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行動経済学一代記──『行動経済学の逆襲』

行動経済学の逆襲 (ハヤカワ・ノンフィクション)

行動経済学の逆襲 (ハヤカワ・ノンフィクション)

『行動経済学の逆襲』という書名から「いつのまにか行動経済学は逆襲が必要なほどに攻撃されていたのか」と思っていたが、中身を読んでみたら「行動経済学が生まれ、無数の反論を受けながらも地道にデータを示し既存の経済学に食い込んでいく」過程を描いた、いわば行動経済学の一代記であった。

著者は行動経済学の第一人者であるリチャード・セイラー。彼の行った実験の多くが今の行動経済学の基礎となっており、本書でもそうした実験の数々が紹介されることになる。読みどころとしてはそうした「行動経済学とは何か」という説明と、今でこそ市民権を得て当たり前の分野となった行動経済学が「反論に対して理詰めで応答することで行動経済学が強くなっていく」過程が描かれていくところになるだろう。

本書を薦められるのはまず何よりもあまり行動経済学について詳しくない人である。何しろかなりの分量が、払ったコストを取り戻そうとやめたくてもやめられなくなるサンクコスト、損失がもたらす痛みは同等の利得の2倍も強く感じる現状維持バイアスなどなど、行動経済学の実験や理論がどのようなものかという説明に当てられるので、すでに知っている人には大部分がただの復習になってしまう。

もちろん行動経済学が初期にさらされてきた、既存の経済学界から寄せられた反論の数々は、行動経済学をある程度知っている人間にとってもなかなかおもしろい。合理的な経済活動を行うと想定する架空のエコンを設定し、抽象的なモデルを組み立ててきた既存の経済学は、役に立つ面もあるが間違っている面もあるのは今では当然のことだ。しかし行動経済学が生まれた当時はそう考えない人間も多かった。

たとえば経済学者が想定している複雑な問題を一般人は解くことはできないかもしれないが、「あたかも」解けるかのように振る舞う、だからこそ合理的な経済活動を行う経済人──エコンを想定する従来の理論は正しいのだとする「あたかも」説だ。企業の経営者はたとえ理論は知らずとも、雇用によって得られる利益が雇用コストを超えない限り、雇用を増やし続けると利潤を最大化する──なぜならそれが一番企業における利益が増す行動だから、自然にそうするはずだというわけである。

これはいうまでもないことだが、そんなにうまくいかないので誤りである。『エコンという架空の存在を想定して、その行動を記述する抽象的なモデルを開発するのをやめる必要はない。しかし、そうしたモデルが実際の人間の行動を正確に記述しているという前提に立つのはやめなければならない。』、そしてもっと「人間の本当の意思決定プロセス」を知り、その前提をふまえた行動モデルを作らなくてはならない。

というところから行動経済学の覇道ははじまるのであった。

とりあえず知っておいたほうが良いと思うのである。

行動経済学は「経済学」とついているばかりに経済に興味がないよ〜んという層から興味を持たれていないんじゃないかと勝手に思っているのだが、実際は「人間のふるまいについての学問」なので、全人類必修といっていいレベルの分野だと思う。

たとえばソシャゲで「こんだけつぎ込んだんだからやめられない」とか「こんだけつぎ込んだんだから出るに違いない」とかいう経験をした人も多いだろうが、そうした確率の誤謬やサンクコストといった「人間に内蔵されている認知的欠陥」については、その欠陥を認識していれば、対処法をあらかじめ自分の中で確立できる。

運転免許を取得する際には車の限界というか、ペーパーロック現象やフェード現象など、車という機構が持っている限界と対処法をレクチャーされるが人間は「人間という機構の限界」をレクチャーされることがないのはおかしいではないか。「道路で眠くなるポイントの地面に凹凸をつくって衝撃で運転手の目をさます」とかも行動学の知見のうちであるし、その応用範囲は経済を超えて広がっているのである。

行動経済学関連の本を何冊も読んでいる人にとってはわざわざ買うようなものでもないが、そうでなければ行動経済学の入門書として良い出来の一冊なのでオススメ。