読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

楽しんでいる人をみるのは楽しい──『50代からのアイドル入門』

50代からのアイドル入門

50代からのアイドル入門

僕は外に出ないし人混みが嫌いだし、テレビもみないし音楽の趣味は超保守的でこの10年間聞いているのは鬼束ちひろだけで他は何も聞かない(最近amazarashiにハマってずっとamazarashiしか聞いていないからこれは完全に嘘だが)。「どうあってもアイドル的なものと接触していない人間」なんだけど、本書は楽しんで読めた。

なぜ読むのか。

そんな人間が、しかも別に50代というわけでもないのに『50代からのアイドル入門』なんてものをなぜ読むのかといえば、著者が大森望さんだからというのはあるし、知らない分野の話を読むのが好きだからでもあるし、楽しんでいる人をみるのが好きだからでもある。そういう目的では本書は50代でなくとも絶好の入門書だ。

何しろ大森さんは別にドルヲタ歴40年ですみたいな歴戦のドルヲタではなく52歳からハマった新参のドルヲタであるから、達人の解説という感じではなく「アイドルにハマっていく」過程、困難そのものを追体験することができる。どうやってチケットを買えば良いのか、どうやって家族などの周囲の人間に認めてもらうのか、ファッションはどうすればいいのか、握手会にのぞむにあたっての心構えなど、実際にはライブにはいかないにしてもなるほどそうなっていたのかという感じでどれも興味深い。

アイドル現場日記とライブ性について

大森さん自身がハマる過程で「アイドル入門」していくのと同時に、アイドル現場日記としてさまざまなアイドルイベントへと参加したレポートが挿入されていく。これがまた現場の雰囲気と、一回一回のライブ性(突発的な出来事や、おもしろい発言)などが見事に切り取られていておもしろい。何年も追いかけていれば推しのアイドルが引退したり、新しいメンバーが入ってきたりもして、同じライブは存在せず、入れ替わりのたびに一つのドラマが終わり、新しいドラマがはじまる物語性もある。

大森さんは今は有料のライブに年50本ぐらい参加しているようだが、その一回一回がまったく異なったストーリー展開をするエンターテイメントなんだろうな、というのが現場の雰囲気まで含めてよく伝わってくるのがまたずいぶんと楽しい。このようなライブレポから、アイドルへの分析などが、普段本業でやられている書評や解説、訳者あとがき系の仕事みたいだなあと思いながら読んでいたのだが本人もあとがきで次のように語っている。

もっとも、読んでおもしろかった本を書評したり、好きなSFを翻訳したり、すばらしい作品を集めてアンソロジーをつくったりする仕事(大森の本業です)とくらべて、そんなにかけ離れたことをやっているつもりもない。相手が女性アイドルになっただけ。いつもやっていることを女性アイドルに適用した結果、この本が生まれたとも言えますね。

一部ではあるがSFネタもあるので、大森さんの書評や翻訳は好きだけどアイドルは興味ないかな……という人が読んでもおもしろいかもしれない(まったくなんの保証もしないが)。

 フィリップ・K・ディックは、ピンクの光線に打たれる神秘体験をきっかけにキリスト教神学とグノーシス主義に傾倒、やがて『ヴァリス』を書くことになるわけですが、僕もこのとき(文字どおり)ピンクの光線に打たれ、一瞬にして"さゆヲタ"に転向したのである。新約聖書流に言えば「大森の回心」。その瞬間まで、道重さゆみ個人にはほとんどなんの関心もなかったのに……。

アイドルは宗教。

この道重さゆみさんのことは何も知らないのだがとにかく本書のあちこちに名前が出てくる。失敗や欠点をさらけ出していくことそれ自体が魅力につながっていること、それでいて適当なのではなく全力でファン・サービスやアイドル業に徹していく姿が高く評価されていて「たしかに魅力的な人なんだなあ」とうなずいてしまった。

この本を読んでだけの感想になるが、アイドルにハマるというのは本来のidolの意味であるところの「偶像」へとハマるというよりかは、そうした「偶像」を維持しようと日々がんばっている(自然体で出来る人もいるんだろうから)等身大の人間の魅力に惹きつけられているんだな、ということだった。

もう少し具体的にいうと、日々のレッスンや、握手会や年齢面での不安(いつまでもアイドルが続けられるわけでもないし)といったこと、インターネットなどの誹謗中傷などにたいしてあまり激怒することもなくスルースキルが求められ、ステージ上ではいつも笑顔といった一つ一つの姿が「つくられたもの」であることは、恐らくはファンであれば当たり前のように了解している。

そして、あくまでもそれを「どうつくりあげていくのか」の部分に魅力を感じているように見える。そのつくりあげていく過程は当人だけで成立するものなのでもなく、ファンも合わせてつくりあげていくものなのだろう。アイドル本人とファンが共同でつくりあげることで、ようやく本物の「偶像」になるというか。

 そして、モーニング娘。伝統の卒業セレモニー、たいていは卒業メンバーが手紙を読み上げたりするもんですが、道重さゆみは完璧に暗記したスピーチを、完璧な間合いと抑揚で披露した。このソロステージのために家でどのくらい練習したんだろうと思うと、内容よりもその努力に胸が熱くなる。

もちろんこれは道重さゆみさんのもので、みなそれぞれの推しメンには推しメンの人間的な魅力があるであろうことが他のアイドル現場日記を読んでいくことでよくわかる。ブログを読み漁ってツイッターを読み漁ってその個人の人となりを把握してハマり込んでいく時もあれば、時にはピンクの光線にあてられて(笑)一瞬でハマり込んでしまうときもあるし、ハマってしまえばあとはライブに出かけて動画を見て、ツイッタやブログをチェックしてと楽しいものの忙しい日々が始まるようだ。

アイドルを応援して握手券つきのCDを買っていったい何になるんだという考えもあるだろうが、とにかく本書の大森さんぐらい楽しんでいれば「こんな楽しめるんだったらそれは最高だろうな」ともう納得せざるを得ない。

おわりに

おもしろかったがこのめちゃくちゃなインパクトのある表紙は電車で読むにはちょっと恥ずかしい! 楽しんでいる人をみるのは楽しいし、何よりアイドルの現場が「知らなくて怖い」というのが本書を読めば少なくとも解消されるはずなので50代だろうが10代だろうが20代だろうが興味があればどうぞ