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アメリカSF界におけるレジェンド作家の饒舌な短篇集──『死の鳥』

死の鳥 (ハヤカワ文庫SF)

死の鳥 (ハヤカワ文庫SF)

なんとも饒舌な短篇集である。

著者のハーラン・エリスンについては帯にでっかく「華麗なるSF界のレジェンド再臨!」と書いてあり、最初凄い煽るなあと思ったが実際その名に恥じぬ実績(作家としてのパフォーマンス、作品の受賞歴/質、武勇伝)を持っている作家である。

なんてわかったように書いているが、僕はそうした、エリスンをレジェンドだ! と当然のように認識していた読者の熱狂を体験しているわけではない。現時点で他に唯一の単独訳書である『世界の中心で愛を叫んだけもの』を読んだときも、レジェンドだとはまったく知らずに読んでいた。今回あらためて彼の作品や、刊行と同時に沸き起こってきたエリスンの思い出話や本国での受容のされ方などを読んだことでなるほどたしかにレジェンドなのだろうなあとぼんやり思った次第である。

本書収録作品全10篇の初出の多くは60-70年代、最新でも87年と古い物が多い。レジェンドとはいえ今読んでつまらないのであれば「昔すごかった人ね」とそこで話は終わってしまうものだが、これが人は選ぶだろうが問題なくおもしろい。作品は寓話的であったり幻想的/神話的なものが多く時の劣化をあまり受けていないし、饒舌な語り口と同時に達成される緻密な構成、壮絶なイメージを喚起する短篇の数々は、一度読んだ直後にもう一度読み直したくなるほどの密度がある(実際読みなおした)。

日本で既訳のものを集めた、オリジナルの傑作選であることも手伝っているのだろうが、時を経ても伝説は伝説ということか。以下簡単に作品を紹介していく。

以下簡単に作品紹介

「「悔い改めよ、ハーレクィン!」とチクタクマンはいった」はチクタクマンと呼ばれる「人間の時間を抹消する権力を持った男」+絶対に遅刻を許さない管理社会と、どうしても遅刻してしまうがゆえに生来的に叛逆をせざるをえない特性を背負わされた遅刻魔の対決である。ふしぎの国のアリスだなあと思っていたらそのままずばりアリスというキャラクタが出てくるなど、寓話性とSF性のごった煮感がたまらん。

エリスン版異世界転生ファンタジーである「竜討つ者にまごろしを」で主人公を殺すのは転生トラックではなくビルを取りこわすための真っ黒い巨大な"ヘッドエイク・ボール"である。無残に、情け容赦なく主人公を叩き潰すシーンからして迫真かつ綿密な描写であるがその後にやってくるのは異型のクリーチャーどもと繰り広げられる剣と魔法のファンタジィであった……。ぱっと見死後転生にみえるが、構造的には死後転生というわけではないのがおもしろいところだ。

「おれには口がない、それでもおれは叫ぶ」は超越知性となったAIが人類を皆殺しにし、最後の五人をコンピュータにとりこんでおもちゃにする様を描いた凄惨な短篇で、死ぬことも狂うこともできない永遠ともいえる時間をこれでもかと描きこんでいく。「プリティ・マギー・マネー・アイズ」はスロットに宿った怨霊の女性の力を借りて、男がジャックポットを引き当て続ける話だが、こちらはこちらで男がフルスロットルで女とスロットにのめり込んでいくエリスンの描写力が炸裂している。

怨霊の女は元々スロットをすっからかんにしてやろうと挑んで死んだのだがその時の描写が次のもの。『一瞬まえ、彼女はスロットマシンのレバーをにぎり、その全存在を、いままで彼女が寝たすべての豚野郎へのありったけの憎悪を、体内のあらゆる繊維の、あらゆる細胞の、あらゆる染色体をマシンにふりむけ、マシンの臓腑にこもる銀の蒸気の一息一息を残らずしぼりとろうとするように思念を向けた。』この異様なまでに反復を繰り返して強調していくスタイル(余談だけど、今読むとまるで西尾維新みたいだなと思った)、その凄まじさの一端はこれで伝わるだろう。

抜群にかっこいいタイトルの「世界の縁にたつ都市をさまよう者」は世界的に有名な連続殺人鬼がとある理由から3077年の未来にタイムスリップさせられる短篇。類まれなる描写力によって、「おれには〜」とはまた別側面の凄惨さ──「縦横無尽に大量の人間が死に、解体されていくさま」が描かれていくのが愉快痛快大喝采である。

表題作「死の鳥」はこの短篇集の中でも一番の傑作といえる。創世記の一節を別観点から語り直し、25万年の眠りから覚め地球に終焉を告げるネイサン・スタックを通して人類起源から終末までを一気に語りきらんとする壮絶な短篇だ。途中「この物語の善玉、悪玉はだれだ?」という論述問題やある作家の書いたエッセイがメタ的に挿入されるが、これが作品の終着点とテーマに結びついていく構成含めただただ凄い。

おわりに

全体的に人が解体され人類は皆殺しにされ狂気に接近し──とさまざまな形で凄惨だったり悲惨な場面が描かれていくものの、「死の鳥」のラストにおける絶望的ながらも信じがたい美しさのように、それが妙に美しく象徴的な絵面で浮かび上がってくるのがたまらん。とはいえ、饒舌な/執拗な/冗長ともいえる描写については「簡潔にすませればいい場所を、ひたすら冗長に描いている」ともいえる。

そのへん「カッコいいと思える人にはカッコいいし、ダメな人はダメ」としか言いようがないが、先の引用部などを「カッコいい!」と思えるなら大丈夫だろう。

あと、死を願いながらも不死ゆえに叶えられぬ男を描いた「ランゲルハンス島沖を漂流中」、5歳から成長することのないジェフティとその友人を通してありえたかもしれない過去/現在を郷愁と共に描く「ジェフティは五つ」など抑制がきいた、静かに死を想う文体/ヴィジョンも素晴らしく、全体的にバランスのとれた短篇集なので好きになれる作品は必ずあると思う。

これでエリスンにハマっても他に手に入るエリスン本が少ないのが残念だが、今冬には国書刊行会からクライム・ストーリー系を中心にした『愛なんてセックスの書き間違い』が出るようだ。本書『死の鳥』は発売即重版が決まったというし*1、流れができてまだ既訳で本にまとまってないもの以外も含めてそのうち読めるといいなあ。コードウェイナー・スミスの全短篇も重版しているし、海外SF刊行が過去のレジェンド作家ばかりになってもそれはそれで困るが楽しみに待ちたいところである。