基本読書

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変身ヒーロー meets モンスターハンター──『生存賭博』

生存賭博 (新潮文庫nex)

生存賭博 (新潮文庫nex)

『パンツァークラウン フェイセズ』三部作によって読者側からしてみれば新人賞をとったわけでもないのに「いったいぜんたいどこから出てきたんだ」的なデビューを果たした吉上亮さんだが、その後PSYCHO-PASSシリーズのスピンオフノベライズをほぼ理想形ともいえるようなクォリティで次々と書き上げてきた。

デビュー作はかなり荒削りな部分があったように思うが、PSYCHO-PASSのノベライズや時折発表されるオリジナル短篇の出来が素晴らしいこともあって早く今の実力で書き上げられたオリジナル長篇が読みたいと思っていたので本書にてようやく夢がかなったことになる。これがデビュー作当時のパワーはそのままにやっぱり明らかに洗練されていて、「おお、うれしー」と素直に喜べる出来だ。

そんでもって──『生存賭博』って書名だったら誰でも「そうか生死を賭けたギャンブル物か……SF版カイジ……アカギみたいな……あるいはマルドゥック・スクランブルのカジノ・シーンのような……」と思うだろうが、読み始めてすぐに気がつく──「変身ヒーローが出てきて、それも怪物と戦っているじゃねえか!!」

というわけで本書『生存賭博』は変身ヒーロー meets モンスターハンター みたいな感じの一冊である。とはいえ賭博の要素も作品に存在しているので、その辺はここから紹介していこう。個人的におもしろかったのは変身ヒーローだけでなくその上都市の物語でもある点で、デビュー作と重なる部分が多く、そんなに変身ヒーローと都市が書きたいのかというか、業の深いものがあるなと思った。

世界観とか

舞台となるのは世界中で厄介者扱いされてきた者たちが押し込まれ、ドイツに存在している巨大な隔離都市「ミッターラント(狭間の都市)」である。辺境も辺境の地方都市なのだが、ある時ここに正体不明の怪物「月硝子(デイブーム)」が出現する。

生物のようで、けっして生物ではない。一切のコミュニケーションが通じない異質な相手。ただ、人間を襲うだけの殺戮機械。塩で出来た月硝子たちは、夜毎に姿を現しては、蹂躙を続けた。彼らは日の出を迎えると亡霊のように消える。そんなことがずっと繰り返されてきた。

月硝子専門の鎮圧部隊が到着するまでの被害をおさえるために、一部の市民は命を賭けて囮役となって都市の平和を守ってきた──。月硝子なんてもんが出現したせいでミッターラントは世界から隔離される。配給に依存し、滞りがちな金の流れを生み出すために自然発生的に生まれたのが「囮を担った志願市民たちの生存結果を予測する賭博」である。なんという悪趣味な、と思うがこの残虐なショー/賭博は莫大な金の流れをつくりだし、黙認された非合法なシステムでありながらも都市にとっては代名詞的存在となり、なくてはならないものになっていく──。

あらすじとか

主人公の琉璃は不忘症候群であり、なんでも記憶できる/してしまう特異な体質の持ち主である。その能力を活かして過去50年分の「生存賭博」の結果を頭にインプットして、最大13名の志願市民からいったい「どんな傾向を持った人間が生き残りやすいのか」を導き出して、賭けでは常勝といっていい勝率の高さを誇っている。

そんな能力を活かし彼女は自身が胴元になる事業も行っていたが、ある時発生した決定的なイレギュラーが発生する。本来は「志願市民が最後の一人になるまで鎮圧部隊はやってこない」はずが、その日はなぜか月硝子が撃破され、12名の生存者が残ってしまったのだ。胴元である彼女はこんなの賭けは無効だと大量の払い戻しを求められ、ウハウハ賭博生活が一転払いきれない負債を抱えることになってしまう。

