりといった体験もまたのちのちまで記憶に残る特別なものになるのだから。Makerというムーブメントが、そのコミュニティと共に発展してきたのも必然ともいえるだろう。

おわりに

ちなみに原書からの完訳に加え、本書には日本を拠点に活動するMaker達のエッセイ&インタビューも収録されておりお得な内容である。国が違えども、作りたいものを作って生きる、そのMaker精神には違いがない。ニコニコ技術部など動画でその活動を報告する人たちもいるし、鉄道や飛行機など個人でやっているにも関わらず世界的に有名なMakerが何人もいる。日本人だけでも一冊編めるぐらいではないだろうか。