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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

地球、消滅──『23000: 氷三部作3』

23000: 氷三部作3 (氷三部作 3)

23000: 氷三部作3 (氷三部作 3)

現代ロシアのポストモダン文学を代表するウラジミール・ソローキンによる氷三部作が『氷』『ブロの道』に続く本書『23000』で無事に完結した。宇宙創世から世界をまるごと創造し、世界の終わりまでを描き切ろうとした、壮大な野心を持った三部作だ。SFといえばSFだし、陰謀/宗教/テロ小説・現代小説とジャンル混合型の海外作品として、個人的にはこの数年でもっとも楽しませてもらった作品である。

世界観とかあらすじとか

三部作を通して描かれるのは革命期から現代に至る20世紀のソ連・ロシアを中心とした世界中。時代や状況はおおむね現代と同じように推移しているが、しかしこの世界には一部の人間が強烈に信仰する特異な宗教/神話が存在しているのが特徴だ。

その神話によれば、2万3千の原初の光によって宇宙が産み出され、次いであらゆる恒星や惑星を産んだ。この光はその後惑星地球の生物へとやどり、人間へと進化することになる。つまり、光の兄弟たちの数はきっかり2万3千人。彼らは自身が光である自覚もないまま世界中に散らばり、再び全員が集合することを奥底では渇望している。それが成された時には即地球は消滅し、彼らは再び原初の光に戻ることになる。

自覚なく眠っている彼らは(死んだら光はまた別の人間に宿る)ツングース隕石の氷を用いて心臓を叩くことで、心臓(ルビ:こころ)で眠っている光が目を覚まし、多幸感、使命感、他の兄弟たちとの仲間意識が突如として溢れてくることになる。第一部となる『ブロの道』ではツングース隕石の調査から最初の覚醒者が生まれ、次第に彼らが組織化されていく過程が。第二部『氷』では時代を現代に移し、ハンマーで人々の心臓を破壊し(非破壊では兄弟かどうか確かめられないので、兄弟でなかったら普通は死ぬ)仲間を増やしていく過程が描かれる。すべては再び光に戻るために。

この三部作で描かれていく、覚醒者たちの「歓喜」の描写がもう素晴らしいわけですよ。何しろ心の奥底からただ単に沸き起こってくる歓喜の衝動なのだから、そこに根拠なんてものは存在しない。本来なら伝わりようのない、その無根拠な衝動それ自体を、文体、文章表現を新たに作り上げることで完璧に練り上げていく。感覚をここまで本質的に描写へと移し替えることができるのかと驚く他ない圧巻の力技だ。

 私の強い心臓が燃え上がる。〈家〉の厳格な規律が乱れる。私たちは心臓で語り合う。待つ時間があまりにも長過ぎた。裏切られた期待は数知れない。だが今回も、〈家〉の全住人はただ信じているだけだ。けれども私は知っている! なぜなら、私がそれを欲したのだから! 私はひどく知りたかった──今回ですべてが実現し、すべてがあるべき場所に収まり、すべてが正しい形をとり、すべてが集まり、一体となり、一つに溶け合うことを。肉の幕が開き、残りの者たちが見出され、大いなる円環が閉じられることを。そして心臓が輝き出す。そして筋繊維が崩れる。そして骨が折れる。そして苦の連鎖が断ち切られる。そして御光が宇宙に原子の塵を撒き散らす。

覚醒したものは自分たち以外の人間を「肉機械」と呼ぶようになり、言葉によって世界の認識が一変してしまうのが文章表現としては強烈。

第三部の話

そして第三部『23000』では他人の心臓を手当たり次第にハンマーで叩き潰しながら同士を見出してきた兄弟団が、無数の策と地道な捜査がみのってついにすべての同士を見つけ出すことになる。果たして兄弟団により地球は消滅してしまうのか、はたまた別の力が働いて志半ばで諦めることになってしまうのか!?

これについてはちょっと予想とは違うところに着地してみせたなというのが正直なとところだ。第一部『氷』、第二部『ブロの道』で示されたヴィジョンは、先に書いたように23000人の兄弟らを中心として「到達点」へと至ろうとする言語的な理屈を超えた「衝動」に焦点が当たっていたが、第三部に至ると一般人の目線が取り入れられ、一部と二部で起きた流れを外から俯瞰して眺めるような距離が生まれている。

三部作で一つの作品としてみるとこの完結篇はどこか焦点が定まりづらく、迷いながら書いたような印象も受ける。そのどこかブレたような感じは、巻末の訳者あとがきとそこに引用されている著者の発言を読むと、書き継いでいくうちに意見が変転していった結果として説明ができそうである。それは悪い方向に左右されているというよりかは、理屈で説明のつかない「兄弟団」という存在を象徴するようにより複雑さを増し、簡単には解釈できない違和感となって残る良さに結実している面もある。

エンタメとしての『23000』

それ以前に、三部作の中で本書は飛浩隆さんの帯文にあるように「超エンタメ」しているのが良い。ジャンルフィクション要素のごった煮/要所要所の展開のおもしろさも然ることながら、たとえばキャラクターについていえば、この三部作で中心となる「23000人は心臓を氷のハンマーで打たれると覚醒する」設定は非常におもしろいのだが、一方で覚醒してしまうと悟りを得たような状態になり、「キャラクター」としての個性が死んでしまう/または死に近い状態になってしまう弱点があった。

本書では23000人以外の人物、氷のハンマーによって胸を殴打され、なんとか生き延びた人々らの復讐譚が描かれていく。それゆえに彼らは真っ当な人間として迷い、苦しみ、精神的/肉体的な冒険をすることになり、この奇っ怪な世界観にあってシンプルなプロット上の起伏とキャラクタの幅の広さを提供してくれる。ただ、三部作を通してすべてのキャラが弱い/問題なわけではなく、それを回避するため「氷のハンマーで打たれる前のキャラ描写をトリッキー/綿密にする」という技も用いられているので実はキャラ自体は三部作を通して全部異常性が際立っているとも言える。

特にこの第三部では、23000人中の最後の3人は最後だけあって捕らえがたい奇怪な特性を与えられている。土中を徘徊する奇々怪々な土竜人間や、日本でギャルを相手に援交し耳に射精をするのが趣味の殺し屋、おかしくなった頭でぴょんぴょん跳ねまわっている頭ぴょんぴょん丸など異常な人々がみっちりと描かれていくので異常性が際立つ。国際ブッカー賞最終候補に残るなど世界的な評価の高まっている作家であるが、よくもそんなこと書くよなという部分まで作品に取り込んでみせるのが良いね。

おわりに

他では味わえない特異な小説だけどもそれだけに人を選びもするので、興味を持った人にはオススメしておく。本国での刊行順にならって日本でも第二部の『氷』、第一部の『ブロの道』、第三部『23000』という順番で刊行されているので、参考にどうぞ。時系列順でもいいと思うが、『氷』は当初単発の作品として予定されていただけあって独立性の高い作品でもあるので、試金石としてはちょうどいいのかな。

ブロの道: 氷三部作1 (氷三部作 1)

ブロの道: 氷三部作1 (氷三部作 1)

氷: 氷三部作2 (氷三部作 2)

氷: 氷三部作2 (氷三部作 2)

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