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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

コンテンツ業からサービス業へ──『デジタル・ジャーナリズムは稼げるか』

経済ノンフィクション

デジタル・ジャーナリズムは稼げるか

デジタル・ジャーナリズムは稼げるか

デジタル・ジャーナリズムが今ぱっとしないのはなぜなのか、そして将来的にそれは今よりも稼げるようになるのか──という題材を扱っているが、なんともスッキリしない一冊だ。革新的な理論、仮説があるというよりかは、愚直にどういう一手を打っていったらいいのかを考えていく地味さがある。ただ、スッキリとした結論が簡単に出せる問いかけでもなく、この地味さは誠実さのあらわれであると思う。

著者のジェフ・ジャービスは元編集者であったりデジタル・メディアの社長であったり、大学院のジャーナリズム学科で教授もやっている。そこで彼は、起業ジャーナリズムコースといって生徒たちを相手に、今どのような形のジャーナリズムが成立しえるのかを対話形式で詰めていく授業を担当しており、いわば専門家だ。

コンテンツ業からサービス業へ

さて、「デジタル・ジャーナリズムは稼げるか」と書名がつけられているが、これは現状稼げているデジタル・ジャーナリズムが多数存在する以上「普通に稼げるよ」としか言いようがない。本書に編集長が解説文を書いている東洋経済オンラインだってそうだし、ニューヨーク・タイムズなどいくつかの雑誌社はオンラインでは有料会員を抱え込むことでコストのほとんどをそこから稼ぎ出すことに成功している。

ただ、将来的にはどうだろうか。広告で稼ぐビジネスモデルは長期的に観て有望とはいえない。その上NYTほど大きくはないジャーナリズムはどのようにして生き残っていけばいいのか──が本書の主題であり、「今とは大きく変わっていかざるをえないよね」という話である。その主張を簡単にまとめると、「コンテンツ作成、販売し、広告をつけてその料金をとる」コンテンツ販売のビジネスモデルから「グーグルやフェイスブックにも似たサービス業者となるべきだ」となる。

『ジャーナリズムとは果たして何だろうか。広義に解釈すれば(広すぎる、と言われるかもしれないが)、人々の情報入手、そして情報整理を手助けする仕事ということになる。つまり、皆の頭の整理を助ける仕事ということだ。』と著者はジャーナリズムを定義している。かつてのジャーナリストは記事を書くなどして「情報を主体的に伝える」のが仕事だったが、誰であっても手軽に発信できる現代では『人々が何かを知らせ合うのを助けることも、ジャーナリストの仕事だろう』というわけである。

たとえば地震なりなんなりが起こった時に、メディアはこんなひどいことになってますという状況をまとめた見取り図を提供する。が、現地の人々が必要としているのは復旧作業をしているのはどこかとか、閉鎖されて使えない道路はどれか、という個別具体的な状況だったりする。記者がいちいち調査しにいくのは不可能なので、こういう場合は「個人からの情報の投稿を促し」、リアルタイムで次々と情報を更新した上で、自分たちも調査をすすめていく方が、より素早く、有益だ。

デマや間違いも含まれるだろうが、信用性の見極め、重複の排除、誤りを正すといった作業を行い、時には情報を整理し理解しやすい形にして提示する「プラットフォームを構築する」のが今求められているジャーナリズムのひとつの在り方だろう。

これ、似たようなことはいくつもの媒体でやっているのを見たことがあるけれど、記者だけでは到底調べ尽くせない情報を得るときにやむを得ない手段としてやっている場合が多いように見える。それをもっと意図的にやって、「コンテンツ製作業」から「自分たちが発信するだけでなく、情報の流れを潤滑にし届けるべき場所へ情報を届けるサービス業へ」の移行をしていこうぜという話である。

どうやって儲ければいいんだ?

しかしサービス業になるのはいいが、それでどうやって儲ければいいんだ? と疑問に思うわけだが、本書はその辺ふわっとしている。イベントが意外に儲かるとか、商品の販売とか、新しい形の広告もいっぱい出てきているし、ユーザーからの援助(たとえば寄付だとか)もいいよねとか。ここに関してはたいして知見があるとはいえないが、それは最初に書いたように「誠実さの表れ」であると思う。

そもそもマスメディアの「マス」はもう存在せず、一人一人によりあった情報/サービスを提供すべきだ、といっているのだから、「これだけやっておけば大丈夫」なビジネスモデルなど存在しない、ということなのかもしれない。唯一間違いでないのは、大元となるメディアの魅力/価値を高めることであり、魅力を底上げするためにはどうしたらいいのか? への答えの一つがプラットフォーム構想なのだといえる。

おわりに

短期間ではなく、長期的にデジタル・ジャーナリズムがどのようなスタイルでいくべきかについて考えるために良い一冊だ。将来的に「こうすべきだ」と提言するところは抽象的だが、既存ビジネスモデルの問題点の分析などは具体的なので、(ネイティブアドはメディアの価値を毀損するからよくないよねとか)現在のデジタル・ジャーナリズムをめぐる状況を概観するためにもなかなか。

「ユーザ一人一人に向けた最適化されたサービスを提供していけば、そのメディアは多くの人に価値を認めてもらえるようになるはずだ」と繰り返し述べていたり、先の「市民を巻き込んだプラットフォーム構築」の話も含めて全体的に理想主義/楽観主義的すぎるが、そこは各自が割り引いて読めばいいだろう。