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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

なぜ宇宙は弱肉強食なのか──『天冥の標IX PART1──ヒトであるヒトとないヒトと』

SF オススメ! 天冥の標

天冥の標IX PART1──ヒトであるヒトとないヒトと (ハヤカワ文庫)

天冥の標IX PART1──ヒトであるヒトとないヒトと (ハヤカワ文庫)

※基本は読み終えた人用。読み終えていないヒトは下記を読むように。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp

全10部を予定している本シリーズもいよいよ第9部まで至り、宇宙へと散らばった人類、人類外の生物、人類が生み出した知性を持つ生命らが入り乱れ複雑化してきた。生命としての知性としての基礎が異なれば、その生存戦略も動機も大きく異なる。

それらがいかにして育まれ、各勢力の基礎として成長してきたのかを数百数千年に渡って書き継いできたのがこの天冥の標シリーズだったと、一面的には総括してしまってもいいだろう(あまりにも太くしっかりとした複数の軸があり、全てを総括することなど完結してみなければできそうにない)。特に本書には「そこまで風呂敷を広げてしまってまとめあげることができるのか──!!」という驚きにも至るのだし。

この第9部PART1は、その複雑化した状況をいったん整理し、解きほぐすような巻になっている。それは手探りの中で第8部を通しても行われていたことだが、今回はその解答編といったところか。妙な振動、なぜ咀嚼者たちと生き残りの人類の生活圏が完全にわかれたままでいたのか、なぜ突然咀嚼者は冷凍睡眠から目覚め急にその活動を開始したのか──ほとんどの疑問点がここでいったん開示されたことになる。

超越知性体大戦

丁寧にこれまでの因果を説き起こし、何が書く勢力の動機になっているのかが改めて明らかにされ、そしてラストに至っては「いま、本当に何が起こっているのか」「これから、何が起こりえるのか」が読者の目の前に提示される。果たしてこの物語はどこまでいってしまうのか──僕は全宇宙を巻き込んだ三国志のようなものをイメージしている。この広い世界に、幾つもの生命が溢れており、その勢力は各々の生存戦略で世界への拡散を目指す。人間よりもはるか前からこの世界に存在する超越知性生命体達の生存競争──それがここにきてついに、ついに本格化してきたのだ。

オムニフロラ勢力は準完完全戦略と呼ばれる宇宙においてどのような事態に遭遇しようとも拡散を可能とする戦略をとっている。

 もうおわかりでしょう。オムニフロラの生存戦略は、情報伝達の波面を追い続けることで、常に先手を撮り続けるというものなのです。増えることと勝つことが逃れ難く結びついているのです。言い換えれば、増えるほうが生きやすいから増えるのです。生きやすいと感じたとき、生物は決して増えることをやめません。それゆえにオムニフロラは増え続けるのです。*1

敵対する勢力が現れることを前提とし、それとの争いで常に数的優位に勝つための絶対的宇宙覇者となる為の準完全戦略──それは無限にほかの存在を食い尽くす生き方であるが故に、他の異星生物との遭遇・開戦は必定である。「なぜこれまでの宇宙ではその方法で支配した生物が出てこなかったのか」という疑問もある。しかし、『「何事にも初めのひとつはあります」*2と作中でも言及されるように、オムニフロラ勢力がその初めのひとつなのかもしれない。

オムニフロラ勢力について簡単にまとめておこう。第5部の断章にしてこの覇権戦略の存在が明かされ、その後オムニフロラが各地の勢力を食いつぶしていることが判明する。ノルルスカインは早くからそれに気が付き、各地の種族をまとめ数千万年にわたる戦いを展開している。カンミア恒星は自力でオムニフロラ勢力(と断定されてはいない)の接近に気づき、彼らが避けている超新星爆発を武器として利用するために超新星工学を技術的に理解し、施行する能力を得ているのがこれまでの流れだった。

ついに本書にてカンミア恒星勢力、(多分)オムニフロラ勢力、本格参戦ではないにせよ咀嚼者勢力が接敵しており、「超越知性大戦」とでも表現すべき戦いが既に始まっていることが判明する。これまでも様々なやり方で「超越知性」というものを書いてきた小川一水さんだが、ここにきて「異なるルーツと戦略を持つ超越知性同士の戦い」の具体的描写が出てきたわけで、ここで僕としてはもう大興奮なわけですよ。

第6部は裏で支援が入っているとはいえ人類の戦いだった。此処から先は、人類の枠を超えた超越知性生物同士の戦いだ。それはいったい、どんな戦いになるのだろうか? 超越知性はいったいどのような思考をし、オムニフロラ勢力の戦略はいったん明かされたが、戦術はどのようにして編まれるのか? 一つ一つが想像したこともないというか、「どうやって想像したらいいのかすらわからない」神々の領域の戦いだ。それを代わりに考え、情報の塊として投げつけてくれるこの偉大さである。

本格的な戦闘描写こそまだだが、ミスン族の総女王とリリーのやりとりだけでもその「圧倒的な知性」と「レベルの劣る知性」の対比的な描き方は魅力的に描かれている。何か一つ新たな情報を与える度に、その裏に流れている膨大な背景を把握し、極度に圧縮された情報を与えることで対象の行動をほぼ自由自在に操ってみせる、それは一言で言えば「演算能力、シュミレーション能力の高さ」と卓越した情報処理系の能力なのかもしれないが、単に「超未来的な兵器」とか「凄い技術」だけでなく、やりとりとして「超越知性」を描写する表現として卓越しているのだ。

