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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

なぜ疑似科学が社会を動かすのか

科学ノンフィクション 新書

なぜ疑似科学が社会を動かすのか (PHP新書)

なぜ疑似科学が社会を動かすのか (PHP新書)

「なぜ疑似科学が社会を動かすのか」という書名だが、これ自体はそうそう不思議なものではない。何しろこの世に存在する「それっぽい話」にいちいち「たしかな」科学的な説明がついているのかを気にし続け、検証するのは随分と骨である。

「肌のコラーゲンは年齢とともに減少します」と言われ同時に「食べるコラーゲン」が売っていたら「じゃあ食べれば肌も良くなるのかな」と勝手に推測し結びつけてしまうが、それが実際に効果があるのか検証するのは面倒だ。効果がないとその場で断定するだけの基礎的な知識は普通はなかなか持ち得ない。ちょっと検索すればいいだろうと思うけれど、忙しい日常でそんな検索ばっかりもしていられない。

検索してすぐに白黒はっきりつくならまだマシで、いくつか効果を実証する論文がなくはないというような科学的にあやふやな、グレーゾーンな部分を利用されているとさらにどうしようもなくなってしまう。そうした穴をつくことで、人の購買意欲をある程度コントロールできるなら(+巧妙に偽装すればあまり罪に問われることもないんであれば)、売る側からすれば仕掛けるのも当然の判断といえる。

そもそも疑似科学とはなにかといえば、本書から言葉を引いてくると『科学の装いをもった現実描写の物語である。科学の装いによって信憑性を上げている巧妙な物語なのである』とあるように疑似科学が社会を動かしているとしたら(実際に購買欲を刺激したりして動かしている側面があるわけだが)それは多くの人が「科学」とか「科学的な説明」に説得力を感じ始めた社会的な背景が関係しているのだろう。

疑似科学の取り扱いの難しさ

僕がわざわざ本書を読んだのは、「そうはいっても疑似科学って取り扱いが難しいよね」ちう部分について個人はともかく(個人の放心としては特に困っていない)として社会的にどのように対応していくべきなのかがよくわからなかったからだ。

たとえば、「コンビニで売っているペットボトルに入った水素水には実質効果がないのはそうかもしれないけど、別に悪い効果があるわけでもないし水を飲むこと自体も悪いことじゃないんだからいいじゃん」「別にそこまで大きな害があるわけでもないんだからよくない?」みたいな部分の話である。実質何の効果もない施術をされても、「本人がそれで安心感を得られるのであれば利益が出ているのでは?」とか。

もちろん問題がある(方がむしろ大きい)のもたしかで、水素水問題などを筆頭にして正しく効果的な研究をして商品をつくったり成果を挙げている人々が「効果をもたらす科学的な背景の存在しない、感情に訴えかけたもの」にあっけなく負けてしまうと悪貨が良貨を駆逐して消えていってしまうリスクはとてつもなく大きい。

そうした「明らかな問題」ははっきりと否定していけばいいわけだが──どこからどこまでが「明らかな問題」でどこからは「明らかな問題ではないのか」と考えると、これは難しいなと思うわけである。疑似科学の中にも明白なウソもあれば検証によって黒が判明したもの、依然としてグレーか検証するのが困難な理論もあって、ひょっとしたらそこには将来何か科学的な理屈がつけられる可能性もまた存在する。

定説とされている理論/科学であってさえも将来的には否定される可能性が存在していること、フィクションを練りあげるコストに比べてその検証にかかるコストが膨大であることなどを考えると、常時疑似科学に対して科学は遅れをとっている立場にある。実質的な利益(安心感など)が起こりえる可能性についても「不当な儲けをしていなければいいのか」という問題につながり得るし、「どうしようもないなあ」というのが正直な感想で、本書を読んでもそうした疑問が解決されることは特にない。

本書はパワーストーンやお守り、見せかけの先端科学や超能力、といった実際に存在する「疑似科学」を一つ一つ検証し、それが如何にして効率的に人をハメていき、どのように間違っているのかを解き明かしていく。その過程を通して、「科学と非科学をどうやって判断すればいいのか」「疑似科学への個人個人の対処法と受け入れ方」などを結論として出してみせる。新書なのでそこまで内容が濃いわけではないが、疑似科学に騙されたくないよーという人にとっては有益な一冊だろう。

「社会的にどうしていくべきなのか」についての話はほとんどないが、規制をかけるのもあまり現実的ではないし、今のところは個人個人が科学リテラシーをつけるしかない。あとは疑似科学とほとんど同じように広まっていった江戸しぐさにたいして、原田実さんのような識者が反論の声を大きく上げていってくれたことがカウンターとしてある程度は決まったように、専門家がもっと声を上げていくべきなのだろう。

そもそもなぜ疑似科学について考えだしたのかといえば水素水で盛り上がっているから──はまったく関係なく疑似科学をテーマにしたSF小説を読んだからである。

彼女がエスパーだったころ

彼女がエスパーだったころ

huyukiitoichi.hatenadiary.jp