そんな「奇跡」を引き起こしたのは〈騎士〉と呼ばれる存在で、その後も戦場に乱入しては人々を助けて去っていくまさに騎士的な存在である。琉璃は払えない負債から逃れるために、騎士についての調査を依頼され生存賭博の志願市民としてまぎれこむことになるが──。とまあ、ようはこの〈騎士〉が変身ヒーローにあたる人物だ。

変身ヒーロー meets モンスターハンター

〈騎士〉は通称〈鎧透〉を着込んでいる。これは使用時は拳を握りこみ、結晶体で血管を傷つけることで「装着者の肉体を一時的に月硝子とほぼ同質に置き換える」仕組みだ。驚異的な力を持つ敵を倒すために、自身も敵の力を取り込んでみせる、しかも体に毒を流すようなもんなので変身には時間制限がある──というのは実に「それだよそれ!」感があっていい──ってそれはまあおいといて。

月硝子には1年に1回、12月24日の深夜から翌日の夜明けまでの8時間のみ、「巨種」と呼ばれる普通のやり方では殺せない上にただでさえデカくて強いやつが存在する。こいつが出てくるときは通常の生存賭博は行われず、〈生存賭博・騎士の決闘〉と呼ばれる、「〈生存賭博〉の年間生存者から選抜された5名が挑戦者チームを結成し、〈疎国〉の対月硝子に特化した近衛兵4名を率いるギャングのボス=ヴァイゼマンに勝負を挑む」ゲームが開催される。このゲームに勝利したものは、この都市の支配権を牛耳って、あらたな王として君臨できるようになるのだ。

それは同時に、「支配者をして君臨することで、その者は何を望むのか」を問いかけていることに等しい。〈騎士〉や琉璃は紆余曲折ありながらも共にこのゲームに望むことになるわけだが、果たして彼女らはこのグロテスクな街へと何をもたらそうとするのか。誰からも見捨てられた場所として存在していた、都市/街に意味を与え、革新させていこうとする流れは正しく「都市の物語」ともいえる。

とかそんなことはおいても5人の選ばれし戦士たちが巨種や小型、中型の敵を相手にして狙撃による進路誘導、火力担当がとどめを担当し、周辺情報の探査と「モンスター相手のチーム戦」が十全に描かれていくのは実に心躍る読書体験だ。使用武器についても狙撃武器から変身鎧に、稼働時に2000℃を超える高熱を帯びて対象を焼ききるサムライ・ソード持ちとケレン味にあふれている。

忘れてはいけないのがこれがただの「モンスター相手のチーム戦」ではなく、同じくモンスターを相手にする敵チームとの競争でもあるという点だ。琉璃はその完全記憶を活かして戦略、人間を相手にする「知的格闘技」としてのゲーム戦略を担当することになる。「なんだ、モンスターハンターじゃないか」と序盤侮っていたらここにきて肉弾戦・頭脳戦の異質な組み合わせが現れるので随分と驚かされた。

ちなみにモンスターハンターを例に出しているのは僕にあんまりゲームとかの知識がないだけなので思い当たるものがあるならばそれを頭のなかで勝手に代入してくれ(例:ゴッドイーターとか)

こういってしまってはなんだが

とはいえ夜毎に姿を現しては朝には消えている大型から小型の化物とか「なんてサスペンスに都合のいい設定なんだーーー!!」という感じだし、生存賭博が都市の根幹になってしまった状況の理屈なんかも強引に思う(前者はたぶん続刊があれば背景が明らかになると思うが)。それでもヒーローが変身して巨大生物と闘いながら、それが知的遊戯と接続されるのは異質で独特の快感があって、最後まで読むと「ま、おもしろいからいっか」と精算されてしまうだけの魅力がある。

本書でちゃんと完結しているが、エピソード・ゼロじみた内容でまだまだこれからともいえる。売れたら次が出る可能性もあるようなので、続きが楽しみだ。
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ちなみに、著者がかつてシナリオを担当していた同人?ノベルゲームが原案になっているみたいですね。