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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

紙ではできないやり方──『ウェブ小説の衝撃: ネット発ヒットコンテンツのしくみ』

その他のノンフィクション

ウェブ小説の衝撃: ネット発ヒットコンテンツのしくみ (単行本)

ウェブ小説の衝撃: ネット発ヒットコンテンツのしくみ (単行本)

普段日常的に小説を読んでいたり、あるいは仕事として関わっている人であればウェブ発小説の盛り上がり=人気=売上のスゴさというのは肌で感じているだろう。『ソードアート・オンライン』『魔法科高校の劣等生』、最近だと『この素晴らしい世界に祝福を!』などアニメ化でバンバン盛り上がり、アニメ化されずとも重版もガンガンかかっているように見える。もちろんすべてのウェブ小説が売れているなどというわけではなく、多くの売上が振るわない作品もあるのだろうが、とにかく目立つ。

実際、著者の取材によればCCC傘下の書店ではウェブ小説書籍化作品の売上が文芸全体の半分を占めているそうだし、売上良好書のリストをみてもウェブ小説が占める割合が大きい(月によって変動はあるが)。で、本書の主張の一つを勝手にまとめてしまえば、こういう現象はたまたま今流行っているだけの一過的なブームではなくて、ウェブ小説の少なくとも紙媒体の出版形態と比べれば機能的な仕組み自体が起こしていることなんじゃないの、ということである。

たとえば、ウェブ小説には当たり前だが「評価」の項目や、ランキングや、アクセス数や、お気に入りの数といった明確な「数字」がある。ウェブで人気があるから売れるとは限らないにしても、まったくの新人を前例となる数字を持たずに出すのと比べればはるかに展開させやすい。出版社では企画が通りそうもない「誰に受けるのかわからない」作品を誰でも発表でき、ちゃんと人気が可視化されることもあるなど、評価制度としては数人の審査員が決める新人賞よりはずっと実際の読者に近い。

「小説家になろう」は月間10億PV以上とかいう恐ろしいviewを生み出しており宣伝効果も桁違いだ。既存モデルの問題点の、売上が下がっているので挑戦的な企画や新人育成をする余裕が失われ、宣伝力が減少し(雑誌の売上減などによって)、企画時に使える数字が多くの場合は前例しかないといった部分をウェブ小説(+プラットフォームが持つ機能)はカバーしている。本書ではこうした「ウェブ小説の何が機能的だったのか」の解説に加え、ウェブ小説ならではの作品構造とヒットする要因の分析にまで踏み込んでみせる。

作品構造の違いについて

僕もウェブ小説(主に小説家になろう系の作品だけど)は単純におもしろいので最近読み漁っている。人気が出ているものはどれもおもしろい*1。「異世界転生とかワンパターン(笑)」的に嘲笑される例もあるが、結局のところ異世界とは我々のものとは別の世界をまるまる創り上げることであって(そのほとんどはゲーム的なものがベースだが)、料理や薬局を中心にやるものもあればメタギャグ連発するギャグ小説もありと中身は多様である。

で、作品がおもしろいのとは別に場所の特性からくる作品構造の違いも実におもしろいんだよね。これは本書に書いてあることではなく僕がおもしろいと思っている構造部分の話だが(重複するところもある)、一巻という制限がないから長い話が終わったあと短篇のような短い話が2つ3つ続いてまた新たな長い話がはじまり、その途中でもいくつかの短い話が入るという変則的な構成がなんの問題もなくできるのが新鮮でおもしろい。ゲームでたとえれば、オープンワールド系のゲームでメインクエストをやりながら好きなタイミングで個別のクエストをはじめたりする感じか。

あとは、更新頻度が速いことが人気につながるからか、構造的に「書きやすい」世界を最初から設定されているスタイルが人気作品には多いように思う。たとえば、伏線を必要とするミステリや調べ物を必要とするSFよりかは、主人公にはまず強力な動機を与えて(異世界で人生をやり直したいとか、魔王を倒すとか)あとはそこに起こることをこと細かく書いていくようなスタイルのことだ。そうした「書きやすい」構造に支えられたすごい勢いで更新されていく作品は、リアルタイムにつきあっていなくとも「今まさに出来上がっていく」おもしろさがある。

著者はこうしたアクセスするたびにプロセスを楽しむ小説を「運用型コンテンツ」、無料で楽しんでもらって書籍化することで金を回収するモデルを「F2Pモデル+マーケットインな書籍化」とそれぞれ表現している。書籍化された作品はウェブ版を消すことも多いし、連載版を読んでいなくとも書籍版を買うことも多いので、正確ではないにせよ既に存在している表現を当てはめるならそうなるかな。なんにせよ著者と編集者が企画を立てて判断する仕組みとはまったく異なるし、少なくとも人気=ヒットを生み出すという意味ではこちらの方がより合理的であるとはいえるだろう。

本書ではこのような議論をもっとふくらませて、「なぜウェブ小説投稿プラットフォームには莫大な数の書き手が集まるのか」や「なぜ「なろう」では異世界ファンタジーが多くなったのか?」など「小説家になろう」や「E★エブリスタ」のような特に人気の小説投稿プラットフォームごとに存在する作品傾向の分析も行っている。ガッツリとした分析ではなく、部分的に触れられているだけだが、これらのプラットフォームで起こっている全体的な変化や傾向を捉えようと思ったら実際には丸ごと一冊ぐらい必要なので致し方なし。論にも違和感は感じなかった。

それ以外の部分

あと、ウェブ小説の衝撃とか言っておきながら「小説家になろう」とか「E★エブリスタ」の話だけなのか? といえばそうではなく、ニンジャスレイヤーやボカロ系の小説、Pixiv小説なども捉えて解説も加えている。ただニンジャスレイヤーは8ページだし、ここはあくまでもこんなものもあるよといった紹介のレベルである。KindleDirectPublishingなどの個人の電子出版は(ウェブ小説ではあると思うが)特に項を割いてまで触れられてはいない。まあこの文脈だとそうだろうな。

おわりに

「なにかおもしろいウェブ小説が読みたいな〜」という人向けへの解説書ではないのに注意が必要だが(そんな誤解が発生してしまいそうな気がする)、ウェブ小説が受け入れられていく理由や、プラットフォームによる作品構造の変化まで含めて「仕組み」のおもしろさが書かれているなかなかの一冊だ。

余談だけれども、「既成出版社が小説投稿プラットフォームをつくれない/うまく運用できないのはなぜなのか」という項で出来ない理由を3つ挙げて考察しており、それぞれもっともな理由だと思ったが、今まさにスタートしようとしているKADOKAWA☓はてなの「カクヨム」に触れていないのが不思議であった。

*1:とはいえまだ5作品ぐらいで、たくさん読んだわけではないのだけど