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「新しい」視点での生命史──『生物はなぜ誕生したのか: 生命の起源と進化の最新科学』

生物はなぜ誕生したのか: 生命の起源と進化の最新科学

生物はなぜ誕生したのか: 生命の起源と進化の最新科学

  • 作者: ピーターウォード,ジョゼフカーシュヴィンク,Peter Ward,Joseph Kirschvink,梶山あゆみ
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2016/01/14
  • メディア: 単行本
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これはおもしろい! 

邦題だと「生物誕生の謎を解き明かす」一冊に思えるかもしれないが、原題は『A NEW HISTORY OF LIFE』で新しい観点からの生命史を語り起こすことをメインコンセプトと作品だ。生命史はこれまで良書が幾つも書かれてきたし、いまさら「新しい」も何もあるんだろうか? と思うかもしれないが、実験手法も変化したし、計器が進歩して新たな事実が明らかになった部分もある。

たとえば、地球の原初の状況など幅広く分析する地球物理学のような研究分野は20世紀後半に大きく発展したものだ。そうした純粋に進歩した部分に加え、著者らが研究し新たにお披露目している刺激的な新説も多数明かされる。もちろん恐竜絶滅の理由が二転三転していったようにそうした新説が正しいと言い切ることはできないが、確かな説得力に支えられた、なかなかにおもしろいものだ。

これまでの歴史を、新たに明らかになった事実を拾い上げつつ的確かつ丁寧に400ページを超えてずっしりと語り直していくので、純粋に「最新版の生命史」本として読める、とりあえず生命史本としてオススメできる内容だ。

生物はなぜ誕生したのか

それでは「新しい」視点での生命史というからには何が「新しい」のかを中心にして紹介していこうかと思うが、その前に釣り気味な邦題の部分について書いておこう。生物はなぜ誕生したのか──そんなことはわかってはいない。まず、前提として「生命が生まれたであろう地球」は、今のような陸地と海がちょうどいい感じにあって緑豊かな地球とはまったくもって異なっている。メタンと二酸化炭素、アンモニアという有毒ガスでできていて大陸も存在せず火山がそこらに点在しているのみといった状況で原初の生命は誕生したと考えられているのだ。

生物といっても無から生まれるわけではないからある程度「こんなことが起これば生物も誕生できる」というレシピは明らかにされている。まずアミノ酸のような小型の有機分子が生成され、集まったのちにつながってタンパク質や核酸のような大型分子になること。この時点でRNAの合成とDNAの生成を必要とするのですでにかなり無茶な話である。さらにはタンパク質と核酸がさらに集まって周囲の環境とは異なる化学的性質を帯びることで細胞が形成され、複雑な分子を複製する能力を獲得し遺伝の仕組みを確立することで生物として変化を遂げていく。

アミノ酸は実験室でつくることができるがDNAを人為的に合成するのは困難である。実験室でがんばってもできないのに自然に生まれるなんてありえるのかと思うが、実際、仮説こそいくつもあるものの決定的といえるものはひとつもない。一仮説として、熱水噴出孔付近では生命誕生に必要な元素と化学反応を起こすエネルギーが得られるというが、「どうやってRNAのような複雑な分子が組み上げられるのか」「RNAもDNAも高温下では非常に不安定になる」と障害があり現実味はない。

隕石が火星から地球へ移動しても熱で殺菌されることはなく、つまり生命を運ぶことができる(少なくとも理論上は)ことから地球外からやってきた隕石に生命が載ってやってきたのではというパンスへルミア説もある。45億年前から現在までに10億トンを超える火星の岩石が地球に飛来しているなどの根拠もあるが、今のところ「生命がどうやって生まれたかはわからん」といっておいたほうが無難だろう。

本書の「新しさ」について

というわけで本書の新しさの話をしよう。最新の事実や研究結果が生命史に取り込まれ、著者らの新説も取り上げられていることはすでに述べたが、とりわけ重要視されるのは大気の組成と生物の進化/変化の相関関係である。その発想自体は、「新しい」というわけでもなければ、著者らの新説というわけでもない。

