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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

死刑にかわる新たな刑罰──『刑罰0号』

SF

刑罰0号 (文芸書)

刑罰0号 (文芸書)

著者の西條奈加さんは日本ファンタジーノベル大賞でデビューし、その後は主に時代小説で活躍されてきた方である。そちらの作品は興味範囲からズレていたのでこれまで読む機会がなかったのだが、今回の『刑罰0号』は元々2008年に「SF Japan」に第一回が掲載され、その後6年の断絶後「読楽」で連載を再開し、完結したSF作品である。SFということもあって読んでみたのだが、これがかなりおもしろい。

ざっとした感想だけ最初に書いておくと、シンプルなSF的ワンアイディアから、「もしそれが可能だったら、どんなことができるだろうか」を幾つもの側面から描いていき、最終的に全世界規模の騒乱にまで到達してみせる王道的な展開である。一冊という限られた分量の中でテンポよくスケールの広がりを感じさせてくれる作品だ。

刑罰0号とは何か

SF的ワンアイディアとは何かと言えば、書名である「刑罰0号」と関わってくる。

日本では今も死刑が行われているが、「刑罰0号」とはその執行を減らせないか、あるいは死刑を廃止するにはどうしたらいいのかという議論へのひとつの答えだ。現状、死刑をめぐる問題は無数にあるが、大きいのは「加害者の意識を変えるのは難しい(罪の意識を覚えていない人間に罪の意識を感じさせるのは難しい)」、それ故「単純に死刑を廃止しても、被害者側の気持ちが晴れることはない」という点だろう。

死刑でなければ数十年で生きて出てこれてしまう無期懲役ということになり、その間にある罰の差があまりに大きいのもある。しかし、本書の世界では「死んだ人間の脳から記憶にかかわる部分をとり出して、再合成する。」技術によって、亡くなった人の記憶を、まるで映画のように視覚と音で他人が追体験できるようになっている。

この技術を用いて、たとえば罪の意識を感じていない加害者に対して被害者の状況をまるっと再現させれば、自分のこととして罪を引き受け、心の底からの悔いを引き出すこともできるだう。本書開始時点ではそれが実際に法として執行されるところまではいっておらず、「この技術がそういう目的で使えるかなあ」という実験の段階である。つまりシンプルに実態だけ抜き出してしまえば、「記憶追体験装置」なのだ。

まるで連作短篇集のように

本書ではこの装置を実際に使用することで巻き起こる問題や可能性を、連載作品ということもありまるで連作短篇集のように切り取っていく。たとえば過去のトラウマとなった記憶を再構成し、幸せな記憶へと書き換え追体験させることでPTSDの治療に役立てられるケースや、他人の記憶へのハッキング、あるいは他人へ記憶を強制的に上書きしたり──といった犯罪のケースなど善用から悪用までさまざまである。

メインプロットに絡んでくるのは、記憶中枢分野での権威佐田洋介が、自分の父親である行雄を事実上殺害した少年へと、私怨によって無許可で0号を使用してしまう事件だ。佐田洋介によって0号を適用された少年は死ぬ直前の2ヶ月間を佐田行雄として過ごすことによって、戻ってきた時には自分自身は佐田行雄だと信じこむほどになってしまっている──など、この事件をきっかけとして興味深い状況が次々と発生し、関係者が一つの大きな流れへと接続されていく。

小説手法としておもしろいのは、特定の人物に寄り添う形、たとえば愛する女の子と一緒に日々を過ごしながら、彼女につきまとうストーカーを追う……話だと思って話を読んでいくと、最後の最後に「ストーカーは俺で、0号を適用して記憶を追体験させられていたんだ!」と叙述トリック的な(と表現するのが正しいかよくわからんが)驚きがもたらされることで、「これは記憶を追体験しているのか? それとも作中における本物の現実なのか?」とわりと読んでいる時に緊張感がある。

もちろんこのような飛び道具だけで話が展開していくわけではなく、そうした一つ一つの話が最終的には折り重なって、広島で被爆した佐田行雄やその息子にして記憶移植システムの開発者佐田洋介を中心として、核やテロをめぐる世界規模の騒動へと発展していく。何しろ最終章は「グラウンド・ゼロ」で、そのひとつ前の章題は「聖戦」なのだ。最初に見た時は「いったい何が始まるんです?」って感じだったわ。

おわりに

それがいったいどのような展開なのか──こればっかりは詳しく説明するわけにはいかないので、ぜひ自力でたどりついてもらいたい。紹介としては尻切れトンボ感があるが、なにぶん説明してしまうと台無しになってしまうのでスマンな。記憶を他者に追体験させられるシンプルなギミックはこうも発展させることができるのか──という思いがけないシチュエーションを「追体験」させてくれる逸品だ。

同じく記憶を題材にした作品では小林泰三さんの、全人類が同時に記憶障害に陥ったら──という状況を描いた『失われた過去と未来の犯罪』があるのでオススメ。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
余談ではあるが、DNAへのmemories recordに成功というタイムリーな話題があったので本書のようなテクノロジーは近いうちに実現しそうだなあと思った。
www.rt.com