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"天国への階段"──その高みへ『マルドゥック・アノニマス 1』

マルドゥック・アノニマス 1 (ハヤカワ文庫JA)

マルドゥック・アノニマス 1 (ハヤカワ文庫JA)

『マルドゥック・スクランブル』、『マルドゥック・ヴェロシティ』に続くシリーズ続編としては10年ぶりの『マルドゥック・アノニマス』がついに刊行! シリーズファンにとっては待望の1冊である。そんなファン達は僕が言わずとも既に買って読んでいるだろうが、一貫して道具的存在として、パートナーのためにその能力をふるってきたウフコックと、シリーズのもう一つの"主役"といえるこのマルドゥック・シティそのものを描かんとするシリーズ完結篇にふさわしい出来だ。

シリーズ・キャラクタであってもその遍歴は丁寧に説明されていくために、シリーズの未読者が本書から読みだしても問題はない。もちろん刊行順に読んでもいいし、時系列順*1に読んでもいい。どこから読んでも、マルドゥック・シティ/天国への階段をめぐる物語として、SF設定が緻密につくりこまれた能力バトル物の娯楽活劇として、さまざまな側面から楽しませてくれるはずだ。

簡単にこれまでの経緯

これまでの経緯を説明しておこう。犯罪の絶えないこのマルドゥック・シティでは科学技術によって特殊能力を植え付けられた"強化された存在(エンハンサー)"が存在している。物語の主役の1人であるウフコックは、そんな科学技術によって生み出された、知性を持ちどんな武器や道具にでも変身できる万能道具/考えるネズミだ。

あらゆる光学的な受容体を形成する万能の目を持つ能力者もいれば、自身の体内で化学物質を自由自在に生成してみせる能力者もいる。普段は使用が許可されないこうした能力も、市民の生命保全のため特定の状況が整えば法的に使用可能となり、潜入、調査、暗殺と様々な形で犯罪者を圧倒する。ウフコックは、ヴェロシティではボイルドと共に戦い、スクランブルでは陰惨な事件によって死にかけた少女バロットを守り、再生させる為に闘った。本作はスクランブルから2年後の物語である。

簡単に、本書のあらすじ

行き場のない能力持ちが集まった、ウフコックも所属する合法組織イースターズ・オフィスへと、非合法なエンハンサーがこの都市に存在していることを示唆する情報がもたらされる。捜査線上に浮かび上がってくるグループ名は〈クインテット〉。ヴェロシティで猛威をふるった拷問集団〈カトル・カール〉を彷彿とさせるそのグループのメンバーとして、いくら銃弾を撃ちこんでも再生する不死者や、錆を操って支配する者など異常な能力者が次々と出現し、バトルロワイヤルじみた戦いにウフコックらは巻き込まれていくことになる。

能力バトル物としての側面

本作はその形式に目を向ければ基本的には「能力バトル物の娯楽活劇」といえる。

それは『マルドゥック・ヴェロシティ』とも共通しているが──今回についていえばその規模が桁違いだ。ほとんど無尽蔵のように供給されていく能力者たちが都市に溶け込み、異常な殺し合いゲームが進行しているそのスケール感。複数vs複数の能力者バトルは戦闘のロジック構築が難しいからかあまり描かれない傾向があるように思うが(あるいは"うまく"描かれないか)本作では見事に、都市に潜む無数の犯罪能力者らとの不意打ち/情報戦/デス・ゲームじみた常在戦場を描き切っている。

同時に、都市を戦場としたそれだけの規模のデス・ゲームが"なぜ"起こらなければならないのか、なぜこれほどまでに能力者は生み出されなければならなかったのかを解き明かしていく過程は、まるでこの都市に巣食う犯罪という犯罪すべてを解き明かし、犯罪が発生する原理的な部分にまで踏み込むことを必要とするのだ。

"天国への階段"──その高みへ

マルドゥック・シリーズといえば「敵」の魅力を語らずにはおられまい。

本作で明確にその役割を与えられる男・ハンターに対しても、ひょっとしたらこれまで以上に(1巻ではその片鱗しかみせていないからだが)とてつもなく惹きこまれる。これまでの敵役はみな自らの人生哲学・思想を持って"天国への階段(マルドゥック)"を昇ってきたが、ハンターの思想は均一化(イコライズ)を追い求める究極的な平等主義。最初は理解不能な思想も、その執念を見るうちに「こいつは本気だ、本気でこの混沌とした都市に均一化をもたらそうとしている」と心底実感されていく。

敵だけでなくバロットもまた、人生を賭し、階段を昇ることで、平穏な「日常」を得た。では、日常へと回帰した彼女に使用されていた道具であるウフコックはどこへ行くのだろうか。無論、次のパートナーの元へ。道具は使われなくてはならないからこそ、地獄をめぐるようにして人から人へ渡っていく。その巡礼に終わりはあるのだろうか? 訪れるとしたら、それはいったいどのような形で訪れるのか?

その表現の行き着いた先が、都市に住まう無数の人間たちへと溶け込み、一体化したアノニマスという在り方なのだろう。ウフコックは本作では、〈クインテット〉の背後に存在する悪徳に満ちた人間のリストをつくる、アノニマスのリストメーカーとなることを決意する。あらゆる場所で道具として偏在し、人から人へ手渡され都市をめぐり、罪をリストする。都市そのものが本質的に人の欲望を支配し、時に罪をつくりだす生成原理なのだとしたら──本作はある意味では、都市それ自体とネズミ(アノニマス)の戦争を描いた作品といえるだろう。

過去作を継承し、さらに「その先へ」

それでもプロットの中心軸となっているのは、本書の帯でも明言されているが、『一匹のネズミがその生をまっとうし、価値ある死を獲得する物語である』。『アルジャーノンに花束を』をひくまでもなく、知性を与えられたネズミが出てきたら、その逃れようのない象徴性からいって死まで描かれねばなるまい。

本作は、宿命づけられた死へと向かいながら、特殊な能力を持つ者たちが乱舞するSF能力者バトル物としては『マルドゥック・ヴェロシティ』を明確に引き継いでいる。一方『マルドゥック・スクランブル』 で死から蘇った一人の少女の再生に寄り添ったウフコックは、マルドゥック・シティにおける希望と、その価値を知った。

失われそうになっている俺自身の価値を、そこでつかみ取ろうと試みた。かつて彼女が成し遂げたのと同じことを、俺もまた成し遂げることでしか、再び彼女のもとには戻れないという思いがあった。*2

ウフコックは、宿命づけられた死へと向かいながら、生まれてきたことの意味、自分だけの有用性、自分自身の価値をつかみ取ることができるのか──ヴェロシティの"虚無"とスクランブルの"価値"──本書はシリーズを継承し、「その先」を描いてみせる素晴らしいスタートを切った。続きが楽しみでならない──というか、雑誌連載分の続きは読めるのだが、これがもう凄まじい展開を見せているので、気になる人は(どうせ文庫化する時は別物になっているんだから)連載をおってみることをオススメする。早く続きの話がしたいのだ。

本書の続きが読みたい場合はSFマガジン2015年12月号版から買えば読めるぞ。

SFマガジン 2015年 12 月号 [雑誌]

SFマガジン 2015年 12 月号 [雑誌]

*1:その場合はヴェロシティ⇛スクランブル⇛アノニマス

*2:『マルドゥック・フラグメンツ』より