たとえば酸素濃度が濃くなるとと生物の身体もまた大きくなる相関関係があることは昔から確認され、最近になっても化石などから事実は補強されつつある。理由として考えられるのは、酸素濃度が高ければ、身体が大型化したとしても十分な量の酸素を体内に浸透させられたからだ。現代でも酸素濃度を上げた場所でハエを育てる実験では世代ごとに身体が大きくなっていく結果が得られている。

石炭紀後期は特に地球の酸素濃度が高かった時期で、現在の酸素濃度が21パーセントのところが当時は30パーセントを超えていた。結果的に、当時の化石を調べると翼幅76センチのトンボという化物じみたヤツが出てきたり、全長180センチを超えるヤスデやサソリの化石も残っている。現代とはトンボやサソリの種が違うから──というよりかは(それもあるだろうが。大気圧の違いもある)、酸素濃度が低く抑えられているために「現代では成長が制限されている」といったほうがいいのだろう。

酸素濃度は海洋動物から陸上動物へと移行できた理由にも関わっているかもしれない。たとえば、陸上へ上がったばかりの動物の肺は出来が悪かったはずだが、大気中の酸素濃度がかなり高い場合、小型の動物であれば体壁を通って酸素が浸透してきてもおかしくはないし、酸素をとりこめた可能性はある。動物の上陸は二度に分かれて起きたが、そのどちらも酸素濃度が高かった時代と一致しているのも興味深いところだ。こうした事実からは、著者ら独自の見解になるが、『最初の動物の上陸を可能にしたのは大気中の酸素濃度が上昇したからだと見ている。』仮説も導き出せる。

上記の仮説を筆頭にして、著者らの新説はだいたい「大気の組成と生物進化と多様性の関係」についてのもので、相互に関連しあっている。その幹にあたる部分の仮説はとりわけ大胆なもので、酸素濃度と生物多様性の相関関係を指摘してみせる。提示されたグラフは本書で確認してもらいたいが、酸素濃度が上昇した時には「種の誕生率が低く」、酸素濃度が低下したときには「種の誕生率が高い」ことをそのグラフからは読み取ることができる。ようは、酸素濃度が生物の多様性や絶滅の割合に大きな影響を与えているのではないか? という仮説だ。

 ここから一つのパターンが見えてくる。多数の新興企業が誕生しても、そのほとんどは早々に倒産して、かつて羽振りの良かった多くの企業とともに消えていく。貨幣の流通も減り、企業の総数は落ち込む。同じことが生物にもいえそうだ。高酸素は好景気に相当する。種の数は多く、新たに現れるものは少ない。ところが低酸素状態になると、高酸素期より新興の種の数が増えるものの、それを上回る率で既存の種が滅びていく。

それだけが原因というわけでは当然ないが、生物が酸素に命を(身体のサイズも)握られているそもそもの仕組みを考えると相関するのも当然とする見方もあるだろう。少なくとも、サイズ的には大いに関係しあっていることが既にわかっているのだから。これはまだまだ検証が必要な説ではあるものの、十分ありそうに思える。

おわりに

刺激的な新説だけを主に取り上げてしまったが大部分は「新たな事実」を軸につくられた本なので、うさんくせえなと思ったとしても生命史本としての価値は大きい。

今から20億年〜30億年ぐらいすると太陽熱が増大して地球の平均気温は50〜60℃ぐらいになるが、生命はそれ以前に二酸化炭素濃度が低下し植物が存在できなくなり死ぬだろう。本書で展開される知識はこういう何十億年スケールの話である。普段何時に待ち合わせて明日は何時に連絡してとせせこましいタイムスケールの中で生きているからこそ、こういうデカイスパンの本を読むと心が癒やされる。

というわけでオススメの一冊だ。