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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

千年の時をかけた義経の視点から振り返る義経記──『ギケイキ:千年の流転』

ギケイキ:千年の流転

ギケイキ:千年の流転

本書『ギケイキ:千年の流転』は町田康によって書かれた義経紀である。時代/伝奇小説である。といえば、町田康の作風を知る人からすれば内容も想像がつくだろう。

1000年近く生きた現代の義経が、過去を回想するかのようにして歴史を語り直していく特異なスタイルで、大河ドラマやらツイッタやら現代ネタをこれでもかとつめこんだたとえ話を駆使しながら義経紀を現代版に見事にアップデートしてみせた。

冒頭の一文から衝撃的な内容だ。『かつてハルク・ホーガンという人気レスラーが居たが私など、その名を聞くたびにハルク判官と瞬間的に頭の中で変換してしまう。というと、それはおまえが自分に執着しているからだろう。と言う人があるけど、そんなこたあ、ない。』かつて義経紀をハルク・ホーガンの話から始めた人が他にいただろうか。*1冒頭部は試し読みできるので気になったら読んでみるといい。
web.kawade.co.jp
最初に書いたようにこの語り手は1000年近く生きた義経その人である。生きたってなんだ、義経は死んでいるだろと僕も思う。だがよくわからんが公式サイトの登場人物紹介のところも『あり得ない早業を武器に、千年の時を生きる、本作の語り手であり主人公。ファッションフェチ。』と書いてあるのだから生きているんだろう。肉体的には死んでいるけど精神的には生きているとかそんな感じなのかもしれない。

義経がハルク・ホーガンを知っているのもツイッタを知っているのもそれで説明ができる。ようは現代人の感覚でもって「あー当時はこんな感じだったよね。覚えてる覚えてる」と回想を重ねていくのである。だからこんなノリも平然と許される。『実際の政治はそう単純ではないのだけれども敢えて単純化して言えば私の父を負かしたのは平清盛という人で、大河ドラマやなんかでみたことがある人も多いと思う。』

この現代の視点でもって歴史を語り直していくスタイルは別に町田康独自のものというわけではないが、とにかくわかりやすく、同時に中身はごくごく真っ当に牛若と呼ばれた幼年期から修行編、弁慶との出会いを経て絶対平氏スレイヤーとして覚醒していくさまを見事に描いていくのでまっとうに時代小説もしている。独自のものではないといっても、1000年近く生きた義経その人を語り手に据えてしまうのはかなり特異かもしれない。そこまで多くの事例を知っているわけではないけれども。

どこまで伝説や伝承を取り込むのか

個人的にこの手の時代/伝記小説を読む時に気になるのは、「どこまで伝説や伝承を取り込むのか」である。何しろ純粋な歴史ノンフィクションではなく、死後何百年か経ったあとに書かれた義経紀などが元になっているのであることないことくっついているし、そもそも当時は祈りやなんだが当たり前に信じられていた時代であるのでその区別をどうつけるのかに作家の作風がからんでくるのがおもしろいのである。

そういう意味で言えばこの『ギケイキ』はごくごく真っ当に義経伝説にのっかって、超常現象をそのまんま超常現象として描いていく。具体的にいうと義経は空中浮遊もするし人間とは思えない速度で移動する早業が使えるからまず誰にも負けないし場合によっては時を巻き戻すこともできる超越能力者である。だいたい1000年近く生きているんだからそこにツッコむのも野暮であるが、一応理屈もついている。

 なーんていうと現代の人間は、「はは。自信あるって言ってる割に神頼みですか」と揶揄するだろうがそれは誤りである。あの頃はいまと違って、神威・神徳というものが普通に存在していたし、祈祷やなんかははっきりと現実に影響を及ぼしていた。きちんと呪詛すれば人は芯出し、祈りによって天文気象をコントロールできた。あらゆることが祈りによってあやうい均衡を保ってやっと成立しているようなところもあった。

ただでさえ千本の刀を人を襲って集めている武蔵坊弁慶を叩きのめしたり八艘飛びをこなさなければならないのだから空中浮遊ぐらいできないと説得力がないというものだろう。ちなみに空中浮遊スキルは鬼一法眼が所有していた兵法書『六韜』を書き写し読み込むことで会得している。まるでRPGか何かのようだ。

おわりに

と、義経紀のあらすじを紹介してもしょーがないのでこの辺でやめておくが、注意しておきたいのはどうやらこれ、全4巻シリーズのようで僕も読み始める前は「義経紀が1巻で書けるのか??」と思っていたのだが、終わっていない。帯には一応書いてあるが、Amazonのサイトをみただけではわからないと思うのでご注意を。

今のところ真っ当に時代/伝奇小説しているようにみえるが、今後の展開であっと驚くようなことが起こっても全く不思議ではない違和感というか、懐の深さを感じる作品である(義経が実は2180年ぐらいの視点から語っていたとか)。新たな代表作と完結してもいないのに銘打っているだけのことはある。

*1:いるわけがないだろ