それでは、この物語はどこへ行くのだろう

 ──なぜ宇宙は弱肉強食なのか。
 ──物理宇宙がそれを可能にしているというなら、知性の意味はなんなのか。
 ──強者がやがて臨海を迎えて覇権戦略を掴み取るなら、弱者は、敗者は、達せられずに終わったあらゆる者は、何を示したと言えるのか。*3

それでは、この物語は宇宙版「三国志」なのかといえば、恐らくは今向かっている先はそこではないのだろう。超越知性体同士が戦って、戦力として圧倒的に劣る人間はその中でゴジラとキングギドラが戦っているのをみて自分たちに有利な方が勝つのを応援しているだけ──そんなことにはならないのだろう。

「攻め滅ぼすことなしの拡散、共拡散は可能なのか? 今のところオムニフロラは否定しています。オムニフロラを駆動する最適戦略、いえ、準完完全戦略はそのような拡散と共存しません。《酸素いらず》がそれを可能とするものなら、是が非でも知りたいのです」*4

とPART2でカヨが語ったように、この世界には攻め滅ぼすことなしの拡散戦略を探るものがいる。しかし、そんな戦略があったとして、既に戦端は開かれているオムニフロラ勢力を止められるのだろうか。想像を絶する宇宙戦が行われているのである。殺し合いが一度始まってしまえば──古来より、どちらかが疲弊して不平等和平条約にたどり着くしかない──。本シリーズはそうした「大きな流れ」に逆らう物語なのだろう。これまで描かれてきた勇気ある個人たちはみな、「大きな流れ」がある中でくい留まって理性を発揮してきたものたちだからだ。

「理屈がどうであろうと、大きな流れを止められない時って、あるよね」
「あなたがそれを言うの?」イサリは声を上げて振り向く。「大きな流れを作ろうとしていた領主に、全力で逆らっていったあなたが?」

最適な準完全戦略をつくりあげ初の宇宙覇者になろうとしている超越知性体を前にして、それ以外の知性体はどのような共拡散戦略が可能なのか? オムニフロラが実行している戦略はロジカルなものだ。それを上回る、ロジカルな共拡散戦略がはたして存在するのだろうか。僕にはまったく想像もつかないが──小川一水なら、小川一水ならやってくれると信じている。それとは別に本格的な超越知性体戦争描写もやってくれると信じている! 超新星爆発を武器として使い、超演算能力と超技術が存在する勢力同士による規模がはてしなく拡大する戦争がみたいんじゃあ!!

おじちゃんたち、メニー・メニー・シープ人……シーピアンがいいとか悪いとかでは収まらないところまで、《恋人たち》の自分探しは、来ちゃったの。そこまでくると、マユなんかにはもう、考えが追いつかないんだけど、ラゴスはまだ進んでる。マユやおじちゃんや《救世群》にも考えつかないような道を目指して、進んでるの。それだからね、マユが一緒にきたのは。武器も撃てないし機械もいじれない。マユはまるっきりの役立たず。だからこそ、ラゴスが見つけてくれるかもしれない道に、興味があるのよ

僕もある(便乗)。あと、地球人類が「太陽系文明の保護下にある」という謎の言葉も気になるところだ。それは要するに、人類はもう太陽系文明の覇者ではないということだろう。では人類を保護下においているのは誰なのか──オムニフロラとはまた違うだろうし、宇宙にはまた無数の種族がいてノルルスカインはそれに救援を求め続けているのだからそっちの線かもしれない。それがどの程度の規模なのか……。

余談だが共拡散戦略において重要なのは、「拡散」するものの定義を拡大することなのかもしれないなと本書の一部を読んでいて思った。セアキ・カドムという人間が、硬殻体のイサリをヒトとして受け入れ、セナーセーの街が男と男、女と女、女女男などの多様な夫婦を許容するように、多様な種族が当たり前に受け入れられる場所とヒト。『「ひと」というものの枠を、植民地のたいていの人間よりも、取り立てて意識することもなく開き続けてきたから。』こそ、セアキ・カドムの前には道が開けた(理由の一つだったかもしれない)のだから。

いったいどこまでがヒトで、どこからがヒトでないのか──。本書の章題はすべて「第○の人々」の形式になっているが、ミスン族やイスミスン族、しゃべる羊=ノルルスカインまでも「人々」の中に入っているんだよね。果たして、ヒトの枠はどこまで拡大するのかというところまで含めて興味深いところである。枠が必要なのか、必要だとすればそれはどのような状況においてなのかを問うべきなのかもしれない。

ここまできたらいっそ走り抜けて──

ここまできたらもう走り抜けてもらいたいものだ。最初の方で、「風呂敷をまとめあげることができるのか──!!」などと書いてしまったが、別に物語は風呂敷をまとめる為に存在しているわけではないのだから、広げるところまで広げきって欲しいと思う。SFというのはその枠をどこまで広げられるのか、見てみたいものだと思う。『そうだ、ラゴスも言っていた。いつだって目的は増えていくのだと。』とゲルトールトは自問してみせるが、先に進めば進むほど目的というのは増えるものなのだ。

*1:天冥の標Ⅷ ジャイアント・アーク PART2

*2:天冥の標Ⅷ ジャイアント・アーク PART2

*3:天冥の標Ⅴ 羊と猿と百菊の銀河

*4:天冥の標Ⅷ ジャイアント・アーク PART2